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6 洞窟のプール

 この島にあるロークスの別荘は、洞窟を利用して出来ている。外観は黒い岩肌のままだけど、部屋の内装は白く、どの部屋の天井もドーム型やアーチ型となっていた。夏の暑い時期にはヒンヤリしていて、室温を一定に保っている。

 海風の潮がついた体をシャワーで洗い流すように言われた。絶好のチャンスだ。まだ私は諦めていない。お兄様に内緒で持ち込んだ上下のあるセパレートタイプの水着にコッソリ着替え、その上からバスローブを着る。せっかくココまで来たのに、海で泳がずに帰るなんてありえない。

 シャワールームから出て、足音をたてないように静かに移動する。海への近道は、ダイニングキッチンの奥にある食品庫の隣のドアだ。このドアは、舟の荷積みで来た食料を運び込みやすいようにした造りになっていて、パーティーがあったときにはロークスのスタッフが頻繁に出入りする場所でもあった。ただ今日は、この別荘にお兄様と2人きりなので、誰もいない。お兄様にさえ見つからなければ、海で泳げるのだ。

 キッチンと海をつなぐドアの前で、そっと内カギをゆっくりと解除し、ドアに手をかけたところで、背後から伸びてきた手により、内カギは容赦なく再施錠された。


「ルナ、そんな格好でどこに行くんだ?」


 お兄様の低い声に、ビクッと体が震えた。部屋に2人きりだから、妙に声が響く。


「す……少し、一瞬だけ海が見たかっただけです。このドアから覗いてみようかなって思っただけです」


 シドロモドロに答えてしまった。もう無理だ。


「ウソです。本当は海で泳ぎたかったんです」


 諦めて、大人しく白状した。


「ごめん、海は……諦めてくれ。プールに行こう」


 お兄様が申し訳なさそうに言う。何か事情があるみたいだ。それに『ごめん』って言われたということは、襲撃されて危ないからという理由ではないみたいだ。



*****


 お兄様に連れてこられたのは室内プールだった。この別荘のプールは不思議な空間だ。プールの水面の揺らめきが、天井に紺碧色の光を帯びて映し出される。まるで青い海の水が流れ込んだ洞窟の中にいるような気分になる場所だ。ココで泳ぐのも楽しい。バスローブを脱いで、プールに入った。

 いつだってフィリーオ兄様は誘っても泳がないからと、1人で楽しんでいた。のびのびと泳いだあと、休憩しようとプールの中をジャンプしながら歩いていると、足にフワリと何かがまとわりつく。


「え?」


 水中から体がいっき浮上し、水面から出た体は急に重力を感じる。


 ――水中で肩車!?


 水中を覗くと、私を背中にのせて泳ぐフィリーオ兄様がいた。バランスが崩れる暇もなく、プールサイドまで運ばれる。背中から下ろされた私は、水面から顔を出したお兄様に「泳げるんですか?」と失礼なことを聞いた。


「泳げるよ」


「だって、今まで泳いでいるところを見たことないです!」


「ウェットスーツはキツイから、あれで泳ぎたくない」


 そう言われて、気がついた。いつもなら絶対服を脱がないのに、上半身が裸だ。初めて見た。


「そんな理由で……お兄様はワガママです! てっきり泳げないって思ってました。知っていれば、今までだって色んなことで、お兄様と遊べたのに」


「悪かった。でも、2人きりのときじゃなきゃ無理だ」


 そう言われて、苦笑しているお兄様の目をじっと見つめ返した。

 他のヒトの目がほんの少しでもある場所で、お兄様が絶対に服を脱がないのも、プールや海ではウェットスーツを必ず着るのも、そして決して人前で泳がないのも、お兄様の体が『消えたもうひとつの人類』の実験体で、ヒトと違うからだ。他人に知られないように、気づかれないようにと、様々な制約を受けて暮らしている。ずっと続く、閉塞的な生活だ。


「お兄様……」


 お兄様の腕に触れて濡れている体に頬を寄せると、優しく抱き締められた。いつもと違う肌の温もりを感じてドキドキする。


「実は、こうやって素肌でルナを抱きしめるのは正直諦めてた」


「なぜですか?」


「僕は実験体だ。ルナに理解されず、受け入れてもらえないと思っていたから、体がヒトと違うことを決して言わないと決めていた」


「小さな子どもだからって、侮られては困ります。大人が思っているよりも理解してますよ?」


「そうだな。ルナの場合は、特に」


 お兄様の手が私の頬を包むと、そのまま唇を重ね合わせた。

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