19 依頼人の正体
「お兄様! あの、これは……」
「コレが、この国に来た理由だろ?」
「はい……」
「返してもらうよ? 他人の手に渡ったから、セキュリティチェックする」
「はい」
本当なら真っ先に謝罪をするべきなのに、お兄様の信用を失ったと思うと、辛くて言葉にできない。
「ナギラ画伯、ソレはなんですか?」
作業台の方で、ナギラさんが持っているヒモと布の塊を見たカナルが指して聞いた。
「コレ? ミドナス・アルカードが子供人形のカラダを作る参考にしたいからって、あの子に着せようとしていたものよ」
「コレを……ルナさんに?」
カナルが驚愕していると、「悪趣味だな。それに、」と私の隣に立つお兄様が言う。
「どっちにしろ、そのサイズは小さすぎてルナは着れない。子供服のサイズなんて、子供が身近にいないと分からないから仕方ないが」
お兄様の指摘で初めて知った。あの布とヒモの塊の服の構造自体、複雑すぎて、サイズなんてよくわからない。それよりも気になることは、『子供が身近にいない』という点だ。
そういえば、ミドナス・アルカードは子供人形のカラダの肌が再現できないと言っていた。写真とかの資料なら、世の中に山ほどあるはずなのに。趣味で作っているのに、そこまで人形にリアリティを求めるのは尋常ではない。しかも『来週の初めには納品』と言っていた。ということは、子供人形は誰かに頼まれて作っていたことになる。
――いったい、誰に?
「あのキメラ、着れないサイズの服を渡そうとしてたんだ。話にならないわね。モデルを頼むときもそうだけど、常識や暗黙のルールをすべて無視していたから、聞いていて不愉快だったわよ」
ナギラさんが作業台に布とヒモの塊を置くと、電話が鳴った。その場にいた全員の視線が、アトリエの電話に集まる。
電話の向こうで『留守か……』というセリフと共に、中年の男のヒトが舌打ちしている。留守電モードになっていても、その男のヒトは構わず話を続けた。
『いい加減に諦めたらどうだ? 子供のカラダなんて、その辺にいるガキを見て作ればいいだろう? コレクションなら別だが、使う器なんだから。よく手入れされた子供の肌なんて、今どき映画に出てる子役か、どっかの金持ちの子息や令嬢ぐらいだ。こだわるのはいいが、納期は守れよ?』
ヒャヒャヒャヒャ……という特徴的な引き笑いと共に、電話が切れた。私とカナルの目が合う。
「ルナさん、この声は……あのコレクターですよ」
「ええ。人形師のミドナス・アルカードとは違う方みたいですね。アトリエの位置から、てっきり同一人物かと思ってたのですが」
「今の話の内容だと、例のコレクターもキメラで、ヒト知能融合型アメーバの可能性がありますね」
カナルの意見に同意する。だから、どのループでも性別や年齢がその都度変わっていたのだ。そして、『呪われた美術品コレクター』は、子供になって何かをしようとしていることも判った。
「ロークスの実験室から出た生物だとマズイな」
「あ! 遺跡でもキメラがいたんですよね?」
お兄様にカナルが余分なことを言う。私が遺跡で対キメラの単独行動していたことが、過去に遡って芋づる式にバレてしまった。もう今回は運がついていないことだらけだ。
この国に来てから相手にヤられっぱなしで、なぜか私の行く先々が事前に分かっていたかのように妨害されるし。
――事前に分かっていたかのように?
そこから繋がるとは思わなかった。もっと早く気がつけば、お兄様の信用を失うこともなかった。今さら後悔しても遅いけれど。
「……お兄様、ロークスの実験室から出た生物で間違いなさそうです」
「その根拠は?」
「ロークスの車の利用ルールを逆手にとって、いろいろ妨害工作したとすると、辻褄が合いますので。ロークスの車は、ロークスの一族全体で利用できます。私用目的で使う場合は、利用者がブッキングしないよう、事前に執事を通して連絡を入れるか、その国を拠点としているロークスの家に移動先も含めて連絡を入れます。上手く質問すれば、他の利用者の予定が丸分かりになるので、おそらくロークスの車を利用できるヒトの中に、ヒト知能融合型アメーバのキメラと通じている人物がいるかと」
「確かにその可能性はあるな。ここ3ヵ月のうち、ヴィラ・ロークスにその手の問い合わせがあったか確認すれば、すぐに分かりそうだ。そのことも含めてサバンナ・ロークスに報告しておく。あとロークスの車は、現時点からしばらく利用しない方がいい」
お兄様の決断を聞いて、ナギラさんが「じゃあ、私達、帰りはどうする?」と、私を見た。
「ナギラさん、私達は高速鉄道で帰りませんか?」
「そうね、たまにはいいわね」
私達のやり取りを聞き、カナルが「ちょっと待ってください!」と制止する。
「なんですか? カナルさん」
「なんですか? ……じゃないですよ! ルナさんは兄さんのバイクで帰るんじゃないんですか!? わざわざ迎えに来たのに!」
カナルが嫌なことを言う。お兄様の信用を無くした今、冷えきった関係でタンデムし、家に着くまで説教されるなんて絶対に嫌だ。
3人の視線が私に集まる。
「……バイクで帰る気分じゃないです」
お兄様からジリジリと距離をとりつつ、早口で小さく言い終わると、私はナギラさんの後ろに隠れた。
「わかった、ならいい」
お兄様は私達の後ろにあるサンルームの扉へ向かう。私達の横を通りすぎたところでホッとしていると、突然、私の腰に手を回し、抱き上げられた。
「お兄様!?」
「カナル、あとは頼む」
「何事?」という表情のナギラさんと、「わかりました」と満面の笑みで手をヒラヒラ振るカナルをミドナス・アルカードのアトリエに置いて、お兄様は私を抱き上げたまま、サンルームの扉から外に出た。




