15 人形師のアトリエ
ミドナス・アルカードの案内でアトリエに私達は入った。工房はサンルームのある部屋にも関わらず、薄暗い。部屋の中に灯りが1つもなく、木陰となっている窓から入る自然光だけしかないためだ。
「この明るさで人形作りを?」
「明るすぎると、人形の色合いが変わってきてしまうのよ? 光は、なんでも劣化させるからね。光が必要な場合は、あそこのサンルームに午後から光がたくさん入るようになってるわ。この工房は必要最低限の光だけが入るようにしてもらったの」
ナギラさんの質問は1つだけなのに、ずっとミドナス・アルカードの口は開いたまま、沈黙することがなかった。質問の答えを話して、いったんミドナス・アルカードとの会話は止まるのではないかと予想した。けれど、「そうそう! アナタ達は、これを知ってる?」と、話題は途切れることなく次々と変わっていく。人形作りのデザイン画や絵具には、ナギラさんも興味を示していた。でも、通常の『ボンド』から始まり、『紫外線硬化樹脂』やら『可視光硬化樹脂』といった絵具に混ぜる接着剤の種類や使用用途についての話になった頃には、ウンザリした様子だった。
「それにしても偶然とはいえ、ロークスのお嬢さんに会えて良かったわ。おかげで子供の人形作りが進みそうよ?」
「そう言っていただけて嬉しいです」
「この子なんだけど、子供のカラダ特有の滑らかな肌が表現できなくて困ってたのよ」
そう愛おしそうに言うミドナス・アルカードは、まだ瞳の入っていない、ブロンドの長いストレートの髪と、ほんのりピンクに染まる頬を有する人形の頭部が入ったケースを撫でる。
「そうだわ! アナタがこの子のカラダのモデルになってくださらないかしら? これを着て」
子供人形の頭部が入ったケースの隣にあるアンティークチェストから布とヒモの塊を取り出して、私に手渡そうとする。
「何これ? こんなのを子供に着せてモデルさせるなんて非常識すぎるんじゃない? 問題外ね、モデルはやらないわ」
ナギラさんが奪うように手にした布とヒモで構成された何かを見て、絶句した。戦慄が走り、あまりの気持ち悪さに言葉が出てこない。
――お兄様、お兄様、お兄様、お兄様……
思考が飛びそうになり、平常心へ戻そうと呪文のようにココロの中で言葉を繰り返す。
「アナタには聞いてないわ。私はロークスのお嬢さんに聞いているのよ? やってくれるなら、お嬢さんが探していた小さな宝物をあげるわよ?」
ハッと顔をあげ、ミドナス・アルカードを見るとニィっと笑った。
――今、すぐに返事をするのは良くない
――ナギラさんを逃がさないと、間違いなく戦闘になる
あのサロンパーティーで誰も気がつかないうちにチェーンを切ることができたのだから、刃物の類いを隠し持っていることは充分考えられる。それに、この部屋自体にも仕掛けがあるかもしれない。少なくとも、2人とも部屋の中にいては対応方法が限られて、状況的には不利だ。
「少し……考えさせてください」
「ちょっと! こんなに失礼なんだから、ハッキリ断りなさいよ。子供にそういう条件を出すこと自体、おかしいんだから」
怒っているナギラさんを無視するミドナス・アルカードは、愉快そうだ。
「そうよねぇ、この服を身につけるのは、お嬢さんなら恥ずかしいわよね? 時間は充分あるから心が決まったら言って? 嬉しいわぁ、これでカラダの部分を仕上げることができる! あぁ! でも、納品日が来週すぐだから、あまり時間はないのよねぇ」
時間はある。ここからは、向こうがボロを出すまで粘るしかない。逃れるチャンスができるまで、様子を伺う。モデルを断ることは決まっているが、返事を引き延ばすことにした。




