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日課、習慣

この話はファンタジー要素が伺えてしまうかも知れませんが、出来るだけ日常的な笑いを意識したいと思っています。初めてなのでのんびり更新する予定です。

1.

私は気付いたのだ。いや、薄々勘付いていた事なのだが、たったいま目覚めた瞬間に確信に変わった。反射的に右手で握ったペンを走らせた。私は必ずベッドで目覚める。昨夜の記憶は曖昧であろうが、地べたで寝ようが、関係無い。私は必ずベッドで目覚める。それが育ちの問題とかではないことは、今私がベッドの上で目覚めた事が何よりの証拠である。昨夜の私は部屋の隅にどしんと構えたタンスに自ら自分の身体を縄で縛り眠りについたのだ、「よっしゃー」っと言った後に。


2.

中学を卒業する迄は不思議に思わなかった。疑問を持ち始めたのは友達と泊まる機会が結構増えた高校生の時の事であった。毎週金曜日は坂田の家に坂口と泊まりに行くのが恒例行事である。土曜日の朝、私より早く目覚めたのであろう坂田が坂口を起こさないように私に問いかけるのである。「なあ、坂本、お前の寝る前にいつも言ってる言葉ってどういう意味があるんだ」


坂本とは私の名前である。高校入学当時私は新しい環境で友達が出来るか不安だ、と言う誰にでもある平凡な悩みを抱えて入学式を経た。しかしその悩みは先生による初めての「出席取るぞー」によって解消される事になった。私の名前が呼ばれた瞬間にクラス中で大爆笑が起きたのだ。その時の先生の間も良かったし、クラスの精神状態も新しい環境と言う事で皆名前に耳を傾けていたのも良かったのかも知れない。クラスの大爆笑も私にとって満更でもなく、やがて勾配コンビとして3人一緒になる事が増えた。


坂田の問いに話を戻す。寝る前にいつも言ってる言葉とは紛れもなく「よっしゃー」のとこだろうと思いつつ、疑問にも思った。なんでそんな事聞くのだろうか。私はそのまま言った。なんでそんな事聞くのと。坂田はまた訳のわからない事を言った。


「その癖笑われるからやめた方が良いぜ。」


と言いながら坂田は笑った。なんでそんな事言うのだろうか。今度は言わなかったが、不満そうな顔をしているうちに坂口が起きてこの話はなかった事であったかのように話題が変わった。


その癖笑われるからやめた方がいいぜ。私の心の中で坂田の言葉が繰り返されていた。


3.

それから私は坂田の家には泊まらなくなった。勾配コンビがバラバラになった訳ではなく、休み時間や放課後はいつも通り一房の実のように三人一緒になっている。寝言を聞かれるのが恥ずかしいと言う私の申し出は、勾配達からはもっともらしいとすぐに受け入れられた。この頃から私は寝る前の「よっしゃー」に対して疑問を持ったのであり、同時に恥ずかしいと言う感情さえ芽生えたのである。


私にとって1日の終わりの「よっしゃー」は、寝る前の歯磨きと同じ位当たり前の事であった。むしろ私は「よっしゃー」抜きで1日を終える方法を知らなかった。

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坂本は時間の流れに存在しない。空想的な話になるが、彼の中では1日は24時間ではないのである。勿論彼にとって1日は24時間である。しかし彼が認識している24時間は外部の人間のそれとは違う。そもそも現在の時間の定義は地理的な要因しか考慮されていない。時間とは日の出から日の入りの間と言う大雑把な概念に季節や、緯度などの情報を加えたものである。それに違いないのだが、坂本にとっての時間とは朝起きて、「よっしゃー」と言う迄の間を指すのである。


彼が「よっしゃー」と言わなければ彼の中の1日は終わらないのである。逆に起きてすぐ「よっしゃー」と言えば彼の中の1日は終わる。彼は今迄それを疑問に思わなかったのである。おかしいと思う機会が無かったのである。生まれてからそれを青だと思っていた光が、実は赤だと指摘されたようなものである。その時点でその光は赤でもあり、青でもあるのだ。極論は全て価値観というものである。お腹が空いた、痛い、痒い、全て価値観の違いであり事実ではない。Bにとって暑いとしても、Aにとっては暑くないこともある。それに対し時間や長さは事実の様にも感じるが、それは地球に存在する全てのものが同じ次元に存在していると思い込んでいるが故である。速い、遅いという概念も人間とハエとを比較すればまるで違う。


坂本はそういうものに気付いたのか、薄々感じていたのかはわからないがそれ以降自身の事をノートに書き記し始めたのである。取扱説明書のような形式である。

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「可笑しいよな」


坂田は、私の「よっしゃー」の件を暫く話のネタにしていた。満更だった。家に帰って靴を脱ぐ行為を指摘された気分である。「ほっといてくれよ」と異議を唱えたのちに先生の「出席取るぞー」が始まり、坂田は前を向いた。


「坂口」「はい」

「坂田」「はい」

「坂本」「はい」


ワッと、軽い綿のような笑いが湧く。これも毎日の日課になっていた。私達三人はクラスの日課に含まれていたのだ。それ自体悪い気はしなかった。何故か坂本という名前が誇らしい気もしたりした。


4.

それから毎日自分の取扱説明書を書いていた。決まってする行動や、経験などを書き記していった。日記のようなものである。そこに書いてある全てが私にとっては普通の事なので、この前のように坂田に指摘されないと分からない。白い紙に文字を埋める。


*・小学校運動会時、徒競走で一位になり「よっしゃー」と声を漏らし翌日に。

・「よっしゃー」をずっと言わなかったらどうなるのかやってみたところ真冬で徐々に体が冷えていき怖くなった。死にそうな顔で「よっしゃー」と言い翌日に。

・ボーリングで..........*


今日はこんなところか。私はペンを置いた。殆ど「よっしゃー」の事であった。私にはそれ以外が全て歯を磨くのと同じ位であったため思い出すことを難しかった。私は取扱説明書をペラペラとめくる。*歯を磨いた、歯を磨いた、歯を磨いた。..*私は退屈な取扱説明書を閉じた。そんな分かりきったこと今更書き綴る必要も無いだろうと思ったのだが、坂田の事を思い出しもう少し続けようと思った。この本を坂田に見せたらどうなるのか。「え、お前歯を磨くのか」と気味悪がられるのかもしれない。歯を磨く事は(みんなにとって)普通の事なのか。考えるのが面倒になってベッドの上で横になり「よっしゃー」と言った。




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