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家出・ホーム・ラン  作者: 鑑青楓
第四章 家の闇に潜むモノ
8/13

#04-2

「ただいまー……」

 出原家の玄関ドアを開けた僕は、伺うように声を出して中に入った。

 その後を、アカ姉が続く。

「お邪魔しまーす♪」

「……お帰りなさーい……」

 一階の奥から、サチの声が力なく響いた。

 靴を脱いだ僕らは、声のする方向へ歩いていった。

 リビングに入ってみると、もみくちゃになったカーペットの上で、サチがさめざめと泣いていた。

「おや、アカネちゃん。こんばんは……」

 痛みに悶えていたのか、サチが足の方を押さえながら振り返った。

「……信子は?」

 コンビニの袋をテーブルに置きながら、この場にいない人間について尋ねた。

「私を虐待した後、自分のお部屋で眠りにつきましたよ……あいたた……!」

「サチさん、大丈夫?」

 足を押さえて痛がるサチに、アカ姉が心配そうに話しかけた。

「あの子も強くなりました……フッ」

 無茶苦茶に歪んだカーペットを戻そうとする僕の横で、サチがカッコつけるように笑った──早くどけ。

「まさか『足緘あしがらみ』を使ってくるとは……いつの間にあんな技を覚えたのか」

 足緘って確か……柔道の禁止技じゃなかったっけ? 『相手の片足に自分の両足を絡ませて膝を極める』とか何とか……見たことないけど。

 僕も普段サチに関節技を極めているけど、信子のヤツそんな技をどこで習得したんだ?

 記憶では、払い腰が得意技だったと思ったんだけど……。

 僕の疑問をよそに、アカ姉がサチに手を伸ばし、助け起こそうとする。

「サチさん、足が痛むの? 立てる?」

「何とか……いたた。アカネちゃんは優しいですねぇ」

「違うわよ。片づけするから早く手伝って」

「……アカネちゃんはさらっと冷たいですねぇ」

 二人のやりとりを聞いた後、僕はリビングのドアから顔を出し、声を張り上げて信子を呼んだ。

「信子ッ! お前も散らかしたんだから、手伝え! アカ姉も来てるんだぞ!」

 言い捨てて、リビングに視線を戻す──そこで、異常に気づいた。

「……?」

 テーブルの上を見ると、さっき置いたはずのコンビニ袋がない。『トッピ』や『ホムチキ』が入っているはずの袋が、影も形も無くなっていた。

 ──おかしいな……確かにここに置いたはずだけど?

 テーブルの下を覗きこみ、椅子の上も確認して、袋を見つけられなかった僕は、カーペットを直している二人を振り返った。

「おい、サチ」

「何か?」

 呼ばれたサチが、カーペットを引っ張りながら顔を上げた。

「今ここに袋置いたの見たよな?」

 問われたサチは、僕が指さす方を見て首を傾げた。

「袋ですか……? カサって置く音は聞いたやうな」

「消えてるんだけど」

「あ、ホントだッ!」

「…………」

 アカ姉が声を上げる一方で、サチの表情が不自然に曇った。

「き、気のせいではないでせうか? 他の場所に置いたとか?」

「いや、確かにここに置いたよ」

「と、途中で落としたとか?」

 ……?

 サチの受け答えに、僕は違和感を覚え始めた。

 訝しむ僕の代わりに、サチの反対側でカーペットを直していたアカ姉が断言する。

「うぅん、コーちゃん、ここに着くまでずっと袋持ってたよ?」

「っていうか、今『音聞いた』ってお前言ったじゃん」

「……えーと……」

 僕らにツッコまれたサチは言い淀み、目を泳がせ始めた。

 おかしい……僕は消えた袋について聞いただけなのに、サチは妙に僕の過失を推してくる。僕は、別にサチのことを疑ってるワケではないのに、だ。

 しかし、サチはアカ姉とカーペットを直していたため、テーブルには一切近づいていない。

 僕が袋から目を離した僅かな間に動かすとは、とても考えられない。

 それに、サチがコンビニ袋に何かする理由がわからない。大体、盗み食いをするにしても──

「きゃあああああああああああああああッ!」

 つんざくような叫び声が空気を震わせた。

「きゃッ!」

「な、何だ?」

 突然の悲鳴にアカ姉が動転し、僕とサチも悲鳴の聞こえた辺りを見上げた。

 この声は聞き間違えようがない、妹の声だ。

 僕は消えた袋のことを忘れ、リビングを飛び出した。

 声がしたのは上方向、二階からだ。二階には、信子と僕の部屋がある。

 階段を駆け上がって、廊下を見る──床の上に、信子がうずくまっていた。

「信子! 大丈夫か!」

 信子の傍らに駆け寄って呼びかける。

「ぉ、お兄ちゃぁん……ッ!」

 僕を見上げた信子の声は上ずっていた。どうやら、腰を抜かしているようだ。

 悲鳴に竦んでいたアカ姉が、遅れて階段を上がってきた。

「信子ちゃん、何があったの?」

 アカ姉の問いかけに、信子は震える手で階段を指さした。

「い、今……その階段のトコ、何か横切った……!」

「え……?」

 僕らは信子の言葉に耳を疑った。

 階段の方を振り返る──たった今上がってきたサチと目が合った。

「……何もいなかったぞ?」

「そうよ。私たち、その階段上がってきたんだから」

 アカ姉も、僕に続いた。

 僕は叫び声を聞いて階段を駆け上がったが、信子が言うようなモノは見ていない。アカ姉も、それは同じようだ。

「でも……でも……確かに見たの……何か……犬みたいな大きさの何かが……!」

「何かと見間違えたのではないでせうか?」

 食い下がる信子に、今度はサチが口を挟んだ。

「うぅんッ! 絶対いたってッ! 見たんだもんッ!」

 疑う僕らに、信子が声を張り上げた──直後、廊下の灯りが消えた。

「ぅわッ!」

「きゃあッ!」

 急な消灯に、僕らは口々に声を漏らす。

 しかし、電気が消えた以降は何も起こらず静寂だけが流れた。

「……停電?」

 アカ姉の声が、僕の隣で響いた。

 気のせいか、暗くなる前より近い気がする。

「何でいきなり……?」

 正面から信子の声。やはり、唐突な事態に戸惑っている。

「こ、コーちゃん……?」

 アカ姉が、僕の腕にすがりつく──柔らかい感触を腕に感じる。

「ぶ、ブレーカーが落ちたんじゃないかな……?」

 声が上ずったのは、暗闇の怖さかアカ姉の感触か。

「雷でもないのに?」

 窓を振り返る。

 今日は朝からの快晴。雷どころか雨すら降っている気配はない。

「い、いや……どこかでうっかり使い過ぎたんじゃないか? 空調とか」

「今は五月だよ! そんなの点けてないよ!」

 ──カサ……!

「……え?」

 小さな、かすかな音が耳に入った。

「今、何か音がしなかった……?」

「し、した……!」

 アカ姉と信子も聞き取ったようだ。

「な、何が起きてるんだ、サチ……?」

 僕はサチに意見を求めた。サチは家にとりつく精霊だ。家の中で起きてる異常なら、サチが把握できてるはずだ。

「……?」

 僕の問いに、サチからの返答はなかった。

「サチ……? 聞いてるのか……?」

 僕はサチがいるはずの方を振り返った。

 まだ暗闇に慣れていない目でサチを探す……サチの気配はなかった──暗闇でもわかるほどに。

 サチは空間から消失していた。

「え……さ、サチさん……?」

「ど、どこ行ったのよぉ……!」

 ──ギシ……ッ!

「ひッ……!」

 床が軋む音。

 何かが廊下を歩く……そんな気配を感じた。

 僕は、消えたサチが何かしていると思い、気配に呼びかけてみた。

「さ、サチか? いきなりどうしたんだよ? 悪ふざけならやめろよ……!」

 ……返答ナシ。

 何だ、この事態は?

 僕は暗闇の中で事態を整理しようとする──冷静に、懸命に。

 信子が階段を横切る『何か』を見た──犬みたいな大きさ。階段を駆け上がった僕らは、それを見ていない。

 家中の電気が突然落ちた──雷などブレーカーが落ちる要因はなかったのに。

 傍にいたはずのサチが消えた──呼びかけても返事せず。

 これだけ聞くと、いつもなら『またサチの仕業か』と考えて、自前の関節技のレパートリーを確認するところだ。

 サチなら、ヤツが持つ不思議パワーでこんな仕掛けをするくらい朝飯前のはずだ。

 しかし、おかしい──サチは、家に関することなら何でもできると常日頃言っているが、こんな誰かを脅かすようなホラーじみた真似はしたことがない。

 アイツは、いつだって悪意を持って『不思議パワー』を使ったことはないのだ。家出だって、アイツにとっては家人への悪意などこれっぽっちもない──その結果、僕らに迷惑がかかるのは変わりないのだが。

 じゃあ、どういうことだ? サチはこの異常事態に関係していないのか?

 だとするなら──そこまで考えて、背筋に冷たいモノが走った。

 サチが今不思議パワーを行使していないのであれば……それ以外の存在が、今家の中で何かしているということだ──恐らく、悪意を持って。

「こ、コーちゃん……!」

「お兄ちゃん、こわいよぉ……!」

 両腕に絡みついている女性二人から、声が上がる。

 僕だって怖いよ──そう言いたいのをグッと堪えて、二人が落ち着くように声をしぼり出す。

「だ、大丈夫だよ……今の音は、えーと……」

 今の音を何て言えば、落ち着くだろうか?

 考えあぐねた末に、一つだけ言葉を見出す。

「今のは、ただの……ラップ音だよ」

「え?」

「らッ……!」

 ──僕の選択は、失敗だったようだ。

「ら、ラップ音って……心霊現象だよね……?」

 僕の両隣で、さらに動揺が走る。

 しまった……これはどうしようもない失言だ……!

「い、いや、あの……サチだって、家鳴りさせるじゃない? アレだってラップ音だし……」

 取りつくろうとするが、もう何を言っても意味がない。

「今のがサチの仕業だって言うの? 何でサチがそんなことするのよ!」

「いや、その……」

 逆上しかけた信子に責められ、言い淀んでしまう。

 その隙に入りこむように、また床が軋む音がした。

 ──ギシ……ッ!

「ひゃぁあッ!」

 アカ姉が声をあげて、身を捩らせる。

 彼女の体はすでに僕と完全に密着していたが、正直今は喜べない。

「あ、アカ姉落ち着いて……」

 恐怖と劣情とが混ざった声で、僕は彼女に囁いた。

 しかし、アカ姉の恐怖は収まりそうもなく、涙混じりの声で僕に言い返してくる。

「でも、でも……何かが近くにいるのよ……!」

 ──ギシ……ッ! ギシ……ッ!

 またもや床音。今度は連続だ。

 ──ギシ、ギシ……ッ! ドタッ……!

 ……『ドタッ』?

 最後に聞こえた音は、それまでの足音めいた響きとは違っていた。

 まるで、何か大きくて柔らかそうなモノが倒れたような……?

「いやぁぁぁぁぁぁッ!」

 僕の隣で、一際大きな叫び声があがった。

 耳をつんざく声に不意をつかれ、片方の腕から気配が離れた──信子だ!

「あ、信子ちゃんッ! 待ってッ!」

 反対側の耳に、信子を呼び止めるアカ姉の声が響く。

 信子が廊下を走り、階段を勢い良く駆け下りていく。

「待て、信子ッ! 迂闊に離れるなッ!」

 僕も信子を呼び戻そうと叫ぶ──こういう時、真っ先に逃げたヤツから犠牲になるんだぞ!

 しかし、信子の足音は一階の玄関まで淀みなく走りぬけ、最後に玄関のドアを開ける音がした。

「……あぁ───ん、怖かったよーぅ……!」

 家の外から、信子が泣き叫ぶ声がした。

 どうやら、僕の死亡フラグ知識は信子に当てはまらなかったようだ。

 かくして、信子は勢いに任せて家の外に避難し、迂闊に動かなかった僕とアカ姉は、何者かが蠢く二階の廊下に取り残された。


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