6 ナギラさんの家
「やっぱり尾行されてるな。おそらくロークスの車は把握されてるからメトロで行こう」
お兄様は私の手を引き、歩みを止めることなく、近くで待機していたロークスの運転手に帰るよう合図を送る。私が振り返ると運転手はお辞儀をし、空港からココまで送迎してくれたロークスの車で去っていくのが見えた。
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いつもロークスの車で移動しているため、メトロに乗るのは初めてだ。けれども、おじ様の手伝いで何度も1人でココを訪れているお兄様から話を聞いているので、スムーズにメトロの改札を通れるはずだ。
お兄様から「前のヒトと同じようにやればいいから」と、切符を渡された。何枚かセットのものらしく、お兄様が手にしている切符と連番になっている。
少し緊張しながら切符を機械に通し、バーを押してみたけれども回らない。首を傾げていると、笑いながらお兄様はバーを押して回転させ、私に先へ進むよう促す。押すチカラが弱かったみたいだ。
「おいで」
私達は手を繋ぎ、来た電車に乗った。てっきりメトロでナギラさんの家の近くの駅まで移動するとばかり思っていたけれど、乗った駅から1駅目で降りてしまった。しかも扉が半分閉まりかけたときに、フイにお兄様に体を持ち上げられ、一緒に駅のホームに降り立ったため、周りのヒトの視線を一斉に浴びる。お兄様は恥ずかしさで俯く私に構わず、「コッチだ」と言って、私の手を引きながらメトロの出口へと向かい、今度は水上バスに乗った。
私達は2階には行かず、1階の窓から離れた場所の長椅子に座る。
「お兄様、今どちらへ向かっているのですか?」
目まぐるしく変わる移動手段が、より私を混乱させた。川から見える景色は、陸から見た街並みと違うように感じる。レストランで遭遇した追跡者はいないため、ひとまず安心し、お兄様に質問をした。
「今は予定通りの目的地に向かってる。メトロでは目的地と反対方向に移動し、ワザと観光客の利用が多くて複数のラインがある駅を使ったんだ。相手に陸上で移動すると思わせておいて、これで目的地の4区まで行った方がいいと思ったから」
追跡者の目的が分からないので、一過性の尾行かどうかを見極めるつもりのようだ。尾行に持続性がなければ、この問題は解決したことになる。
「はい、ありがとうございます……」
自分のせいではないけれど、お兄様に迷惑をかけてばかりで、気分が落ちこむ。横に座るお兄様に肩を抱き寄せられたので、そのまま体を預けて目を閉じた。
*****
ナギラさんの家兼アトリエは、4区のメインストリートから少し入った道にある。道沿いから、建物に囲まれた木々の葉が静かな風に吹かれ、わずかに揺れているのが視界に入った。そして、その木々の根本に石畳が広がる中庭に面した玄関扉は開いていた。玄関扉の先には、アパートの部屋に続く階段が見える。家兼アトリエは1階部分なのに、2階から出入りをする変わった作りだ。
――部屋の扉も開いてる?
なんだか様子が変だ。私が今日来るのは分かっているからと、ここまで扉という扉を全開にするなんて、あまりにも不用心すぎる。部屋の中を覗くなんて出来ないので、コンコンと扉を短くノックした。
「はーい!」
ナギラさんの声が下から聞こえた。いつもと同じ声なので、心配しすぎだったと安堵する。
「今、悪いけど、取り込み中なのよー。誰かわかんないけど、警察に連絡してくれない?」
――警察!?
私とお兄様は、顔を見合わせた。お兄様は「ルナはココで待機」と言って、部屋の中に入り、1階へと続く階段を下りていく。部屋を覗くと、2階のロフトのフローリングには綺麗に5本のナイフが斜めに向かって1列に刺さっていた。イーゼルは倒れているし、ラフスケッチした紙が散乱している。階段を静かに3段ほど下り、上から1階を覗いてみると、壁にも数ヵ所ナイフが突き刺してある。
――ナギラさん、さすがナイフ使い……容赦ないです
お兄様が立っている向こう側に、床にうつ伏せに横になっている男のヒトの腕をネジあげ、頭のすぐ横にナイフを突き立てているナギラさんの姿が見えた。
男のヒトの呻き声とともに、「……あぁ、うん。状況はなんとなく分かったけど、警察には本人が連絡した方がいいから、とりあえず、その場所を変わりましょうか?」という戸惑ったフィリーオ兄様の声が聞こえた。




