o プエルマ・アルカードへのヒアリング
LISUのある島の上空に来ると、そのままホバリングして待機状態に入り、ゆっくりとヘリポートに着陸した。ヘリコプターから降りても、私とプエルマは手を繋いでいた。お兄様は一瞬注視するだけで何も言わず、「コッチだ」と私達をヘリポートから建物へと続く階段に案内してくれた。
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「ヒアリングするから、そこの部屋に入って」
LISUの建物内部に入ると、お兄様は誰もいない廊下の壁に並ぶ部屋の扉の1つを開放した。部屋にはテーブルと椅子が2つだけあった。部屋の奥は一枚ガラスで、岩肌しか見えなかった。岩の上から射し込む光が木漏れ日のように部屋の中を照らしている。今の時間帯、辺りはもう暗いので、おそらく自然光に似ている人工照明だ。
「一緒にいて?」
プエルマはそう言って私の返事を聞かずに繋いだ手を引っ張って、お兄様の指定した部屋へ入ると、自分だけ椅子に座ってしまった。カナルも私達に続いて部屋に入り、私の横に立った。
お兄様は部屋の扉を開いたまま、廊下に出て誰かと話していた。聞こえてきた話の内容はプエルマのヒアリングの準備のようだ。会話が終わると、お兄様は電子端末を持って椅子に座った。
「ルナとカナルは部屋の外に」
「ココにいて。こわい」
プエルマは言葉を被せて、お兄様の指示を中断させた。プエルマがそう言う原因は、何十分か前にお兄様に銃口をつきつけられたせいかもしれない。
「わかった、このまま始める。2人ともいいか?」
私とカナルが頷くと、お兄様は最初に名前を聞き、それからいくつかプエルマの知能レベルを確認するような質問をした。どの質問もプエルマはしばらく考えこみ、短い言葉を区切って答えていた。
「……これが最後の質問だな。プエルマ・アルカード、君の管理責任者は?」
「かんりせきにんしゃ?」
「ロークスの実験体がヒトと同等レベルで意思を持つ場合、必ず管理責任者がつく。言葉がわからないなら、質問方法を変えよう。最初に教えられた名前は?」
「プエルマ・アルカード」
「その次に教えられた名前は?」
「ないわ」
「分裂する前に教えられた名前は知ってる?」
「いいえ」
お兄様は怪訝な表情を浮かべ、黙ってしまった。お兄様は無言で電子端末でデータを送ると、「確認はできた。検査室に行く」と席を立った。
検査室にプエルマが入るとき、私も一緒に入って欲しいと懇願されたけれど、お兄様が頑として許さなかった。「検査室での安全は保証されている」と言って、プエルマだけ一人、検査室に入れられた。
*****
「プエルマの知能は、だいたい6、7歳ぐらいだ」
検査室の前の廊下で待っている私に、お兄様が先ほどの結果を教えてくれた。一方、カナルは機内食以来何も食べてなかったらしく、空腹に耐えられず、お兄様から教えてもらったLISUのカフェに一人で行ってしまったのでココにいない。
「そうですか。そんな感じはしてました。今、検査してるプエルマさんは、これからどうなりますか?」
「現時点で所属先はまともに言えず、管理責任者も言えない状態だ。生態観察をやって、分裂条件が判明するまでは、処分されないだろ。でも生き残るのは厳しいかもしれない」
「プエルマさんをまだ『例のコレクター』は何かに利用しようとしてます。それを探らないと。もしかしたら、おじ様に繋がる手掛かりが……」
「ルナ、あのキメラ人形に情が移ったか? こういうときの判断に感情は不要だ。決められたルールに従って処理をしないと、精神的にキツくなる。過去に例のないデータを取り終えた実験体の処遇は、各拠点より報告を受けたトップと監査室で判断されるから、僕達はどうこう言える立場じゃない」
お兄様の指摘は、あまりピンと来なかった。実験体を生かす条件と合わなかったら、データを取り、速やかに処分する。ロークスのルールは確かにそうかもしれない。でも、私達の目的は……いや、私の目的は『お兄様にかけられる冤罪の可能性をつぶすこと』、そして『おじ様の行方を追うこと』だ。目的を達成させるためには、リスクがついて回るけれど、使える切り札は多く持ちたい。私は穏やかに微笑み、「いいえ」と、静かにお兄様の指摘を否定した。
「情が移るほど仲が良いワケではないです。必ず『例のコレクター』は、プエルマさんを取り戻すために私達に接触するハズですから、そのときの切り札になると思っただけです。決められたルールといっても、例外というものが必ずあります。お兄様はLISSの所属ですけど、LISUに進言はできますよね?」
「……ルナ?」
「私、切り札が欲しいんです。お兄様、お願い」
私はお兄様の体に身を寄せ、顔を見上げた。




