帰還
全ては『絶望的な未来を変えたい』という願いが始まりなのだから、それが叶ったとき、どうなるかは予想できた。過去から未来へと無理矢理連れてきたのだから、その願いが叶えば魂は還ろうとする。魂の契約とは、そういうものだ。カナルが過去で何を捧げて私を連れてきたかは分からないけれど、追い込まれたカナルは、きっとそれなりのものを犠牲にしていると思う。だから、『まだココにいたい』とか『もう少し瑠梛・ロークスの人生を生きたい』なんていうワガママなことは、カナルに言えない。
まだ何もかも中途半端で、やり残したものばかりだ。お兄様にだって肝心なことは言葉で伝えてないけれど、今、言ってしまったら、私の言葉で縛り続けることになる。それだけ愛されている自覚はある。
「ルナ?」
「大丈夫です。緊張が急に解けたので、少し眩暈がしただけです」
心配するお兄様に笑顔を見せた。
「お兄様」
お兄様の腕にかけていた手を、そのまま上に辿って首に絡める。軽く顔を重ね合わせたあと、唇を少しだけ舐めると、私の意図を汲み取り口を薄く開いてくれた。慎重に舌先にデータチップをのせ、お兄様の舌先へと運び、顔をゆっくり離す。
「ルナ、どうして……」
「もう大丈夫ですから、お返しします。手渡しだと、断られてしまうと思ったので」
「返す必要はないよ。むしろ、持っていて欲しい」
「ダメです。私は……もうすぐ消えるから。カナルさんの願いが叶ったので、時間は繰り返されることなく、未来に向けて流れ出しますし、私は元の時の流れに還ります」
「ルナ、何の話を……」
戸惑うフィリーオ兄様の表情を間近で見つめる。きっとこれが最後だから。
「泣き虫で手のかかる子ですが、お願いしますね?」
お兄様の首に絡めた手の輪郭がぼやけてきた。もう時間は、それほどない。お兄様に伝えたい想いは山ほどあるけれど、ココロに想いが溢れすぎて言葉にならない。結局、言えたのは「さよなら」だけだった。




