ae 託されたおじ様のメモ
迎賓室が緊急司令室に変わっていく。これで、扉の外にいるあの2人は入って来れなくなった。ココはすき間のない強固なシェルター兼司令室になったハズだ。
お兄様は内装が入れ替わっていく中、元リビングだった部屋を突っ切って行き、扉のちょうど反対にある壁に手をかけ、勢いよく横にスライドさせた。数々の重火器が現れると、いつもの使っている弾倉と閃光手榴弾をいくつか手にして、お兄様が身に付けているガンホルダーに素早く入れていった。
「1番奥の部屋へ行け!」
内装が完全に司令室となり、モニターにLISUのロゴが表示されると同時に、お兄様が私達に指示を出す。
カナルを先頭に私達は続き部屋をいくつも通り、1番奥にあるゲストルームへと走る。奥の突き当たりの壁には、先ほどお兄様と確認したときにはなかった避難ハッチがあった。いくつもあるレバーハンドルをカナルが力一杯体重をかけて解除していく。途中からお兄様も追いつき、レバーハンドルに手をかけ、扉を開けた。ステンレス階段の踊場が目の前にあり、下の方には脱出用と思われるジェットボードがある。
「カナル、ジェットボードの操縦はできるな?」
「はい!」
カナルとプエルマが下へと降り、私も続いて行こうとしたら、お兄様に腕を捕まれて引き留められる。
「ルナ、これを」
腕から手首にスルリと手を滑らせ、私に折り畳まれた小さな紙を握らせた。
「お兄様、これは?」
「父が残したメモだ。僕はココに残るから、ジンと合流して先に父を行方を追ってくれ。すぐに後を追う」
「そんな! この部屋の司令室を解除したら、逃げ場がなくなってしまいます」
「いや、大丈夫だ。相手も馬鹿じゃない。いつ扉のロックが解除されるか分からないのに、あの場でずっと待つことはないだろう。ルナ達が脱出した後、タイミングを見てロックを解除し、ヤツらを仕留める。もうあのキメラが分裂することは出来ないから、今いる器を破壊すれば移動速度が格段に落ちるし、見つけやすくなる」
「今、キメラが中に入っている器がどのくらいあるかわかりません。ジンのことですから、依頼案件にキメラが関わっていると判明した時点で空の器は全て対処しているとは思いますが、ココにいるキメラがさっきいた1人とは限りませんので」
「そうだな。だから、悪いが君達を囮に使う。逃げきれ」
お兄様は、そう言うと避難ハッチの扉をバンッと閉めてしまった。
「お兄様っ!?」
相変わらず、こういう時、お兄様は自分勝手だ。「ヒドイです!」と怒りながらハッチの回りを見たけれど、ボタンを押しても開かない。たぶん、お兄様はきっちりレバーハンドルを閉めてしまったのだ。どうやってもコチラから開かないので、諦めてカナル達が待つジェットボードへ向かった。
「ルナさん、兄さんは?」
水に振動を与えながら、エンジン音を辺りに響かせる。私が乗れば、いつでも行ける状態だ。
「残って『例のコレクター』達を仕留めるので、私達に『囮になれ』と言われました。ちなみにハッチから締め出されて部屋には戻れませんので、このままココから離れるしかありません」
「そうですか、兄さんは強いですからなんとかするでしょう」
私がジェットボードに乗るプエルマの隣の席に座りながら答えると、カナルはアッサリとそう言って発進させた。
ジェットボードは芝で覆われた岩間にある格納庫を出て、大きく右舷に舵を切り、白波のカーブを描いていく。
――おじ様の行方を追う
だけど、このままココを去っていいのだろうか。何か引っ掛かる。前にアルアイラ邸から脱出したときに、気を取られて重要なことを見過ごした。今回も同じ間違いをする訳にはいかない。同じ過ちをするほど馬鹿馬鹿しいことはない。ギュッと手を握ると、カサリと音がした。
――この手の中にある『おじ様のメモ』を、私はまだ見ていない
私はメモを開いた。
『LISUに連絡・確認、オークションハウス』
――え?
おかしい。何かがおかしい。
なぜ、おじ様はこの国のロークス邸ではなく、LISUに連絡を入れてるのか?
――おじ様は犯人を知っていた?
なぜキメラを作った犯人は由緒ある高額美術品を扱うオークションハウスに出入りする必要があるのか?
――キメラを使って効率よく要人を追い詰めていくため?
そして……
なぜ『例のコレクター』は、他のスタッフに見られるリスクを冒してまで迎賓室に来たのか?
――プエルマの体を取り戻すため?
確か『例のコレクター』はプエルマの体を使い、やり直すと言っていた。相手が保有している器は『ほとんどない』ということかもしれない。それに分裂に必要な立ち入り禁止区域の第4手術室は破壊されて使えない。LISUの手引きした裏切り者は知っているハズだから、『例のコレクター』もすでに知っていたと考えていいハズだ。
――分裂の他にも、別の方法がある……とか?
――他の方法?
新たにキメラを作るなんて簡単ではない。同意がない限り実験機器は動かないし、管理責任者が許可を出さない限り、実験すらできない。
――待って? 管理責任者が被験者ならどうなるんだろう
あり得ないが、被験者として同意した場合、管理責任者も自動的にその実験に同意したことになるのではないだろうか。プエルマの体の中、または他の器に、おじ様の知能を融合させたアメーバーを入れる。そうなると、おじ様は行方不明のまま見つからなくなる。
「カナルさん! 引き返してください。おじ様はLISUにいます!」




