i プレビュー
オークションハウス内の会場入口にいるスタッフにジンが招待状を渡すと、すんなり中へと案内された。
黒を基調とした美術館のような空間に、様々なジュエリーが並ぶ。スタッフの説明を聞きながら、私達は会場の中を巡ることになった。
今回のオークションは変わった条件のせいで、みんな子供連れだ。オークションは大人の世界だ。大人しくはしているが、興味ない子供も多く、ウンザリしている様子が伺える。そんな中、女の子が独りで会場から出ていくのを見た。大人と一緒に行動するという暗黙のルールを破っているため、かなり目立つ。
「あの子……」
ブロンドの長いストレートの髪に、碧緑色の瞳、ほんのりピンクに染まる頬、そしてホッソリした体を包むパステルブルーのフンワリしたカジュアルドレス。
どこかで、つい最近見た顔だ。今まで会った人物を思いだそうとしたけど、該当する人物はいなかった。もしかしたら、ヒトではなく、写真だろうか。それか……
――ミドナス・アルカードのアトリエで見た子供人形!
そのことに気がついたときには、体が勝手に動き、彼女を追っていた。お兄様達がいるプレビュー会場を抜け出し、ロビーにいる彼女に「こんにちは。あなたもお父様に連れて来られたのですか?」と話しかけて、相手の反応をみた。『呪いの美術品コレクター』が彼女の中にいる可能性は高い。私の方を振り向いた彼女の首回りや腕は、繋ぎ目を隠すようにレースで覆われていた。
「あの……ごめんなさい。ヒトと話してはイケナイと言われているの」
「そうなんですか、残念です。みなさん静かになさっていて話しかけづらい感じでしたので、アナタとならお友だちになれそうだと思ったのですが。待っている間のほんの短い時間でも、少しアナタとお話をしてみたかったです」
私が短時間であることを強調すると、「ほんの少しなら……」と小さな声で言う。内気な感じで、声はか細い。見事なまでに、声も外見と合っている。
「ありがとうございます」
「見つかると、ダメなの。本当に、少しだけ」
彼女は何かに怯えた様子だ。
「ええ、わかりました」
友人になるのだからと、握手をするために手を出すが、一向に彼女は手を重ねようとしない。
「お友だちになりませんか?」
彼女の手を取ろうとすると、スッと避けられた。
「あの……それは」
「握手もダメなのですね?」
「うまく、握手ができないから。分かれたばかりで……話したり、歩くのがやっと。知能も必要最低限しか分けてもらえなかったの」
彼女の独特の表現に反応しないよう、気をつけて言葉を選ぶ。
「それなら仕方がないです。気になさらないでください」
笑顔を浮かべ、彼女の手の甲に私の手を重ねた。陶器のように滑らかで硬く、冷たい。
――これでは……体をうまく動かせなくて当然
ミドナス・アルカードがいないためか、体は間に合わせで作ったようだ。おそらく、動くために必要最低限の能力しか与えられていない彼女は、使い捨てにするつもりだろう。だが、オークションの日までは大丈夫なハズだ。
「これで私達、お友だちです。せっかくなので記念にコレを」
私は首から淡水パールとブルーダイヤモンドのチョーカーをはずして、彼女の首につけた。首もとを覆うレースと同化し、まるでドレスの飾りの一部のようだ。そう簡単にはネックレスと気がつかない。
「とても似合いますよ。えーっと……名前は」
「プエルマ・アルカード」
――アルカード!
ヒト知能融合型アメーバは、必ずそう名乗るルールでもあるのだろうか。一瞬消した表情を笑顔に戻し、「……よくお似合いです、プエルマさん」と彼女に告げた。
「ありがとう」
穏やかな空気が流れる中、突然「ルナさん!」と、神経質な声色で私を呼ぶカナルがやってきた。
「まったく、何をやってるんですか。勝手にうろうろしないでくださいよ……って、ルナさん、兄さんからもらったネックレスはどうしたんですか!?」
早速、気がつかれた。ハッキリ言って面倒なこと、この上ない。カナルが私の横にいるプエルマに会釈をしたあと、彼女の首もとを見て瞠目する。
「ルナさん、ちょっと!」
カナルが私の腕をひっぱり、プエルマの隣から離れた場所に移動した。
「いったい何を考えてるんですか!? 常識的に考えて、恋人からもらったプレゼントを2時間後に横流しとかありえないですよ!」
お兄様からプレゼントされたとき、カナルは近くにいたはずなのだが、会話は聞こえてなかったらしく、あのチョーカーがウェアラブル端末だということを知らないような反応だ。これがそうであると知っていれば、どういう意図か分かるハズである。
こうなってしまうと、私の言い分は聞いてもらえない。その前にプエルマの近くで説明するワケにもいかない。ただカナルの小言をひたすら聞き流すことにした。
「……ルナさん、聞いてますか? アレを見たら絶対、兄さんは傷つきますよ!?」
「誰が傷つくだって?」
カナルが一方的に話していたら、お兄様が私の隣にいた。
「兄さん!」
「カナルさん、動揺しすぎです」
別に悪いことはしていないので、堂々としていても問題ない。
「あれ? オマエ、ネックレスしてなかったか?」
お兄様の隣に立つジンが、私のスッキリした首もとを指した。私はチョーカーをあげたプエルマを2人に紹介しようと背後を振り返ると……
――いない!
こちらに気をとられているうちに、ターゲットを自然な形で紹介できるチャンスを逃してしまった。プエルマがいないのでは、ココでの詳しい説明は不要だ。プエルマが妙に怯えている、連れて来た大人がまだココにいるかもしれないし、怪しまれないようにしなくてはイケナイ。
「とある方に……お譲りしました」
私がそう言うと、カナルが頭を抱えて「兄さんにハッキリ言わなくても」と嘆いている。
「……まぁ、ルナにあげたものだから、どう扱うかは本人次第だけど」
お兄様が複雑な顔でそう言うと、ジンが「淡水パールは、嬢ちゃんの趣味じゃないらしいな」と笑う。
「違いますよ、兄さんがあげたのは、単なる淡水パールだけでなく、サイドに10カラットのブルーダイヤもあったんです」
「ブルーダイヤ……マジかよ……嬢ちゃん、いくらなんでも酷いな」
カナルの説明で、ジンが笑うのをやめた。
――あれ? なんか断罪されている気がする
こんな風な流れになるなんて予想外だ。
「お兄様……ごめんなさい。ゆるして?」
「ルナさん、ダメですよ! それは反則技です」
必殺技を繰り出したところで、カナルに阻止される。
「まずは、理由を聞かせて貰おうかな」
お兄様がそう言ってくれたおかげで、やっと私の言い分を聞いてもらえる状況になった。




