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甘えたい心と複雑な気持ち

 キメラの光を消し終えた私は、気が抜けてしまった。

 乱れたドレスや髪を整え直し、抜け出したパーティー会場に戻る気力も起こらず、脱いだドレスをバルコニー側にある椅子にかけ、そのままベッドに潜り込んだ。

 お兄様は私をキャビンに送ってくれたあと、「まだ用事があるから」と言って、どこかへ行ってしまった。たぶん桐谷さん達がいるパーティー会場に戻ったんだろう。


 ――お兄様とダンスしたかったなぁ


 残念だけど一連の事件で精神的に参ってしまった私は、そのまま眠りについた。




******




 翌朝、目が覚めると下着で寝ていたはずが、部屋着を着ていた。


 ――あれ? ……ドレスは?


 ベッドに入ったまま上半身を起こし、キャビンの中を見回した。

 椅子に無造作にかけたドレスもなくなっており、ソファの前にあるローテーブルの上には、昨夜のキメラの光を分散させるために撃ち込んだハズのバルドーヴィストリーのダイヤが2個、金具から外された状態で、開いたケースに納められていた。


 ――昨日のことは夢?

 

 ――そんなハズない!


 私はベッドから抜け出し、クローゼットを開く。ドレスはない。



「おはよう、何か探し物?」


「おはようございます。お兄様、あの……ドレスは?」


「クリーニングに出しておいたよ。あのままにしておくと、潮風で布が傷むって聞いたから」


「ありがとうございます……あ! 私を着替えさせてくださったのは?」


「ルナ、それよりも髪が傷むといけないから早くシャワーした方がいい」


 お兄様に話をはぐらかされ、バスルームに追いやられた。

 バスルームの前の洗面台の鏡をボンヤリ見ながら昨夜と今朝の状況を思い返す。あの晩、お兄様はパーティーに戻ったのではなく、私がやった事の後処理をしていたんだと分かり、恥ずかしくなった。中途半端な行動になってしまったのは、心のどこかで私がまだ10歳で子供だからという甘えがあったからだ。前世の記憶があって、精神的に大人なんだから、そこら辺の10歳と同じにしないで欲しいとか思っていた自分が恥ずかしい。


 ――お兄様は、あの2つのダイヤのことを何も私に聞かなかった


 ――あのダイヤの部品の意味、お兄様なら分かりそうだけど……


 お兄様に、なぜ聞かないのか聞いたらヤブヘビになりそうだ。確認してキメラ研究へと繋がってしまったらイヤ過ぎる。

 色々と考えるのを止めて、シャワーを浴びた。




*****




「奈月さん! 今日の寄港地は、野鳥がたくさんいるようですよ?」


「楽しみよね! 琉梛さんは、どんな動物が見たい?」


「白い虎とか見られたら嬉しいです」


「それは相当運が良くないと厳しいなー」


「ちょっと桐谷くん、もっと夢のある言い方があるでしょ!?」


「それを俺に求めること自体、間違ってる! そういうのはフィル担当だろ?」


 朝食後、私とフィリーオ兄様、桐谷さん、奈月さんの4人で、同じテーブルを囲み、食後の紅茶を飲みながら談笑していた。

 今回の場所は森の中に遺跡があり、神秘的な雰囲気で有名な地域だ。今度こそ、2人が気に入ってくれれば良いのだが。




*****




 寄港地には、今日の午後から明日の午後まで停泊する予定となっている。船が港に入るまで、十分に時間があった。

 私とフィリーオ兄様は調べものをするため、桐谷さん達と別れて、船内にあるパソコンルームへと向かった。


「ロークスさん」


 聞き覚えのある女の人の声に心臓が跳ねた。

 隣を歩くお兄様が立ち止まり、「あぁ」と笑顔で応対した。


 ――イヤ! なんで?


 指先が冷えていく。


「昨日は、ありがとう。おかげで、傷つけずに金具から外せました」


「良かった。ピッタリはまってたから大変でしたね」


 いつの間にか画家ナギラとフィリーオ兄様が知り合いになっていたことに愕然とする。

 2人の会話が受け入れられず、遠くから聴こえる雑音と同化した。


「ルナ?」


 耳元でお兄様の声が聞こえてハッとする。


「な、なんでしょうか」


「今、メアド発行してもらうから待ってて」


「……はい」


 お兄様が受付のスタッフと話していると、画家ナギラが「じゃあ、私はこれで」と、立ち去ろうとした。


「待ってください!」


「え!?」


「もし、アナタが芸術の世界にいたいのなら……ずっと絵を描きたいのなら……、もう二度とあの人に近づかないでください」


「……ワケありなのかしら? まぁ、同じ空間にいるから難しいけど、善処するわ」


 こちらは真剣に頼んでいるのだが、軽い感じで受け流された気がする。単なる生意気で、おませな子供のヤキモチと思われたかもしれない。

 画家ナギラは、手をヒラヒラと振りながら私に背を向け、人の行き交う通路へ消えていった。

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