ac 隠蔽された事故と不機嫌な出来事
30分もしないうちに再び館内放送が流れたけれど、『先ほどの立ち入り禁止区域における第4手術室ホールの爆発の原因は、事故と判明。当該設備の利用は、しばらく休止します。第4手術室以外の設備は点検終了後、使用可能』という内容で、それ以上の詳しい情報はなかった。
爆発原因を詳細に調べ、LISUの設備使用履歴に記録のない、つい最近使用した痕跡がバレてしまうとマズイ人がいるからだと思う。手引きをしたヒトが『誰なのか』は、まだ分からないけれど、これから暫くの間、『ヒト知能融合型アメーバの分裂による増殖』はない。お兄様が仕掛けたとしたら、少なくとも今日、明日で修繕可能なレベルの爆発は起こしてない。
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カフェにいたお兄様へ、オフィスに来るよう呼び出しがかかった。
「たぶん外出許可の話だ。もうココにいる必要はないから、すぐに行けるようにしておいてくれ」
私達を迎賓室まで送り届けると、そう言い残して行ってしまった。
プエルマは施術をしたため、LISUのロゴ入りの患者着を着ていた。このままの格好では外には出られないので、服を選ぶ。
「ルナと同じ服がいいわ」
「同じ服ですか? プエルマさんの髪の色は金髪といってもキレイなプラチナブロンドに近い色なので、私の服とは違う色が良いと思います」
ウォークインクローゼットの中から服を選んではプエルマに見せるが、なかなか首を縦に振らない。何着目かの服を選び、「これならどうですか?」と、半分諦めながら聞いてみた。
「ルナがコレを着るなら」
プエルマが、その隣にある色違いのマリンセーラーのワンピースを手にして私に見せた。
「わかりました」
お兄様が来る前に着替えを終わらせたいので、プエルマの要望を叶えることにした。紺色のマリンセーラーのワンピースをプエルマに渡し、まったく同じ形の白色のワンピースをプエルマから受け取った。同じような服を着ることに、私は価値を見いだせないけれど、プエルマがそれで納得するならいい。確かプエルマは6、7歳だったハズ。誰かの真似をしたり、誰かとお揃いにしたい時期なのかもしれない。
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着替え終わり、カナルのいるリビングに行くと「テーマは天使と悪魔?」なんて失礼なことを言う。どっちが天使で、どっちが悪魔に見えるかなんて聞くまでもない。聞いたらイヤな思いをするだけなので、ムッとしたままカナルの座る向かいのソファに座った。
なんだか分からないけど、やり場のない気持ちがココロの中で溜まっていく。お兄様にはブルーダイヤのチョーカーのことを掘り返されて、プエルマには選んだ服をことごとく却下されたあげく、色違いの服を着たらカナルには「悪魔」なんて称された。私は何にも悪いことしてないのに! 私が不機嫌になるには十分な出来事の連続だ。
不機嫌なまま、私は一言も言葉を話さずにいたら、お兄様が迎賓室に来た。カナルとプエルマを迎賓室の入口で待たせて、お兄様と私は全ての迎賓室の部屋を最終確認することになった。
「ルナ、ウェアラブル端末と靴下留めは?」
一番奥にある使っていないゲストルームに入ると、お兄様からそう聞かれ、思わず「私に聞かず、お兄様が自分で確かめたらどうですか?」と言ってしまった。気持ちの切り替えがすぐにできるほど、私は大人じゃない。
「どうした? 機嫌が悪そうだ」
「色々積もって不機嫌になってますので、放っておいてください。そのうち元に戻りますから」
冷めた声色で答えてサッサと部屋を確認し、次の部屋に行こうとしたら、お兄様に行く手を阻まれた。
「お兄様?」
「そういう状態で確認作業をすると必ずミスが出る。父の救出もかかってるから、今すぐ解決できることは先伸ばしにしない方がいい」
「…………」
自分のその時ばかりの気分のせいで、回りに迷惑をかけることは不本意だ。
「ブルーダイヤのチョーカーをプエルマさんにお譲りしたこと、お兄様に許していただけたって、勝手に思ってたんです。でも、先ほどのカフェのお兄様の様子だと違ってたので……」
「あの話か。あれは、よく潜入先で使う話し方だ。全てが嘘だと、すぐ相手に『嘘だ』と分かってしまう。でも真実を5割から7割ほど混ぜて話せば、それ全体が真実であるかのように聞こえる。あのチョーカーをルナが気に入っていたのは真実だろ?」
――そういうこと!?
私の早とちりだった。プエルマをあの器に固定させたことを、本人に納得させるための道具の1つに過ぎなかった。ココロの中の澱みがなくなっていく。
「それで、誤解が解けて不機嫌ではなくなったようだから、もう1度聞くけど……」
私は人指し指をお兄様の唇にあて、同じ質問の繰り返しを止めた。それから、お兄様の手を取り、そのまま私の太腿に運んで、ウェアラブル端末のペンダントヘッドがついた方の靴下留めに触れさせた。
「ちゃんとつけてますよ? お兄様」
スウッと目を細めたお兄様は、私の名前を掠れ気味に呟くと、靴下留めに触れたまま顔を寄せて私にキスをした。




