4 お兄様の送迎2
昨日の電話で口約束した通りに、本当にフィリーオ兄様が家まで迎えに来てくれた。
「良かったんですか?」
「何が?」
「お兄様と一緒にいられるので、私は嬉しいのですが、長時間の移動だけにお付きあいいただくのが申し訳なくて……」
「気にすることはないよ、LISS内は根回し済みだし」
空港に向かう車中で、なんとか空港までの見送りにならないか画策するが、お兄様の意思は固そうだ。
「それに、僕にとっては『家出』だし」
――はい?
今、お兄様は『家出』って言ったように聞こえたが、気のせいだろうか。大人の『家出』なんて聞いたことない。それは一般的に『独り立ち』っていうのではないだろうか。そもそも、お兄様の普段の生活は学生寮だし、LISSでは宿舎だから、『家出』ではない。
「家出って……海外にですか?」
「君のお母さんの薦めでね」
「お母様が?」
一体、どういうことだろうか。話が全然見えてこない。
「父が『反抗期がない』と悩んでるらしい。僕のところは父子家庭だろ? だから、ときどき伯母さんに相談していたらしいんだ」
「そうなんですか?」
「僕も知ったのは、昨日だよ」
「それで、なぜ反抗期と家出が繋がるのですか?」
「さぁ? 伯母さんに話したんだよ。そもそも『反抗期』っていうのは、自我の確立の際に、子供と親が互いに同一視している状況を打破するために起こるのであって、初めからお互いに個として認めていて、客観的に見ていた場合は起きないんじゃないかって」
お兄様が疑問に思うのは、もっともだ。
「ええ、たぶんお兄様の言うとおりです……。それで、お母様は……お兄様に何て言ったんですか?」
私は、おそるおそる聞いた。お母様は天然ボケで、とんでもなく斜め上な言葉を発することがある。
「それなら反抗期が起こらないのは仕方ないけれど、遅めの反抗期を演出することはできる。それには手っ取り早く『家出』がいい。レンを安心させるためにも家族サービスの一環だと思って……」
「お兄様、それ以上は結構です」
やはり、お母様のアドバイスは斜め上だった!
家族サービスで『家出』なんて聞いたことがない。これ以上は更にヒドイ内容になりそうなため、お兄様の言葉を途中で遮った。しかし、フとあることに気がつく。
「あの……さっきLISSの研究所の皆さんに根回し済み、とおっしゃいましたが、誰もお母様が計画した『お兄様の家出』を止めなかったんですか?」
「止められると思う?」
「……思いません」
お母様は行動力がありすぎる。おそらく、お兄様が私を送迎することをお母様に話したら、なぜかおじ様の話になり、その場で各方面に調整・根回しをしたんだと思う。
「おじ様……お母様に相談しなければ、こんなことにならなかったのに、お気の毒です」
そして、お兄様も。お母様に押しきられ、強制的に『家出』させられたようなものだ。それに、この先のことが目に浮かぶ。
お兄様と連絡がとれない→LISSの研究所メンバーに確認するが、全員にすっとぼけられる→お母様に連絡し、サバンナ・ロークス邸にいないか確認する→「まぁ! それは『反抗期』よ! たぶん家出じゃないかしら? 何日かしたら戻ってくるものだから心配ないわ」とお母様がおじ様に助言
――おじ様以外は全員事情を知っている茶番劇が繰り広げられるのね
私は半眼になりながら、ため息と共に脱力した。そんな私を見て、お兄様が「そろそろLISSの外に出たかったし、実験も切りがいいところで止められたし、早めの休暇だ」と、お母様の暴走に気を病んでいる私にさりげなく気を使ってくれた。
「それに……ルナの顔も画面越しじゃなくて、直接見たかったから」
その言葉が耳に入り、お兄様の顔を笑顔で見上げると、照れたような微笑みで答えてくれた。そして、お兄様の手が私の手と重なるのを感じながら、私はお兄様にそっと体を寄せた。




