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20 子供の特権

「イヤです、お兄様! 下ろしてください!」


 私の意思を無視するヒドイ仕打ちに、始めは言葉で抗議していた。でもバイクが止まっている雑木林が近づくにつれて、「何を言ってもムダ」という虚しさを感じた。一言も発することなく、私の言葉を無視し続けるフィリーオ兄様は、今回失敗続きの私の今の態度に相当怒ってるのかもしれない。でも、私に理由も聞かずに怒るのは、納得できない。たとえ子供だとしても、子供なりの理由はある。


「お兄様……無視するなんて、ヒドイです」


 自分の声が震えている。いつの間にか目に涙が溜まっていた。無言で歩くお兄様が雑木林に入ったところで、ようやく私のカラダを短く柔らかな草地に下ろしてくれた。


「無理に連れてきたのは、悪かった。本当に乗りたくないなら駅まで送るから」


 お兄様は地面に膝をつき、俯いて涙がこぼれる私の顔を覗く。意外にも、私が泣いて困ってはいるけれど、怒っている感じではなかった。


「ちゃんと……私の話を聞いてください」


「あぁ、今から聴く」


 お兄様は静かに私が話し始めるのを待ってくれた。


「あの……私、たくさん失敗してしまって……、お兄様の信用を無くすようなことばかりしてしまいました。これ以上一緒にいると、お兄様に迷惑ばかりかけてしまいますし……」


「それが理由?」


 お兄様に聞かれ、首を横に振る。データチップを無くしたことも、それを黙っていたことも、他人に盗られて、おびきだされたり、変な服を着るように強要されたことも、お兄様は知っている。こうなったら、すべてを話してしまった方がいい。


「それだけじゃないです。お兄様の信用がない状態で一緒にいるのはツラいんです」


 私の話を聞き終わったフィリーオ兄様が「ルナの言いたいことは、わかった」と、いったん言葉を区切り、それから「何から話そうかな」と独り言のように呟いた。


「あのデータチップは、パスワードによるロックだけじゃなく、いくつも情報漏洩にならないような仕組みが施されているんだ。外に出ても漏洩しないように、ロークスの電子端末でしか見れないようになっている。それにハッキリ言うと、僕は、あのデータチップをルナに預けて他人に盗られないように守って貰おうなんて思ってないし、そこまで子供に期待してない。だから『信頼を無くした』なんてこともない」


 信頼はされているけど、期待されてない。複雑な心境だ。救われた気分と、知りたくなかった事実で突き落とされたような気分とがココロの中で渦巻く。


「じゃあ、なぜ私に渡したんですか?」


「前に言ったハズだ、どうせ渡すならルナがいいって。ただ、それだけだよ。そのせいでルナが苦しむなら本意じゃないから」


「てっきり私は……狙っている方達の目を欺くため、データチップを私に預けてくたさったのかと」


「別に僕が持っていても、ルナが持っていても大してリスクは変わらない。今回のことだって、すぐに無くしたことを教えてくれれば、いくらでも対応方法はあったんだ。だから、ルナがここまで追い詰められることもなかった」


「はい……今回は失敗の連続で追い詰められました」


「珍しいことに」


 お兄様の言うとおり、こんなに失敗の連続は極めて稀だ。私は頷くと同時に落ち込む。


「まぁ、いい経験になったと思うしかないかな。子供のときに、たくさん失敗した方がいいらしい。子供の失敗に対しては、リカバリーできる方法や援助がいくつも用意されているけど、大人に対しては、ほとんどその手助けとなる援助が用意されていないんだ」


「つまり、たくさん失敗できるのは子供の特権ですか?」


「そういうことだな」


 たくさんの失敗が、未来で上手く過ごすための糧となる。私には、お兄様もいるし、両親もいる。それに、なんだかんだ言って助けてくれるカナルやナギラさんも。


「お兄様がいろんな対処法を知っているのは……子供の頃にたくさん失敗したからですか?」


「ここまでたくさん失敗したことは……ないな」


「さっき言ってたことと矛盾してませんか!?」


 お兄様の経験からのアドバイスだと思っていた。上げて落とすなんて酷すぎる。


「だから今、対処法が分からなくて困ってるだろ? 何もしてないのに避けられるうえ、なぜか不機嫌、挙げ句の果てには泣かれて……」


「それって、もしかして……私のことですか?」


 お兄様に確認をすると、「さぁ? どうだろう」と惚けられた。絶対に私のことだ。でも、苦情は受け付けない。お兄様に好意を向けてる女のヒトは複数いるのに、私をワザワザ選んだのは、お兄様だ。

 私はニッコリ笑って、「お兄様も大変ですね」と他人事のように言った。


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