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おそい目覚め

 目を開けると、お兄様の学校の地域にあるロークス邸内の自室にいた。


 ――山にいたのに、どうして?


 着ている服はバイクスーツで、消えたときと同じものだ。インカムマイクを外し、窓辺にある机に近づくと、クリスタルのペガサスがあって、その隣にあるデジタルフォトスタンドに表示された日付が目に入った。


 ――タイムスリップした?


 もう、あれから一ヶ月半も経っていた。貸金庫にしまったハズのファンタジー関連の本も、全て部屋にある。ワケの分からない状況だけれど、とりあえずタイトに体を締め付けているので、服を着替えたい。インカムを机に置いて、ベッドのそばでバイクスーツを脱いだ。下着のまま着替えの服をクローゼットに取りに行こうとしたところで、部屋のドアが開いた。ノックもなく突然開いたので、驚いて体がビクッと震える。


「……おかえり。着替え中?」


 お兄様だった。


「あの……ノックが」


「あぁ。ここ最近、書斎として使わせて貰ってたから」


 お兄様は今まで必ずノックして入るのに、変だと思っていたら、そういうことかと納得した。私がいない間にそんなことになっているとは。今、気がついたけど、確かに私の机の隅に見たことのない本や科学専門誌が重ねて置いてある。


「それで、どれに着替える?」


「では、左側の上にあるビジューのついた白のレイヤーワンピースを」


 私の背では届かない位置のものも選べることになり、ウォークインクローゼットの中に入り、取ってもらう。


「ありがとうございます……」


 お礼を笑顔で言いたかったのに、涙がこぼれた。我慢しようとすればするほど、止まらない。


「ルナ、おいで」


 お兄様が服をクローゼットに戻して、ベッドの上に座った。それから私の肩を抱き寄せる。その優しさのせいで、我慢していたのに、決壊した。私は、お兄様の肩口に顔を埋めて泣き続けてしまった。

 泣いている間、私が落ち着くように、何度も髪を撫でてくれたり、背中を撫でてくれた。

 ようやく私の涙が止まったけれど、不安は消えない。


「お兄様……私、また消えるかもしれません」


 ヒックとシャックリをしながら、言葉を紡ぐ。お兄様が「落ち着いて、大丈夫だから」と抱きしめ、私の背中を軽く叩き、ゆっくりと息をするように促された。


「ルナの家族に連絡を入れるよ? 行方不明で心配されている」


「もしかして、捜索中になってますか?」


「なってる」


 ――私の存在自体、親不孝だ


 ますます気分が沈む。もうボロボロだ。また消えて、お父様やお母様に同じ思いをさせてしまうかもしれない。散々泣いたハズなのに、まだ涙がこぼれる。


「そんなに落ち込む必要ないよ。早く安心させてあげないと」


「はい、わかってます……でも、気持ちがついていけなくて」


「……そうだなぁ、気分転換としては、寝るかシャワー浴びるか」


「シャワーに入ります。でも、また消えちゃうかもしれません。お兄様も一緒に……」


 涙を瞳に溜めながら、お願いをする。しばらく沈黙が続き、「……わかった」というフィリーオ兄様の緊張した声を聞いた。



*****



 それから1週間、弱りきって普通の状態ではない私に、ずっとフィリーオ兄様は付き合ってくれた。

 目覚めた次の日には、お母様達と会うことができたけれど、行方不明になっていた期間のことを聞かれても、記憶にないため答えることができず、心苦しかった。『これ以上、心労をかけたくない』という想いが強く、本当のことは伏せたままだ。お兄様のフォローもあり、そのことは言わずに済んだのは良かったけれど。

 今日は、お手伝いの佐藤さんに、たまには庭先の景色をゆっくり見て過ごすことを勧められ、ガゼボテラスのガーデンベンチに私達は座っていた。


「お兄様、前に返したデータチップですが」


「うん」


「今、持ってますか?」


「持ってるよ」


 だいぶ私の気力も回復し、色んなことを考えられる余裕が出てきた。


「やっぱり、一度いただいたものを返すのは失礼だと思うのです」


「……それって中身が気になるから? でもロックがかかっているから簡単には見れないよ?」


「それでも構いませんので、返していただけますか?」


 私が手のひらを見せて、データチップの返却を求めると、「別に構わないけど……その方法では渡せない」と意味が分からないことを言う。


「お兄様は、そういう大義名分がないとキスしてくださらないのですか?」


 頬を膨らませて抗議すると、「いろいろあるんだよ」と私の頬をお兄様の両手が覆った。唇を重ね、舌を絡ませる。


「確かに受けとりました」


「すごく嬉しそうだけど、そう簡単には解除できないようになってるから。クラックしたら、データは消えるよ?」


「ご心配なく。中身が見たいワケではないので」


 本当かどうか疑わしい、とお兄様が呟いている。カナルを使ってコッソリ見ようと思っているのはバレているようだけれど、素知らぬフリをする。

 そこへ軽い足音が聞こえてきた。カナルだ。


「兄さん、ルナさんが戻ったって……あぁ、本当だったんですね。おかえりなさい」


「お久しぶりです、カナルさん」


 穏やかに挨拶をしたが、カナルは挨拶もソコソコにお兄様に「兄さん、ルナさんが戻ったばかりとはいえ、サボり過ぎじゃないですか? LISSの方も立ち上げ直しで忙しいハズなのに」と、苦言を呈した。


「お兄様は悪くないですよ? いつまた私が消えるかもしれませんし、ずっと不安な私の気持ちを汲んで、そばにいてくださってるんです」


「またルナさんが消える……? 兄さん、ルナさんに何も言ってないんですか!?」


 ――ナンノコトデショウ


 私がお兄様を見つめるとサッと視線をそらした。


「今回、ルナさんの魂は、願いとかいったヒトの感情ではなく、兄さん自身に付随するように術を施しましたから、消えることはないですよ」


 ――え?


「しかも、普段だと隙をみせないルナさんと、ここぞとばかりにイチャイチャしたいからって、ボクにだけ連絡しないとか……。おかげで知ったのは今朝ですよ」


「情報を流す先は厳選してたから。思ったより早くて驚いた」


 サラッと何ともないように言うお兄様を、「まったく……」と呆れ顔でカナルが見ている。


 ――ト、イウコトハ……


 カナルの説明を脳内で繰り返す。理解が追いついたところで、プルプルと怒りで体が震える。『自分ではどうすることもできない』と、こんなに不安だったのに。


「お兄様、ヒドイです!」


 あんなことやこんなこともしてしまったことを思い出し、恥ずかしすぎて赤くなった顔を両手で覆った。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました

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