はじめてのおつかい
キャビンに戻ると、お兄様より先にお風呂に入るように言われたので、それに従う。
「疲れた……」
バスタブに浸かりながらホッと一息する。この時間が一番落ちついて物事を考えられる。
画家ナギラは、あの様子だとホールから移動する気配はなさそうだった。寄港するときに、毎回、船から降りてしまえば会わない筈だ。問題は、桐谷さんと奈月さんだ。サバンナ地域以外の寄港地が気に入れば、それが一番良い。だが、船旅の最終地まで行ってしまったときは、その地で2人には永久就職してもらう。
――果たして、2人が気に入ってくれる地がサバンナ以外であるだろうか?
――少なくとも、明日の寄港地は都市だから望みは薄い
バスタブに背を預け、ため息をついた。
「そう言えば、次の場所で、お母様から頼まれた宝石を受け取らないと」
通常なら宝石商の人が家まで届けに来てくれるのだが、あまり外出することのない私の「たまには店に行って、色々見てみたい」という要望を両親が聞き入れてくれて、直接受け取りに行くことになった。『はじめてのおつかい』である。
お風呂から上がった私は、ソファにいるお兄様の隣に部屋着で座った。水の入ったカップをお兄様が用意してくれている。
「お兄様、明日のことですが……」
「一緒に行くよ、バルドーヴィストリーの店だろ?」
「はい! ありがとうございます」
船の寄港時間を予定表でチェックしながら、明日のことをお兄様と話した。
「ルナ、そろそろ寝ないと」
「はい、お兄様は……これから桐谷さん達と会うのですか?」
「うん、専用ラウンジのバーに行く約束だけど、ルナが寝るまではココにいるから心配しなくていいよ」
夜のラウンジには、子供は入れない。それが歯がゆい。私がため息をつくと、フィリーオ兄様は困った笑顔で「何かあったときは執事に言うように」と言いながら私の髪を撫でた。
「はい……でも専用ラウンジバー以外は行かないでくださいね?」
「わかった、おやすみ」
スイートキャビン専用のラウンジバーなら安心だ。メインホールは通らないし、船内スタッフが利用することもないので、画家ナギラに会わないだろう。
「お兄様、おやすみなさい」
私はソファから立ち上がり、フィリーオ兄様を抱き締め、頬に軽くキスをすると、優しく笑うお兄様が頭を撫でてくれた。ベッドに入って目を閉じるが、お兄様と街を歩けることが嬉しくて、なかなか眠れない。
話しているときは気がつかなかったが、静かになったキャビンに海の波音が響く。
「ルナ……」
フィリーオ兄様の囁きとともに、ベッドの僅かに軋む音が聞こえた。なかなか眠れない私の髪をゆっくりと撫でてくれるフィリーオ兄様の優しさによって、いつの間にか眠りに落ちた。




