潜伏開始
潜伏方法が決まったようだ。お兄様に「ルナ、弾倉はある?」と聞かれた。バックから弾倉だけでなく腕時計も一緒に渡すと、「ありがとう」と素直に受け取ってくれた。
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お兄様と私は山林があるギリギリの場所までバイクで行き、そこから山頂環境観測研へ岩影に沿って向かった。
雪が積もる山々に囲まれた山頂は岩だらけで、ひっそりと小さなルネサンス風の建築物だけが建っている。くすんだ青銅色のドーム型の屋根に白い壁の環境観測研の出入口のすぐ横に出ると、監視カメラの死角の位置に立つ。お兄様は、ワイヤーを屋根に引っ掛け、ハーネスを装着して私を抱えると、一気にモーターの巻き上げで上昇し、ドーム状の屋根に上がった。屋根のてっぺんには鐘楼があり、そこにたどり着くと、お兄様がロックを外して床をゆっくり持ち上げた。
鐘楼の下にある天井下に広がる空間を確認すると、お兄様が先に鉄ハシゴを降りていった。続けて私に降りてくるよう合図する。下に降りると、そこはドーム型の天井に沿って螺旋階段が下へと続いており、まん中は吹き抜けになっていた。吹き抜けの先には、この施設のスタッフが行き交う様が見える。
螺旋階段の壁側には様々な風景写真を掲げたギャラリーになっている。お兄様は、そのギャラリーを見て、「ルナ、ジンのデータスティックはある?」と言い出した。
「はい、ありますが……」
不思議に思いながら、ベルトポーチから取り出し、フィリーオ兄様に渡した。色んな風景写真の前を通りすぎ、螺旋階段を降りていく。
――これは……単なる風景写真ではなく、世界中の珍しい気象現象の写真?
お兄様が立ち止まった場所は、最近起こるようになった気象現象である『天使の虹』の風景写真だった。横から写真パネルの下にあるタイトルパネルを眺めてチェックする。タイトルパネルの横にデータスティックの差し込み口があった。
「切り札……」
ジンが言っていたことを思い出した。
「変だと思ったんだ。あんなに追われていたのに、諜報員が必要のない余分なデータを持ち出すのはおかしい」
「では、地形データ以外の残り2つのデータがこの先必要になるということですね?」
「ジンは何か言ってなかったか?」
「『切り札は、うまく使え』と……」
「なるほど……たぶん、またジンに利用されたかもしれない」
お兄様は意味深なことを呟きながら、ジンのデータスティックをタイトルパネルの横に差し込んだ。写真パネルの『天使の虹』がピンぼけの『キメラの光』の写真に変化する。
「画像認証型のロックですか?」
「正確には、画像データ内にパターンデータが入っている。ココの作りからすると、おそらく緊急脱出口へ外から入るための点検用パスコードだな」
写真パネルに『ロード完了』と『ロック解除』というメッセージが次々と表示され、最後に『非常口 点検中』の文字が表示された。お兄様はデータスティックをタイトルパネルから引き抜き、私にスティックを返してくれた。
お兄様は、そのまま螺旋階段を降り、写真パネルのギャラリーがない場所までやってきた。壁の一部が凹んでいるニッチ棚があり、そのニッチ棚には壁がない。向こう側には大人が一人通れそうな横穴があって、どこかへ繋がっていそうな通路が見えた。
「ココが緊急脱出口でしょうか」
「あぁ」
お兄様と私はニッチ棚の壁に現れた空間へと進んだ。




