5 水上レストラン
ナギラさんの住む国に向かう機内で、お兄様は食事も摂らず、ひたすら寝ていた。お母様のせいで急に『家出』が決まったので、ほぼ徹夜だったらしい。私は隣で音楽を聞いたり、お兄様からいただいた本を読んだりして静かに過ごしつつ、着陸予定時刻をモニターで確認する。着陸予定時刻の30分前になり、フラットシートでブランケットにくるまっているお兄様を起こして、ミネラルウォーターのペットボトルを差し出した。
「もう着く?」
「はい、あと30分ほどで」
お兄様が水を飲み終わるのを待ってから、「お兄様、食事はどうされますか?」と聞くと、「ルナを送ったら適当に軽く済ませるから、気にしなくていいよ」と言われた。
お兄様の「適当に軽く」という食事は、食事らしい食事ではないことが多い。一人きりの食事だと、短時間で効率よく食事をすることを重要視する傾向にある。つまり、それなりにカロリーを摂取すればいいという考えのもと、栄養エネルギーの数値だけで食べる物を決めてしまう。そして、「足りない栄養素は栄養剤で補給すれば生命維持はできる」なんて言っていたことを考えると、家出期間中、ずっとそういう食事になりそうな感じだ。
「いえ。ナギラさんの家への訪問までには時間があるので、食事にお付きあいします」
私は1食でも普通の食事メニューを摂取してもらうため、お兄様の食事の予定を無理矢理繰り上げた。
「ルナが一緒だと、キオスクでスナックってワケにはいかないな」
――やっぱり、そういうつもりだったんだ!
気ままな家出だから、食事を早く済ませて、おいしいお酒が飲めるバーを渡り歩くか、バイク店を見て回るつもりに違いない。
「お兄様が気軽にお食事ができる場所でいいですよ? 教会が見える川岸に水上レストランがありますから、そちらはどうですか?」
「あぁ、そこにしよう」
ここの国における子供が入れるレストランは限られている。そのため、かえって選びやすい。すぐに決まり、予約を入れた。
*****
予約した水上レストランでのお兄様の食事が終わる頃、私が川辺の風景を楽しんでいると、突然寒気が襲った。
「どうした?」
「いえ……何でもないです。たぶん気のせいです」
お兄様は所作はそのままで、視線だけ私の後方にやった。
「2つ後ろのテーブルにいる男が、コッチを見ている。歳は30後半、短髪、眼鏡着用、背は僕と同じぐらい。ルナの知り合いか?」
お兄様が持ち上げたグラスに、それらしき人物が映される。囁くように教えてくれた内容に、心当たりのある人物はない。無言で首を横に振り、否定した。
「もし尾行されることになったら、まくよ? いいね」
私は黙って頷いた。
お兄様のデータチップを無くしてから、変なことに巻き込まれ、見えない何かに引きずり込まれていってる感覚に陥っている。なんだか怖い。
「それじゃあ、行こうか」
会計を済ませたお兄様が席を立ち、私の手を引いて水上レストランを出た。




