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氷の翼人

 汽笛とともに、周りの人達が一斉に乾杯する。その様子を他人事のように眺めていると、「ルナ?」と、お兄様が顔を覗きこんできた。


「いえ、なんでもありません、お兄様」


 グリフォンフラグのことで自分の世界に入ってしまった。それが表情に出ていたらしい。急いでフィリーオ兄様の瞳に焦点を合わせて笑顔を作り、グラスを持ち上げた。

 海上からの高さがビル15階建に相当する私たちを乗せた大型客船が、ゆっくりと前進して港から離れていく。

 海の上なら鷲やライオンはいないから安心だ。とにかく、この船旅中に、桐谷さんと奈月さんの二人が海の雄大さに魅了してくれるよう誘導することに専念する。サバンナ地域に着くまでに、途中で他の地域にも寄港するし、時間はタップリあるから大丈夫。「焦る必要はない」と、自分に言い聞かせた。

 あれこれフラグを折るためのシミュレーションをしていると、フィリーオ兄様がバーカウンターの方に目線を向けながら、私の耳元で囁いた。


「ルナ、あそこにルナが好きそうな氷の彫刻があるよ」


「氷の彫刻? ステキ!」


 しかし、視線を向けた先には……



 煌めく大きく広げた羽 ➕ フワフワのワンピースを着たボンッキュッボンッな女の人



 ――いやぁー! なぜ、ここで翼人(よくじん)系フラグがっ!?


 ――氷よ、溶けろおぉぉー!! さっさと今すぐ溶けてしまえぇぇー!!!


「お、お兄様……」


 こうなったら二度と、この話題に触れさせないようにするしかない。私はお兄様を涙目で下から見上げた。


「私はあまり好みではないです」


「そう?」


「ええ、お兄様は……あのようなグラマラスな女の人が好きなのですか?」


 私の言葉による会心の一撃により、お兄様の時間を止めた。

 なんせ私は前世の記憶があって大人びた会話をしていても、周りの人間から見れば10歳児だ。

 この質問にお兄様は「是」も「否」も答えられないはずだ。肯定するにしても、否定するにしても、どちらか答えた時点でアウトだ。


 少しの間を置いて、無表情になっていたフィリーオ兄様が神々しい笑みを浮かべながら、「ルナ、あれは芸術品だから。芸術品としては美しいと思うよ?」と、爽やかに流れるが如く私の質問をやり過ごした。


 ――さすがお兄様、思っていたよりも再起動が早かった!


「ウフフ……冗談ですわ、お兄様!」


 ニッコリと笑顔でフィリーオ兄様の手を繋ぎ、ラウンジからパフォーマーによるイベントがやっているメインデッキのホールへと向かった。


 ――あとで別の氷の彫刻を手配しなくては


 1時間後、翼人の氷の彫刻は、白鳥の形へと華麗に変身したのだった。この話題も封じることが出来たので、私の心の負担は少し減った。

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