3 お兄様の送迎1
社交辞令だと本気で思っていたのに、まさか本当に訪ねることになるとは思わなかった。ミドナスさんがいないサロンパーティーの会場で、すぐに知人を通して、ミドナスさんと1週間後に会う約束をとりつけた。
そういうワケで、昨日は紛失したときの状況を確認することで精一杯だった。まだ、お兄様には預かったデータチップを紛失したことを知らせていない。カナルには急用ができたと言って、予定をキャンセルした。もちろん、お兄様と同じく、昨日の一連の出来事は伝えていない。もし話すなら、持ち主であるお兄様の方が先だからだ。
――私がちゃんとシッカリしてないから、こんなことに……
後悔しても仕方ないけれど、そう思わずにはいられない。お兄様に話すにしても、無くしたときの情報が足りない。ミドナスさんと会って、このロケット型のブレスレットを拾ってくれたときの話を聞いてから報告した方が良いと判断した。
――落ち込むのは、後からでもできる
――明日からナギラさんの家にお邪魔するんだから、ちゃんと準備しなきゃ
私がお泊まりの準備をしていると、電話がかかってきた。
――お兄様?
*****
「人形作りのアトリエ?」
「はい。せっかくお兄様にお誘いいただきましたが、そちらに訪ねる前に事前に知識を入れておきたいのです」
「それで、ナギラ画伯のところに? ずいぶん気を使う訪問先だね?」
お兄様の指摘にウッと言葉が詰まる。よく気がつくのも考えものだ。
「私が無理を言って訪問させていただくことになったので、何も知らないまま行くのはミドナスさんに失礼だと思うんです。ナギラさんのご友人で、人形の絵を専門とする方がいらっしゃるので、ちょうど画家の皆さんの集まりがあるときに少しお話を聞かせていただこうかと」
私は心苦しくも「今度のお休みにお会いできないんです。ごめんなさい」と、お兄様のお誘いを断る。何も起きていなかったら、サバンナ・ロークスに来て久しく会ってないお兄様と会える貴重な機会を断るなんてことはなかったのに。
というのも、お兄様は学校が休みに入った途端、おじ様によってLISSの第8研究室に押し込められた。「いい加減フィールドワークに移りたい」と、思わず私に愚痴を漏らすぐらいなので、やることが多すぎて忙殺されているらしい。
そして、その一言しか愚痴を漏らしていないにも関わらず、お兄様が「つまらないことを言った」と謝る。数ヵ月前までLISSの民間軍事研究施設のことは知らず、『おじ様のお仕事の手伝い』をしているという話だけしか教えてくれなかった私に、お兄様がそういう話をしてくれるのは嬉しいのに、本人は分かっていない。
「そっちを出るのは、いつなんだ? ナギラ画伯のところまで送るよ」
「え!? お兄様、ナギラさんのおうちは海外ですけど」
自宅近くの近所に行くような感覚で言うお兄様に、確認する。
「知ってる。この前、ルナから聞いた」
「ええ、そうでした」
お兄様が遊びに行くワケではないのに、遠距離を送迎だけしてもらうなんて、恐縮してしまう。
「それで? 出発はいつ?」
「明日です」
私の答えに「わかった。サバンナ・ロークス邸まで迎えに行く」と一方的に断言され、お兄様との電話が終わった。断る隙がまったくなかった。
――送迎だけなら……大丈夫よね?
お兄様に話すのは、まだダメだ。不安だらけだし、ヒミツを抱えて苦しい。だけど、自分が撒いた種から来た苦しみを、お兄様に話をして楽になろうというのは何か違うと思った。私は弱ったココロを奮い立たせ、出掛ける準備を再開した。




