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家出・ホーム・ラン  作者: 鑑青楓
第四章 家の闇に潜むモノ
9/13

#04-3

「──こ、コーちゃぁあん……」

 泣き出しそうな声で、アカ姉が僕の名を呼んだ。

「だ、大丈夫……僕から離れないで」

 アカ姉を落ち着かせるように、そう囁いた。

 信子が一人だけ外に逃げおおせてから、僕ら二人はしばらくその場に立ち尽くしていた──闇の中で蠢く『何か』と睨み合うように。

「お兄ちゃーん? アカお姉ちゃーん? 返事してよー!」

 バカ妹、今の状況で返事できるかッ!

 心の中で毒づき、目の前の問題に向き合う。

 今、停電中の暗闇に乗じて、家の中を『何者か』が動いている。

 そして、この停電はその『何者か』が原因だ……少なくとも、停電と密接に関係している。

 その『何者か』の足音らしき音が、近くから繰り返し聞こえてくる。

 これは、非常にマズい事態だ。その『何者か』の正体がわからないという点において。

 この『何者か』がサチであるなら、一番説明がつくし安心できるのだが。

 しかし、どう考えてもサチは怖がらせる方面でのイタズラはしないタイプだ。アイツが撒き散らす迷惑行為は、一貫して『家出』に集約している。

 自分がとりついている家──アイツの中に暮らすモノを『家族』とみなすサチは、『恐怖』というストレスを押しつけはしない。

 しかし、それならば一体何なんだ……?

「ど、どうしよう、コーちゃん……!」

 アカ姉の声で、あれこれ悩んだ僕の思考が止まった。

 ──そうだ、今ここでわからないことについて考えても仕方がない。

 この停電を引き起こし、近くで僕らの様子を伺っているらしい相手が何者であれ、このままここに立ち往生しているのは、こっちにとって不利だ。

 それに、さっきから震えっぱなしのアカ姉の気力も、いつまで持つのか。

 ここは一か八か、僕らもこの家からの脱出を図るべきだ。

 そう心に決め、その手段を考える。

 まず、後ろを振り返る──廊下の窓から出られないか?

 答えはNO。

 暗くて足元が安定しない中、窓から飛び降りれば怪我するのは必定。僕は良くても、アカ姉にそんなことはさせられない。

 ポケットに携帯電話がある。この携帯のライト機能を使って廊下を照らすか?

 答えはNO。

 足音から察するに、相手は僕らを近くから伺っている。ライトをつけて動けば、逃げる意図がバレて襲撃されるかもしれない。

 ならば、どうする?

 答えは──『ゆっくり動く』だ!

「あ、アカ姉……僕から離れないで、ゆっくりついてきて」

 できるだけ声を小さくして、アカ姉だけに聞こえるように囁いた。

「わ、わかった……!」

 アカ姉もそれに倣い、小声で応じてくれた。

 僕は、ゆっくりと──にじり寄るような足取りで階段へ進み始める。

 息を殺し、足を忍ばせ、歩を進めていく。 

 動いているのが悟られないよう、密やかに細やかに……腕にしがみつくアカ姉とともに階段へ近寄っていく。

 進みながら、アカ姉に囁く。

「アカ姉……階段まで行ったら、先に降りて外に出て」

「こ、コーちゃんは……?」

「後からついて行く。二人で階段降りたら、かえって危ないと思う」

「で、でも……!」

「良いからッ!」

 反論させまいと小声で凄んでみせると、少し考えた末にアカ姉が頷いてくれた。

「……ぅ、うん」

 そうして話している間も僕らは歩を進め、後もう少しで階段に足がかかる、というところまで近づいた。

 その時──

「きゃああッ!」

 出し抜けにアカ姉が絶叫した。

「ど、どうし──」

 絶叫ついでに飛び上がったのか、アカ姉は密着していた僕を押して……足がもつれた。

「ひゃあッ!」

「うわぁッ!」

 後一歩で階段に辿り着くという場所で、僕らはバランスを失い──廊下に倒れこんだ。

「ちょ、ちょっと、アカ姉ッ!」

 下敷きになった僕の上で、アカ姉が慌てて謝罪してくる。

「ご、ごめんなさいッ! 今、急に毛皮みたいな感触がして……」

 ──毛皮? そんなモノ、うちの廊下には置いてないぞ?

 そこまで考えたところで、どこからかついと声がする。

「──サチさん、もう良いです。電気を点けてください」

「……え?」

 その声に従うかのように、家中の灯りが点灯し、僕らの目を打った。

「──ゥッ……!」

 思わず呻いて、目をつむる。

 そうしてからゆっくり目を開けて、周囲を見渡し──『それ』と目が合った。

「……え?」

 明るい中で『それ』を見て、僕は唖然とした──その見た目に。

 僕とアカ姉の眼前に立った『それ』は、とても背が低かった。

 僕らを見つめる『それ』の顔は、僕らの顔のすぐ近くにあり、とんがり帽子を被っていた。帽子の下には団子……というよりはボールのような鼻があり、その奥に見えるつぶらな瞳が、倒れたままの僕らを見下ろしている。

 瞳から目を離し、体を見ると、赤ん坊のような身長の体を二本足で支えて立っている。その体は浅く刈りこんだような長さの毛皮で包まれており、キャメル色と言うのだろうか──猫でいう『赤猫』と呼ばれる種類に似た色の体毛だった。もっとも、猫のような模様はなく、のっぺりとした単色ではあったが。

 これは、何の獣だ……? という言葉を飲みこみ、そいつをただ呆然と見入ってしまった。

 そして、僕の知識にない正体不明の動物が、いきなり深々と頭を下げてきた。

「……申し訳ありませんでしたッ!」

 ──え?

 アカ姉と二人、声を揃えてのオウム返し。

 とんがり帽子の動物は、呆気にとられる僕らに構わず話し始める。

「申し訳ありません、私が盗みました」

「な、何を……?」

 反射的に聞き返してしまった。

 その問いに、とんがり帽子の『それ』は、つぶらな瞳を曇らせ、まるで恥じ入るような声で言い添える。

「その……袋の中のお肉を……」

 ガサッ──と、僕の前に袋を差し出してきた……僕が持っていた、コンビニ袋を。

 事態を飲みこめない僕らの表情をどう受け取ったのか、僕が買った『ホムチキ』を盗み食いした犯人は、とんがり帽子を脱いで再び深々と頭を下げた。



「えーと、つまり……」

 出原家のリビングに戻った僕は、眉間を指で押さえたまま、聞いていた説明をまとめにかかった。

「貴方は違う世界から来た生物、ってことで良いの?」

「はい、その通りです」

 目の前に座るとんがり帽子の生物は、明瞭な言葉で返した。

「異世界の住人、ね……」

 僕はいつの間にか姿を現したサチを振り返り、睨んだ。

 サチが慌てて顔を背けるのを見てから、目の前のソファに座る、異世界からの来訪者に顔を戻す。

「一応、その……貴方の世界っていうか……どこの何さんなのか、教えてもらえるかな?」

「私はユルモフの国で生まれた、ダンゴバナ族の旅人です」

「ゆ、ユルモフ……?」

 珍奇というか、可愛らしいというか……『来訪者』が出した単語の響きに、僕は戸惑いを覚えた。

「もふキャラみたい」

『来訪者』にお茶を淹れてきたアカ姉がそんな感想を告げ、ソファの脇で聞いていた信子がそれに同調する。

「あ、アタシもそう思ったー!」

「信子ちゃんも?」

「うんッ! 何か可愛いよねー!」

『来訪者』を挟んだ二人が、勝手に盛り上がってしまう。

「ねぇねぇッ! そこってどんなトコ? 性別とかあるの?」

 信子の質問に、『来訪者』は言葉を選ぶように考えを巡らしながら答える。

「え……っと、私のような者たちがたくさん暮らしています。身体がこのサイズですので、建物もそれに合わせた大きさで、皆さんの身体ですと道を通ることもままならないくらい小さい街並みの国です。それと、私は男です」

 今一度、『来訪者』の体を観察する。

 彼自身が言っていたように、その体はとても小さく、僕の膝くらいの背丈しかない。

 しかし、彼が口から発する──大きい鼻に隠れているせいで、モゴモゴ噛んでいるようにしか見えない──その声の響きは低く渋く、それでいて甘い。

 映画の吹き替えでセクシーな中年の主人公に声を当てている、と言われても納得してしまう声音だ。

 その見た目と声のアンバランスさに困惑しつつ、質問を続ける。

「色々ツッコみたいトコだけど、とりあえず先に確認したいのはさ……何でうちにいるの?」

「それは……」

「良いよ、大体想像ついてるから。ハッキリ言って」

 僕が促したおかげで、答えに悩んでいた彼が重い口を開いてくれた。

「そちらのサチさんに助けていただきました」

 ──やっぱり!

 推測から確信に変わった僕の横で、アカ姉が意外そうに目を見開く。

「サチさんに?」

「はい。旅の途中、食べ物などの荷物を失って行き倒れかけていたトコをサチさんが見つけて、こちらのお宅の中で介抱してくださったのです」

 サチが宇宙で隕石にぶつかり、迷子になっていた期間──こいつは結局どこにいたのか教えてくれなかったが、今の話で大体飲みこめた。

 つまり、隕石にぶつかった後、サチは不思議パワーを使って『地球ではないどこか』、『人間がおらず、未知の生物が住む異世界』に迷いこんでいたということだ。

 そして、そこで出会ったこの『来訪者』を家で介抱し、そのままこちらの世界に戻ってきた──というあらましだ。

「介抱してもらったって……今までどこにいたの?」

 サチが戻ってきてから二日経っている。これも予想できているのだが、聞かずにはいられない。

「屋根裏の、サチさんのお部屋です。昨日ようやく起き上がれるようになりました」

「さっきの停電……家が暗くなったのは?」

「サチさんが、私が見つからないように灯りを消してくださったのです」

 そこまで聞いて、堪えかねた僕はサチを睨みつけた。

「やっぱり全部、お前のせいかッ!」

「あだだだだだだだだだだだだだだだッ!」

 僕は瞬時に立ち上がり、サチの腕を掴んでアームロックをかけた。

 サチは腕を極められた痛みで声をあげ、メリメリメリと家鳴りを起こしてみせた。

 目前で行われている光景に、とんがり帽子の『来訪者』が戸惑いの表情を見せる。

「あ、あの……!」

 しかし彼の脇にいた信子が、平然とした声色で言い聞かせる。

「あ、止めなくて良いよー。いつものことだから」

「止めてくださいッ! 壊れますッ! 家じゃなくて、腕の方がッ!」

「家鳴りもわざと起こしてるだけだから、気にしないでね」

「痛いから家鳴りを起こしてるのですッ! 危険のサインなのですッ!」

 抗弁する態度に、反省の気配がないとわかったので、さらに痛みを与えていく。

「勝手なことをするなと、前々から言ってるだろうがッ!」

「あだ────────────────ッ!」

「それ以上いけないッ!」

 初めて見るのかもしれない関節技という光景に耐えかねた『来訪者』が、僕の足を掴んで制止してきた。

「サチさんは、私を助けてくださったのです。私こそ、みなさんにご迷惑をおかけしてしまったのです。どうか、許してあげてください」

 そこまで言われて聞かないワケにも行かないので、腕を離してサチを解放してやる。

「……それで、お前は『異世界までワープして、そこの住人をさらってきた』ってワケか」

「さらってきた、とは失礼な!」

 僕の言い回しに気分を害したサチが、声を荒げた。

「たまたま元の世界に帰らないといけない時に、彼が意識不明だっただけです」

「同意なしで連れてくることを『さらう』って言うんだッ!」

 僕のツッコミに構わず、サチは言葉を続けていく。

「今ではすっかり回復していますけど、当時は衰弱しきっていて動けさうもなく、体力を戻すまでの間、私の中で休んでもらうことにしたのです。頃合いを見て、元の世界に帰してあげやうかと」

「サチさん、人助けしたのね」

 サチの話に、アカ姉が感心して拍手した。

「すごいッ! 今まで家出して無駄にコーちゃんたちに迷惑かけてるだけかと思ってたら、ちゃんと善行もできるんだね」

「いやー、それほどでもあります」

「調子に乗るなッ!」

「あだぁッ!」

 アカ姉に褒められて舞い上がるサチにイラッときたので、軽く腕を極めておいた。

「……しかし、お前もそういう事情なら帰ってきてすぐに言えよ」

「それは面目ありません。無用な騒ぎを起こしたくなかったので、黙っていました」

「黙ってた結果がこの騒ぎだよッ!」

「ねぇねぇ、貴方お名前なんていうの?」

 サチにツッコむ僕を放置して、信子が『来訪者』に質問した。

「名前ですか……」

 彼は考えあぐねた後、躊躇いがちに答える。

「私には、名前などありません。私は旅また旅を繰り返す、ただのさすらい人なのです」

「旅人かぁー……あ、閃いたッ! 貴方のこと、タビちゃんって呼んで良い?」

「タビちゃん?」

「旅人さんって呼ぶのも考えたけど、『タビちゃん』の方が呼びやすそうだと思って」

 信子の提案に、サチも飛びついた。

「なるほど、それは良いですね! それにしませう」

『来訪者』が何も言わないことを良いことに、勝手に盛り上がっている。このままだと勝手に名付けが完了しかねないので、釘を刺すこととする。

「信子、サチ……せめて本人の意志をだな」

 しかし、その本人が考えこむのを止めて、顔を上げた。

「タビちゃん……ですか。気に入りました。それでお呼びください」

 良いのかよッ!

「じゃ、タビちゃんで決定~!」

 マジですか……!

 とても安易な流れで、異世界からやってきた旅人の名前が取り決められてしまった。

「それにしても、ホムチキ盗み食いするなんて、びっくりしたよー」

 信子の言葉に、『来訪者』改め『タビちゃん』が恥ずかしそうに頭を下げた。

「申し訳ありません。『病人にはこれが良い』ということで、おかゆというモノをサチさんからいただいていたのですが、お肉の匂いについ我を忘れてしまい、盗み食いをしてしまいました」

 ということは、信子のたけチョコも彼の仕業か。

「……いや、もう良いよ。餓死しかかった後なら、我慢できないのもわかるし」

 サチが勝手にこっちの世界に連行したこともあり、不問に付した。

「そうだよー、何か食べたいモノがあったら、これからアタシたちに言って? 外に行って買ってきてあげるから」

「ところで……何で言葉通じるの?」

 当然の疑問を、アカ姉が口にした──僕も、いつ聞いて良いものか考えあぐねていた。

「? 言葉……ですか?」

 彼女の質問に、タビちゃんが首を傾げた──やばい、今のスゴい可愛かった。

「私たちは口から念波を発し、相手の脳に直接自分の意志を伝えておりますが」

「えーと、つまりどういうこと……?」

「もしかして……『口から発するテレパシー』ってことか?」

 タビちゃんの解答が理解しきれなかったアカ姉の代わりに、僕が自分の推測を挟む。

「はい、その通りです」

 ──脳に直接……!

 ということは、今まで聞いていた彼の『良い声』もテレパシーを受け取った僕らの脳内変換でそう聞こえてるように思ってるだけなのか。

「もしかして、僕たちの言葉がわかるのもそれ絡み?」

「はい。みなさんが何か口から音を出しているのはわかるのですが、言葉の『意味』は音を聞いてではなく、みなさんのお心を喋っている間だけ読み取って理解しています」

 つまり、僕らが使う『音』の代わりに『会話動作を伴うテレパシー』で交流しているってことか。

「っていうか、それ何気に便利じゃない? 言葉による壁がないってことだよ!」

 感動した信子が声をあげ、アカ姉もそれに続く。

「そうだね! 凄いね、タビちゃんッ!」

「異世界に来ても言葉が通じるのは、旅人として最強スキルだね」

 僕もその能力の有用性に感心したので、素直に同意した。

 僕らは異世界からの旅人とのファーストコンタクトにすっかり高揚して、浮き足立った。

 それを尻目に、タビちゃんは立ち上がって深々とお辞儀をした。

「そろそろ……私はおいとまさせていただきます」

 その言葉に、僕ら四人全員驚いた。

「えッ!」

「な、何でッ!」

「私は旅人です。みなさんの家に身を寄せていたのは、サチさんのご厚意です。身体が治った以上、いつまでも甘えるワケにも行きません」

 言いたいことは筋が通ってる──というか、僕らの方がそういう後先のことを全然考えていなかった。

「で、でも……異世界から来たんでしょ? 帰りどうするの?」

「それはサチが責任もって送るしかないだろ」

「さうですよッ! 私だけがタビちゃんを元の世界に送り返せるのです。スゴいでせう?」

「偉そうに言うなッ!」

「はい」

「ね、ねぇ……お兄ちゃん」

 信子が僕の袖を引っ張って、囁きかけた。

「話があるんだけど……アカお姉ちゃんも一緒に」

 僕は、いつの間にか信子の後ろに立ったアカ姉の顔を見る──どうやら、二人には何か密談したいことがあるらしい。

「ごめん、サチと一緒にそこで待ってて」

 僕はタビちゃんとサチをリビングに残し、信子たちと一緒に二階へ上がった。

「どうしたの、二人して」

 二階の廊下で、僕は二人と向き合った。

「あ、あのね……」

 信子は言いづらそうに口を空回りさせたが、やがて

「タビちゃん、うちに置いておけないかな? って……」

 と、切り出した。

「どうして?」

「そ、それはその……可愛いから」

 ──あぁ、そう。

 ある程度予想していたが、信子はタビちゃんを気に入ってしまったらしい──主に見た目の可愛さで。

「ダメだ。勝手にそんなことするモンじゃない」

「だ、大丈夫だよ! 前にお父さん、『犬くらい飼っても良いんだぞ?』って言ってくれてたモンッ!」

「あのな、信子」

 このままだと考え違いしたままなのでハッキリ言い聞かせておこう。

「彼をペットとして見ているなら、それ今すぐやめろ」

 叱責を混ぜた語調で、僕は自分の考えを妹に話す。

「あんな見た目でも、意思の疎通……というか言葉が通じるんだぞ? つまり独自の文明と文化を持ってる存在で、姿形は違えどハッキリとした『意志』の主張ができる相手なんだ。権利とか法律うんぬんじゃなく、仁義として相手の意志を尊重すべきじゃないか?」

「お兄ちゃんの言ってることはわかるけど……でも飼いたいッ! すっごく可愛いんだもんッ!」

「信子ッ!」

 まだわからないのか、この愚妹は。

「相手は、盗み食いはしたけど、謝ることもできる良識を持っているんだぞ? そういう見方をすること自体、相手に失礼だとは思わないのか?」

 タビちゃんに対する無礼な考えを指摘された信子は、自分の浅はかさを少しは感じたのか、うつむいてしまう。……うつむきながら、次の言葉を紡ぐ。

「……お兄ちゃんは、あの子嫌いなの?」

 ──そういう次元の話をしているのではないんだけどなぁ。

「嫌い……ではないよ」

 辛抱強く、信子も納得しそうな言葉を選ぶが、非常に簡潔な理屈に行き着く。

「元の世界に帰してあげるのが一番だと思うんだ。彼の意志だけでなく、生物学的にも、社会的にもさ」

 あの体のスケール自体、その『異世界』とやらで最適化された結果なのだろう。

 それならば、人間が自分のスケールに合わせて好き勝手に作ったこの世界で順応できるのかって問題が出てくるのだ。

 もちろん、他の人間たちの奇異の目に晒されるという心配もある──『家出する家』を抱えてる僕らが言うのも今更だけど。

 そこまで説明して理解できたのか、信子は押し黙ってしまう。

 信子が沈黙したので、僕はアカ姉の方を見る──大方、信子に『タビちゃんを飼うことに賛同して』と頼まれたのだろうと思ったのだが、

「わ、私は……そりゃあ、物珍しさもあるけど……」

 アカ姉が切り出した話は、どうも少しだけ方向が違うらしい。

「コーちゃんが言うように、言葉がちゃんと通じて礼儀正しいし……とても良い人なんじゃないかって思ったの。……それで、私はこの出会いをここで終わらせたくないって思うの」

 自分の考えをどう言葉にするか。悩みながら彼女は言葉を選び、僕に話してくる。

「つまり……友だちになれないかなって。私とコーちゃんの時みたいに」

「……友だち、ね」

 その言葉に、僕は納得した。

 アカ姉は、僕と彼女の出会いを引き合いに出したが、同じ世界の同じ種族の出会いに、異世界からやってきたタビちゃんとのそれを重ねるのは乱暴だ。

 しかし、言葉も通じて知性と良識を持ち合わせている彼と『友だち』になる──それは、決して無理な話には思えなかった。

 ……これも何かの縁なのかな?

 そこまで考えた僕は、一つ大きな決断を下した。

「……信子。話がまとまるかは彼次第だけど、一つ約束だ。彼とは『人間と同じ』態度で接すること」

 信子に、僕が考えた条件を聞かせる──それは、人間ではない、しかし知性を持った相手と付き合うための最低限のルールだ。

「彼が『帰りたい』と願ったなら、絶対に引き止めない。笑って見送ってあげること……できるか?」

 妹の覚悟を促すため、僕は信子の目をまっすぐ見つめる。

 数拍考えて、信子はそのルールを受け入れることにした。

「……うん。頑張る」

「じゃ、僕に任せて」

 僕は階段を降りて、足早にリビングへ入り、タビちゃんと向き合った。

「タビちゃ……タビさん。物は相談なんだけど」

 タビちゃんは、少し緊張した面持ちで僕を見上げた──何を言われるのか、不安だったのかもしれない。

「僕らの世界に興味ない?」

「みなさんの世界に……?」

 つぶらな瞳が意外そうに見開かれるのを見て、僕は次の言葉を口にする。

「ここまで来たのも何かの縁だしさ……僕らの世界、見物してみない?」

 僕の提案に、異世界からの旅人が興味深そうに身を乗り出した。


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