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c 行方不明のおじ様が残したもの

 ヴィラ・ロークスに着いたフィリーオ兄様は、そのまま玄関ホールで執事を始めとするスタッフに『おじ様がいなくなったときの状況』を詳しく聞いていた。

 おじ様は何日かに分けてスタッフのヒアリングを数回行い、一通り終えたあと、『証言を整理しながら考えたい』と書斎として使っていた部屋に籠ってしまったとのことだった。昨晩もそれまでと同じように食事の用意が整った旨を伝えるために部屋の扉に近づいたスタッフが、中からおじ様の話し声を聞いたらしい。そのときスタッフは、どこかに電話をしているのだと判断し、その場から去ったのだが、それがおじ様の存在を確認した最後であったとのことだった。


 ――『密室での行方不明』


 ヴィラ・ロークスのスタッフ全員が困惑していた。

 まだ時間がかかりそうなので、お兄様やカナルがいる玄関ホールから抜け出し、私だけおじ様が書斎として使っていた部屋に入る。いくつかある窓には、すべてステンドグラスがはめ込まれていて開閉することはできない。つまり、この部屋から出入りできるのは扉しかない。


「密室での行方不明……本当に?」


 おかしな話だ。私はステンドグラスの窓辺に近寄り、1ヶ所ずつ見ていく。


「ルナさん! また勝手に何をしてるんですか?」


 何枚目かのステンドグラスを前にしたところで、カナルの邪魔が入る。


「手がかりを調べてるんです」


「手がかり?」


「はい。これを見てください」


 窓辺の一部分を指した場所にカナルが近づく。


「何もないですよ?」


「上からでは分からないですよ? 光の加減で見えないですから」


 私に注意され、今度は少し離れて斜めから見ている。 


「本当だ、光ってる。何かの粉末ですか?」


方解石(ほうかいせき)の結晶です。通常は加工してあるので粉末が付着することはないですが、大理石の白石なら有り得ます。この辺で大理石の玉砂利を使っているのは、ヴィラ・ロークスだけ。たぶんバスルームに面した庭のものだと思います」


「よく見たら、ココの窓のステンドグラスは、はめ込み式なんですね。向こうにもう1枚ガラス窓がある」


 今度は壁に体を寄せたカナルの指摘に、私も窓辺に近づいてステンドグラスの透明部分から向こうを覗いた。


「開閉式の窓……?」


「ルナさん、高さはありますが、横幅は狭すぎてココから大人の男性が出入りするには厳しいですよ? しかも、この窓の外には足場がないです」


「いや、通ることはできる。肥満体ではないから、50センチ幅なら充分父の体を通すのは可能だ」


 いつの間にか私の背後に立っていたフィリーオ兄様の声が、頭上から聞こえてきた。見上げると、お兄様もステンドグラスを覗いている。


「あの……別の場所に行きたいです」


「ああ、悪い」


 お兄様が私のすぐ後ろにいるため、窓とお兄様に挟まれ、身動きが取れなかった。お兄様から離れて、念のために残りの窓もチェックした。他の窓は2重にはなっておらず、ステンドグラス1枚だけだ。


「やっぱり、2重になっているのは、その窓だけですね。昔の建物を改修しながら使っているので、変な構造になってしまったみたいです」


「ルナさんの推理通りだとすると……バスルームの庭を通って、壁づたいに鍵のかかった部屋の窓と、はめ込み式のステンドグラスの隙間を通ってココに浸入するなんてニンゲン離れなことができたということになりますね。そうなれば、この部屋は密室とは言えなくなります」


「ヒト知能融合型アメーバなら、可能だな。ステンドグラスもはめ込み式だから取り外しは簡単にできる。あのアメーバーの体なら、包み込めばヒト一人運び出せるし、元の密室にすることも可能だ。その証拠に……」


 アーミーナイフで、ステンドグラスがはめ込まれたフチの一部を削り取り、「このステンドグラスのシーリングだけ少し前に見たことのあるメタル色だ」と、カナルの言葉に頷きながら、お兄様が結論を口にした。窓辺からデスクの方に移動したお兄様は、上に置いてあるメモを何枚か手に取り、目を通す。


「おじ様の行方不明にキメラが関わっているとしたら、おじ様はキメラの管理責任者が『ロークスの誰か』なのか気づいたってことになりますし、そのことが相手に知られたということですよね?」


「そういうことになるな」


 そう返事をしながら、お兄様は1枚のメモを手に取り、服のポケットに仕舞う。


「2人とも移動する」


 首を傾げ、「移動ですか?」と聞いた私は、カナルと顔を見合わせる。


「世界最古のオークションハウスに行く。父が残したロークスの車の利用履歴のメモから、目的の人物はソコに頻繁に出入りしているらしいことが分かった。電話で話していたのも、たぶんその人物だ」


 お兄様はデスクの上に散らばったメモの隣にある電話を操作しながらそう言うと、続いてウェアラブル端末の腕時計に電話の履歴をすべて打ち込み始めた。

 ロークスの親族は、その仕事柄、ずっと1ヶ所に留まることがほぼない。世界中を移動しているため、おじ様がかけたと思われる電話番号は、すべて世界中にあるロークスの邸宅のいずれかで、その邸宅の執事につながる。たくさんいるロークスの親族の中、ピンポイントで予測するなんてことは、私達にはできなかった。


「とにかくココの執事が証言した――誰もいない部屋に電話が床に落ちていたのは、その『オークションハウスに頻繁に出入りする人物』と電話をしていたときに、『ヒト知能融合型アメーバ』の奇襲を受けた……ということで間違いなさそうだ」


 私達3人は頷き、ロークスの車以外の移動手段について話し合った。

 

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