aj プエルマの宝物
第4手術室の壁の穴から裏に入り、部屋から部屋へと移動し、第1手術室の部屋の裏まで来た。
「ルナさん、このままグルッと1周するつもりですか? さっきから何も部屋の様子を見てないようですが」
「ヒト知能融合型アメーバの手術の場合、被験者であるヒトのどこの部位が必要だと思いますか?」
「脳?」
不意の私の質問に答えたのはプエルマだった。
「そうです、脳しか必要ないんです。だから、体は秘密裏に処 分しなくてはなりません。そう考えると、その手術にあった部屋は、この第1手術室になります」
「それにしては、他の部屋の裏側よりも置いてある備品が少ないですね」
部屋の中を見回すと、ほとんど物が置かれていない。大人の体が入れそうな大きさの設備はなさそうだ。見当違いかもしれないと不安になる。
「ルナ、ここ。色が他の場所と違うみたい」
プエルマが、床を指差した。銀節色のシーリング材でシールされているパネルが3センチほど見えている。パネルの上には、備品の入った棚が置いてあった。
「プエルマさん、ありがとうございます。でも、そうなると……この棚を動かさないといけません。どうやって動かしましょう」
「1番チカラをかけずに動かす方法としては、棚を手前に倒すのがいいですよ?」
さっきまで『めちゃめちゃにして区画担当者が気の毒だ』とか言っていたカナルがそう提案する。子供のチカラなんてたかが知れている。綺麗事なんて言ってられないので、壁と棚の間に適当に備品を挟んで押し倒す準備をした。
「いきますよ?」
3人でチカラいっぱい、棚の後ろに手をかけて押した。棚は少しズレてパネルの溝にはまり、グラッと揺れ、ドンという音ともに倒れた。
「シーリング材を剥がさないといけませんが、カナルさんは何か持ってませんか?」
「ありますが、瞬間的に効率よく剥がせる道具はないです」
「構いません。地道にやりましょう」
カナルが頷き、道具を出そうとしたところ、プエルマが「ルナ」と私の袖口を引っ張る。
「なんでしょうか?」
「私ならすぐに剥がせるけれど……」
「本当ですか?」
プエルマは頷いたあと、「でも、怒られるかもしれないから」と沈んだ声で呟く。
「誰にですか?」
「フィリーオ・ロークス」
「お兄様に? お兄様は怒りはしませんよ? でも、なぜですか?」
理由を聞いても、なかなかプエルマは答えない。「プエルマさん?」と答えるよう促すと、躊躇いがちに「……ヒミツにしてくれるなら話すわ」と言う。
「わかりました。お兄様にはヒミツにします」
「ルナさん!」
「カナルさんも今から聞くことは、お兄様にヒミツですよ?」
カナルは納得しない様子で無言のまま眉間に深いシワを刻む。
「ルナからもらったブルーダイヤ、本当は固定してないの」
「じゃあ、コアもその体に固定されてないんですか?」
「コアは器に固定されてる。でも固定したコアの反対側を皮膜で覆ったり、器の内側も皮膜ですべて覆って、ブルーダイヤは固定させなかったの」
「どうしてそんなことを?」
「ルナからもらった大切な宝物だから。固定してしまったら、もう私の目で見ることができないわ」
「…………」
まさかプエルマの位置を把握するための道具を、こんなに大切にしてくれるなんて思わなかった。私はプエルマを利用しているに過ぎない。だから、不純な動機でプレゼントしたブルーダイヤがプエルマ自信のココロの支えとなり、私にとっての靴下留めにつけているペンダントヘッドと同じく、その物以上の価値を持つことを意味していることが分かり、複雑な気持ちになる。
「ルナ?」
「大切にしてくださって、ありがとうございます」
黙っていた私の反応に不安げに聞くプエルマに向け、私は笑顔を作り、言葉を返した。わだかまりは後回しだ。優先すべきは『おじ様の救出』だ。囮になっているお兄様のこともある。
「プエルマさん、お願いしますね?」
私とカナルは銀節色のシーリングで溝が埋められているパネルから離れた。




