最後のキメラ培養プラント
目的の部屋に近づくと、ガラス越しに中の様子を伺った。非常用電源の作動により低電力モードになっているせいか、仄かな灯りが1つしかなく、それが部屋全体を照らしていた。部屋の扉は内鍵があり、内側から外へ開くようになっていて、外から開けられない構造だ。
『全館、停電。シャッター誤作動。現在、原因調査のため、全員その場で待機してください。非常用電源に繋がっている機器は、電源が供給されていることを確認してください』
大音量の館内放送が繰り返し流れている間に、お兄様が私に少し離れた場所で待つように言うと、コルト46を構えながら部屋の扉まで動いた。ガラスを撃ち抜いて内鍵を解除すると、部屋の中を確認しながら私に合図をくれる。
部屋の中央にある培養プラントは、今まで見た中で1番大型で、培養用のガラス器で揺らめいているキメラの光も、それぞれが直径1メーター以上のサイズのものばかりで巨大だ。部屋に入り、私は七色の光を放つ培養プラントの周りを1周する。キメラの光は今まで遠くからしか見たことがなかったから、間近で見た私は、その大きさを実感した。私の隣に立ったフィリーオ兄様は培養プラントの操作盤を開けると、プログラムコードを呼び出し、カナルのダミーコードとの入れ替え作業を始めた。これが終わればロークスの痕跡を残さずに済む算段だ。
「あとは、政府首脳補佐官によって送り込まれたココの部屋の担当責任者と、所長を捕まえれば終わりですね?」
「……それが一番大変だけどね?」
私がニッコリ笑顔で軽く言うと、お兄様が操作盤から顔を出して苦笑した。
*****
データの入れ替えが終わったにも関わらず、私達は部屋の中に何もせずに待機していた。私は培養プラントの配電盤の横の隙間にいるように言われたため、そこに大人しく座っている。一向に動きがないため、通常電源が復帰してしまわないかヤキモキしてきた。区画ごとに配置されているシャッターが下がりっぱなしで、簡単にはヒトの移動が出来ないようにしてあるけれど、安心できない。
そんな私の不安など察する様子はなく、お兄様は部屋の非常口と反対側の扉の影に隠れて、シャッターの方を注視していた。
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ガタンとシャッターの一部が開く音がした。大人の歩幅で焦ったような足音が近づいてくる。部屋に入ったところで床を撃ち抜く銃声がして、足音がピタリと止む。ガンッという培養プラントに体を打ち付ける音がしたあと、男の人の苦しそうな唸り声と共に体が崩れて床にドサッと倒れる影が見えた。ヒュルッとワイヤーを勢いよく巻く音が続く。
お兄様は、ココの人達を『一般人』と判断したようだ。
――ココではトラップ系や爆発物は使ってないし、銃の使用も最小限。お兄様が、さっき言ってた『大変』って……そういう意味?
今の状況を少し確認したくなって体をズラそうとしたところ、別の足音がした。
「今回オマエにしちゃ、ずいぶん慎重なんだな」
部屋の入口で、一昨日からイヤというほど聞いた声がした。
「おい、銃口を向けんなよ」
――ジンドゥル・ヒューム!
「何しに来た。引退したんじゃなかったのか?」
お兄様がココにいるハズのない――そのヒトを咎めた。




