2 消えたデータチップ
――どうしよう
異変に気がついたのは、あるサロンパーティーが行われている邸宅の化粧室内で、手を洗っていたときだ。
飲み込むとイケナイからと、ブレスレット型ロケットの中にフィリーオ兄様から預かったデータチップを移したのが失敗だった。
グラスを手にしていたときには確かにあることを確認している。化粧室に行くため、グラスをテーブルに置いたときも間違いなくあった。だとすると、部屋を移動しているときだ。その際、私の知らないヒト2人とスレ違った。
――とにかくパーティーが終わる前に見つけないと
そもそも、このサロンパーティーに参加したワケは、なかなかカナルと予定が合わず、前回の打ち合わせから一ヶ月たって、やっと予定が合ったのが、このパーティーだった。パーティーでカナルのテーブルマジックが終わったら、カナルのトレーラーにある機器でお兄様のデータチップの中身を確認する予定だったのだが、このまま見つからなかったら計画の修正が必要だ。
――それにしても……
指輪と繋がっていたブレスレットとロケット部分だけなくなったのが腑に落ちない。簡単に手首から抜け落ちるような構造になってないハズなのに、いつの間にかなくなっているのが妙だ。私は指輪に繋がっている残りの切れたチェーンの断面をよく見た。
――歪みはない
――カッティングされてる?
指輪に繋がっているチェーンの断面は、スレ違い様に何者かに指輪と繋がっていたチェーンを鋭利な何かで切られたとしか思えない形状をしていた。しかし、サロンパーティーに参加している招待客は、それなりに名が知られた人達ばかりだ。信頼のあるロークス縁の主催者だったので、その人が厳選した招待メンバーに手癖の悪い人はいないと安心し、油断した。
「カナルさんが知ったら、余計ややこしくなります……」
「ボクがなんですか?」
化粧室から出て前室を横切りながら呟いた私は、カナルの声が聞こえ、ビクッと体が飛び上がった。辺りを見回すが、誰もいない。
「カナルさん……?」
恐々と小声で呼ぶと、すぐそばの一人がけソファから立ち上がった少年の後ろ姿が視界に入る。トリックとかではなく、単純に座っていたため、こちらからはソファの背に隠れて見えなかっただけだった。
「また何かやったんですか?」
「やってませんよ? それより、もうすぐ世界最年少イリュージョニストの出番では?」
「今回はイリュージョンではなく、テーブルマジックですから、その呼び名は……」
「フフ……失礼しました」
数時間後には使う予定のデータチップが行方不明なんてカナルに知られたら、探している間中ずっと様々な変化球に富むイヤミを聞かされるに違いない。平静を装ってカナルをサロンへと追いやった。
――とりあえず、パーティーの出席している人達を全員把握しないと
サロン会場の受付に向かった。
*****
「お帰りですか?」
受付にいた女性に聞かれ、すぐに否定した。
「いいえ。まだマジックを楽しみにしていた知人がいらしていないので、どうなさったのか気になったんです」
「そうでしたか。どなたをお探しですか?」
「『芝藤カレンさん』です」
「今、お探しします」
受付の女性がリストを確認する。プライベートな空間でのパーティーのため、ホテルなどのパーティーと違い、紙媒体で受付処理をしている。
名簿には50名ほどの名前が載っていて、そのうち出席者は30名弱だ。さらに、私が知っている人を除くと7人に絞られた。
――名前は覚えた。早くスレ違った2人の名前を絞り込んで特定しなければ
「申し訳ございません。まだ、来られていないようです」
受付の女性の謝罪を受け、「そうですか……。お手数をおかけしました」と残念そうに返事をし、お礼を言ってパーティー会場へ再び戻った。
*****
カナルのテーブルマジックが終わり、刻々と約束の時間が迫る。急いで知人のツテをフル活用し、絞り込んだ7人の人物と名前を一致させるべく情報収集していった。ロケット型ブレスレットを目視で確認し、無くなったことが判明するまでに私とスレ違った2人は、痩せていて背が高く弱々しく話す老紳士と、少し横の方に体格が良いハスキーボイスの初老の女性だ。耳が遠い老紳士との会話は長くなりそうなため、先に初老の女性――ミドナス・アルカードと話すことにした。子供が大人に突然声をかけるワケにもいかないため、知人に頼み、引き合わせてもらう。
「ミナドスさん」
名前を呼ばれた初老の女性がノンビリと振り返った。
「あら、お久しぶりですね。こちらは、あなたのお嬢さん?」
「いえ、違いますよ? ロークスさんのお嬢さんです。ぜひ、趣味のことであなたとお話がしたいと」
上品な話し方をするヒトだ。ほのぼのした空間となる。
「あなたも人形作りに興味があるの?」
ミドナスさんの優しい視線が、知人から私に移された。
「はい。ぜひ、お話を伺いたいです」
私が笑顔で頷くと、微笑み返された。しかし、ミドナスさんが口を開くと、「私が作っているのは、布人形で……」という言葉から始まり、怒濤のように布人形における『こだわりの作り方』の説明が始まった。
――しまった、失敗したかもしれない
結局、趣味の話は止まることなく、30分間拘束されてしまった。話の最後は「今度、私のアトリエに遊びにいらっしゃい」という、お決まりの社交辞令だった。
――30分の拘束で収穫なし……
その場を離れるミドナスさんに、私が「ありがとうございます」とお礼を言うと、「あぁ! そういえば、あなたにも聞かないと」と急に別の場所へ向かう歩みを止めて、手持ちの刺繍された布鞄から何かを取り出した。
「このブレスレットの持ち主をご存知かしら? この部屋に落ちていたのよ」
ミドナスさんの分厚い手のひらには、金にカラフルな石を散りばめたロケットとブレスレットがあった。
「コレは、私のです」
「そうなの? 良かったわ、持ち主が見つかって」
そう言って私の手を取り、渡してくれた。何気なく触れた手から何とも言えない寒気が襲い、背筋が凍る。そして、その手はシッカリと握った私の手を撫でつけるようにして離れていった。
――今のはナニ?
今まで色んなヒトと接し、数えきれないほど握手もしてきたが、こんな気持ち悪さを感じたことはない。しかも自分と同性であり、上品で優しそうな婦人に対してなら『なおさら』である。
――とりあえず、ロケットの中身をを確認しないと!
私は気持ち悪さと違和感を振り払って、化粧室に速やかに移動し、指輪の突起部分をロケット側の鍵穴に入れて開いた。
「ない」
どういうことなのだろうか。ロケットを確認するが、コチラは無理矢理こじ開けられたり、鋭利なもので傷つけられた痕はなかった。ますます気持ちが焦る。
確かミドナスさんは「拾った」と言っていた。拾ったときの状況を詳しく聞きたいが、さっきまで話していたのに、間を開けずに、さらに接触するのは不自然だ。
――この場合、もう1人の方に聞き取りをするべきね
2人の証言で別の見方ができる可能性がある。そう思い、もう1人の私とスレ違った老紳士に会った。私が「この落とし物を拾っていただき、ありがとうございました」と話しかけてみたら、「落とし物? お嬢さん、これ以上は腰が曲がらないんで、何も拾ってないよ」という返事が返ってきた。ワザとロケット型のブレスレットを見せながら話したが、反応は薄く、本当に知らないようだ。
――ということは、ミドナスさんが手がかりを持っている
ところが、老紳士と話しているほんの数分の間に帰ってしまったらしく、すでにミドナスさんはいなかった。




