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家出・ホーム・ラン  作者: 鑑青楓
第三章 流星レッドルーム
6/13

#03-2

「……アパートの周りには誰もいないみたい」

 アカ姉のアパートと公園とを隔てるフェンス。その向こうに人の気配がないことを確認したアカ姉。

 僕はその隣で、フェンス越しに見えるアパートを凝視する。

「あのフェンスの向こうには、カメラないんだね?」

「うん。ほら、一番近いのはあの角っちょにあるんだけど、自転車置き場の方を向いてる」

 アカ姉が、建物の角を指さす。

 その方向を見ると、確かに防犯用のカメラが配置されているが、彼女の言葉通り、僕たちがいるフェンスに背を向ける形だった。

 アカ姉が住んでるアパートは女性向けの物件のはずだが、案外警戒がゆるいんだな。

「じゃあ僕が踏み台になるから、フェンス飛び越えて。僕は自分で行けるから」

 僕はフェンスに背中をくっつけて、組んだ両手をアカ姉の方に差し出した。僕の手を足場にして、背の高いフェンスを越えさせる算段だ。

「わかった」

 僕の指示に従ったアカ姉が、少し助走をつけて僕の手に乗る──が、

「きゃッ!」

 手の平の上で、アカ姉の足が滑った。

 滑った勢いで、アカ姉の足は僕の手と胸の間に落ちて、アカ姉は前のめりに僕に抱きついた。

「うわッ!」

 慌てて僕は組んでいた手を解いて、アカ姉の体を受け止めた。

 ……あまりにも慌ててしまって、トンデモないトコを触ってしまった。

 ──アカ姉の、お尻のすぐ下。太ももと太ももの間。

「……ぅ、うゎゎ……ッ!」

 お尻の端が、手に触れている……!

 それだけじゃない。前のめりに僕に抱きついてきたせいで、アカ姉の大きすぎる胸が、僕の頭に触れている。

 っていうか、乗っかってるんじゃないかコレッ!

 平静さを失いかねない状況に、僕の思考は千々に乱れる。

 だが落ち着け、出原光太郎ッ!

 ここで興奮したって、何の得もないぞッ!

 でも、アカ姉の胸だぞ……尻だぞ……!

 こんな機会が他にあるか?

 アカ姉のパーフェクトボディが織り成す、ラッキーハプニング。

 これを味わえるチャンスなんて、千回生まれ変わって巡り会えるモノか?──いや、ないッ! ここに断言するッ!

「……ぃ、いたたた……フェンスに鼻ぶつけちゃった……」

 顔の痛みに悶絶していたアカ姉がそう言うのに合わせて、僕の平常心がフルスロットルで再起動される。

 お、落ち着け……落ち着け……!

 至って平静に、何でもないと思わせないと。

 アカ姉の肉体の感触に興奮してしまったなんて、悟られてはいかんッ!

 僕はアカ姉にバレないよう呼吸を整える──ラマーズ法で。

 その身じろぎで、アカ姉は自分が今どんな体勢なのかを思い出したようだ。

「ご、ごめんなさい……重かった?」

 アカ姉は自分が体勢を崩したのを、純粋に自己の過失だと思ったようだ。

「い、いや……靴の泥で滑ったみたい」

 僕は、手についた泥の感触に気づいて、アカ姉をフォローした。

「あぁ……ごめんなさい」

 アカ姉が素直に謝った。

 気にしないで、アカ姉。

 僕は今、その泥のおかげで幸せなんだ……。

 アカ姉の肉体の感触が、こんなにも柔らかいなんて……!

 ──いかんいかん、また平常心が怠慢になってきたぞ。

「良いって、部屋で洗わせてもらうから。それより、この姿勢辛い……!」

 本当はアカ姉の体ならいくらでも支えられるが、この体勢を続けていると、もうこの感触から抜け出せなくなりそうなので、アカ姉に体勢を立て直すよう求めた。

「それじゃ、今度こそ……」

 一度僕の体から降りたアカ姉は、今度は慎重に僕の支えでフェンスを乗り越えた。

「……行けたよー」

 フェンスの向こう側に降りたアカ姉が、そう囁いてきた。

「じゃ、よじ登るから離れていて」

 僕はフェンスに手足をかけてよじ登った。

「……ふぅ」

 飛び降りるようにアパートの敷地に着地した僕は、一つ息をついてアカ姉を見上げた。

「関門突破だね」

 うん──と頷くと同時に、さっきのアカ姉の肉迫を思い出した。いかん、これはしばらく思い出すのが病みつきになるぞ……!

「それじゃあ、ついてきて。私の部屋に招待してあげる」

 僕の色惑をよそに、アカ姉は僕をアパートの二階へ誘った。



「入って、どうぞ」

 アカ姉が部屋の玄関を開けて、僕を招き入れた。

 僕に先んじて上がった彼女が、玄関の照明をつける。

 ……アカ姉の部屋に入るの、久しぶりだなぁ。

 彼女が奥の部屋へ続くドアを開けてる間、僕は感慨深げに狭い玄関のスペースを見渡す。

 アカ姉が高校生の時、ここに引っ越してきたのを手伝って以来だ。

 その時はもちろん、信子や母さんも一緒に手伝いにきたので、女の子の部屋に二人っきりなんて状況にはならなかった──そういえばあの時もサチのヤツが家出したんだっけ。

 アカ姉は僕がまだ靴を脱いでいないのを見て、遠慮していると勘違いしたのか、

「良いよ、上がっちゃって」

 と、促してきた。

 ごめん、アカ姉。イヤな記憶を思い出しただけなんだ。

 ──とか言うのもややこしいので、素直に靴を脱ぐ。

「お邪魔、します……」

 おっかなびっくり、僕はアカ姉の部屋に踏み入った。

 アカ姉の部屋は、一人暮らしにありがちなワンルームの間取りだ。

 玄関を上がってすぐのドアを開けていた彼女は、その傍らにあるスイッチを押して、部屋の照明をつける。

 その瞬間、アカ姉が慌てた。

「あ、待ってッ!」

 そう叫ぶや否や、ドアを閉める。

「あ、アカ姉?」

 アカ姉の豹変に僕が戸惑っていると、ドアの向こうから声が飛んできた。

「……ご、ごめんね、散らかってるの。すぐ片づけるから待っててね」

 何だ、そういうことか。

「き、気にしなくても良いよ。こっちが突然上がったんだし」

「気にしちゃうモノがあるのッ!」

 アカ姉が気にしちゃうモノ──それって何だ?

 好奇心が胸をもたげるが、ここでドアを開けるなんてことしたらきっと非難されるのだろう。悪くすると、鬼畜外道呼ばわりかもしれない。

 そういうのはイヤなので、僕はアカ姉の片づけが終わるまで玄関に立たされることになる。

「あ……それじゃ、洗面所借りて良い? 手を洗いたいんだけど」

 手についた泥のことを思い出し、ドア向こうのアカ姉に許可を求めた。

「あ、だ、ダメッ!」

 帰ってきたのは、非承認の言葉だった。

「な、何で?」

「そっちも片づけるの! 待ってて、すぐこっちの台所使えるようにするからッ!」

 ……もう、僕には待つしか手段が残されてなかった。



「お、お待たせ……!」

 奥の部屋の清掃が終わったらしく、アカ姉がようやくドアを開けてくれた。

「台所で手を洗ってね。今から、洗面所の方片づけるから」

 指示に従って、アカ姉が開けたドアを通る。

 奥の部屋は確か八畳ほどあっただろうか? その途中に廊下に沿うようにして設置された台所。その水道をひねって、手を洗う。

 廊下が狭いため、手を洗う僕の後ろをアカ姉がすり抜けていく──胸の先が背中に触れたッ! そういうの止めて、心臓に悪いッ!

 手を洗い終えてアカ姉の方を振り返ると、まだ洗面所の片づけに追われていて、こっちへくる気配がない。

 手伝おうかとも思ったけど、さっきの過剰な反応からすると余計なお世話のようだから、手持ち無沙汰になる。

 仕方がないので、奥の部屋へ入る。

 部屋の内装は、引越しの時の完成形を見ていたので、大体は知っていた。

 普段あまりオシャレはしないアカ姉だが、それでも部屋にピンクとか赤とか、女の子が好みそうな色を使っている。ベッドのカバーとかカーテン、カーペット……ベッドと机の間にある座卓には、巷で流行っているらしいもふもふしたキャラクター、通称『もふキャラ』の小さなぬいぐるみが置いてある。

 過剰な装飾はないが、部屋の主の女子性がにじみ出る、そういう内装だった。

「狭くてごめんね」

 やっと洗面所の片づけを終えたらしいアカ姉が、僕の背中に声をかけてきた。

 それまで呆然と立っていた僕は、急にアカ姉の部屋で二人っきりという事実に気づいて──緊張が走った。

「え、えーと……」

 ドギマギし始めた僕をよそにアカ姉はベッドに座り、その隣を叩いて僕に促す。

「ここ、このベッドに座って」

「は、はい……」

 言われるままに、僕はアカ姉の隣に座る。

 座ってすぐ、アカ姉の背筋がピンと伸びた。

 ……これは、もしかして……。

「こ、コーちゃん、そういえばここ来るの、ひ、久しぶりだよね……?」

 あぁ、やっぱり意識しちゃったか。

「そ、そうだね……アカ姉の引越し手伝って以来だね……」

 平静を装いたかったのに、僕の演技は『ぎこちない』を通り越して最低だった。ラズベリー賞待ったなしだ。

 お互いの失策を誤魔化すように、示し合わせて黙りこむ。

 ……これはこれで、忍耐ゲームだ。

「……何か、飲む……?」

 先に根負けしたアカ姉が聞いてきた。

「あ、それじゃあ……水でも」

 誘いに便乗したのだが、アカ姉は意外そうな顔になった。

「水なの?」

 ──あ、これはお茶とかって言えば良かったのか?

「い、いや……喉乾いたし、さ……」

「わ、わかった……」

 アカ姉が立ち上がり、冷蔵庫から水を取り出して注いでくれた──隙間からお茶やコーラのペットボトルが垣間見えたが、もう今更だ。

 醜態を連続して晒したような気分になったが、アカ姉から受け取った水を飲み干す頃には、少し落ち着いた、

 すると、僕の隣に戻っていたアカ姉が、次なる問いを投げかけてくる。

「コーちゃん、お風呂わかすけど、入る?」

 お、お風呂……?

 女性の部屋にきて、風呂なんて入って良いモノなのか? いや、そもそも女性の部屋で二人っきりとなるのを受け入れたこと自体、是非を問うべき問題なのかもしれないが。

「い、良いよ……そこまで至れりつくせりしてくれなくても」

 答えに窮した僕は、遠回しに辞退させてもらうことにした。

「でも、さっき泥足で手踏んじゃったし」

「手は洗わせてもらったから大丈夫だよ、ほら」

 僕は手をかざして、十分綺麗になっていることを主張した。

「でも、汗だくでしょ? 匂い……」

「あ、ご、ごめん。臭かったかな……?」

 とっさに僕はアカ姉から飛び退いた。

 それを見たアカ姉が、慌てて訂正しにかかる。

「そ、そういうんじゃなくて……あぁ、もうッ! それでも良いや! お風呂入りなさいッ!」

 途中からもう説明を投げてしまったアカ姉が、命令口調で僕に指示した。

「わ、わかった……」

 勢いに気圧された僕が、その命令に従ったところで──聞き覚えのある音が、空腹のハーモニーを重ねた。

「……その前に、ご飯食べよっか」

 僕の提案に、アカ姉はすごすごと頷いた。



 深夜十二時過ぎ。

 寝静まった街に倣うように、アカ姉の部屋も灯りが消されていた。

 僕はアカ姉が用意してくれたマットレスをベッド脇の床に敷いて横たわり、毛布にくるまっていた。

「ごめんね、コーちゃん……」

 頭上から、アカ姉の声が降りてきた。

 アカ姉は、ベッドの上から料理の出来について謝ってきたのだ。

「いや、それはもう良いって。気にしないで」

 お風呂が湧くのを待つ間、アカ姉は僕らの空腹を満たすために簡単な手料理を振舞おうと試みた。

 その結果、焦げた卵焼きの残骸が出来上がってしまったのだ。

「いつもは、あんなんじゃないんだけど……」

 それは何となくわかった。

 料理するアカ姉の手つきは妙に気負っていて、見ていて危なっかしかった。きっと、僕がアカ姉の隣に座った時からの緊張のせいで失敗したのだろう。

「慣れていても失敗することはあるよ。むしろ、僕も手伝うべきだったよ」

「で、でも、私がコーちゃんに料理作ってあげたかったから……」

 少し涙ぐんでいるような、声の響き。

 これ以上この話を続けても、しょうがない。

「今度美味しいのができたら、また食べさせてよ」

 話を止めるため、僕はアカ姉に再挑戦の約束を持ちかけた。

 アカ姉は僕の意図を受け止めてくれたらしく、少しの間を置いて、頷いてくれた。

「……うん」

 僕はそれに安堵し、天井を見上げる。

 すでに目は闇に慣れ、部屋の輪郭がハッキリと見えていた。

 この部屋で、アカ姉と二人っきりかぁ……。

「……そういえば、おばさまには何て言ったの?」

 思い出したように、アカ姉が質問してきた。

「友だちの家に転がりこんだって言った。男のクラスメイトの名前出して」

 母さんは子どもの頃から、アカ姉と僕が仲良しなのは知っていて『いつか二人が結婚してほしい』なんてうそぶいていたが、貞操観念はきちんとしてるので、こうしてアカ姉の部屋に泊まっているなんて聞いたら、きっと烈火のように怒るだろう──後で、名前を出した友だちに口裏合わせを頼まないと。

「そっか……コーちゃん、いけないんだ」

 からかうように、アカ姉が言ってきた。

「だってアカ姉が頼みこむから……」

「でも、お願い聞いてくれたのはコーちゃんだよね?」

「ぅっ……!」

 実際、アカ姉がこうして泊めてくれなかったら、今頃僕はようやく母たちが待つ宿へ動き出していた頃だろう。

 その間、外の公園で隠れ潜んで待つというのが、どれだけの苦痛なのか……それを考えると、アカ姉の提案は正直とてもありがたかった。

 ……結果として、アカ姉の体の感触を覚える特典付きだったし。

「何か、久しぶりだね」

「何が?」

 急に切り出してきたアカ姉に、僕が振り返る。

「こうして、同じ部屋で寝るの。小学生の頃にお泊り会したっきりでしょ?」

 アカ姉の言葉に、僕は昔の記憶を呼び起こす。

「……そういえばそうだったね」

 小学生の時、僕とアカ姉はどちらの家ともなしに泊まり合いを定期的にする仲だった。今思えば、よくもまぁ双方の親が許してくれたモノだ。

「そういえば、あの時も……」

「何?」

 アカ姉の言う『あの時』が思い当たらず、僕は彼女に尋ねる。

「ほら、コーちゃんが病気になって入院した時」

 あぁ……──僕の脳裏に、僕が大病を患って倒れた時のことが甦った。あれは確か、小学校低学年の時か。

「あの時お見舞いに行ったら、コーちゃんが私を引き止めて泣くんだもの、びっくりしちゃった♪」

 僕は、アカ姉の言葉から恥ずかしい記憶を引き当ててしまった。

 お見舞いにきたアカ姉が帰るのがたまらなくイヤだった僕は、柄にもなく泣き叫んで彼女に帰らないよう頼んだ。

 その結果、アカ姉は特別に病院の許可を得て、僕の病室に泊まってくれたのだ。

「……ごめん、ワガママ言って」

 当時のことを思い出して、僕は手で顔を覆ってしまった。

「ワガママじゃないよ」

 アカ姉が、ベッドから身を乗り出して言った。

「ワガママだよ」

「うぅん、大人はみんな困ってたけど、私は違ってた……すっごく、嬉しかった」

「嬉しかった?」

「だってコーちゃんが倒れた時、私と二人っきりだったでしょ? コーちゃん、あんなにも苦しんで、今にも死んでしまいそうに見えて、私怖かった」

 言われて、僕は当時の記憶をさらに掘り起こす。

 そういえば、僕はアカ姉と一緒に学校から帰る時に発症したんだっけ。

 それで病院送りになるくらいの症状だったんだから、アカ姉はさぞかし恐怖だったろう。本当に迷惑かけっぱなしだ。

「それで帰りに引き止められた時、あんなに私を求めてくれて……『あぁ、コーちゃん元気になったんだな』って思ったの」

 アカ姉は、顔を覆う僕の手に触れて、そっと引き離した。

「だから、私もずっとコーちゃんと一緒にいたかった」

 露出された僕の顔を見下ろして、アカ姉は本当に嬉しそうに笑った。

 その笑顔は夜目にもハッキリ見えて、眩しくさえ映り……見つめ続けるとそのまま釘付けになってしまう気がした。

「……アカ姉は、人が良すぎるよ……」

 アカ姉の笑顔から逃れるように、僕は顔を逸らした。

 しかし、気持ちはすでにアカ姉に強く引きこまれていた。

 だから、だろう──

「でも、ありがとう……」

 ポツリと、気持ちが口を突いて出たのは。

「あの時も、今も……アカ姉が傍にいてくれるから、僕は助かってるんだ」

 言いながら、僕は自分の気持ちが裸になっていくような気がして──それも良いかも、と思えてきた。

 今なら、言えるだろうか……?

 アカ姉に対する自分の気持ちを……。

 僕は、アカ姉のことが──

「あッ!」

 突然上がったアカ姉の叫びに、僕の気持ちが遮られた。

「ど、どうしたの、アカ姉?」

「今ッ! 外で流れ星がッ!」

 アカ姉が窓の方を見ているので、その視線を追うと、カーテンの隙間から星空が見えた。

 その空に、一条の線が走って消えた。

「あ……本当だ、流れ星……」

 僕が言うのと同時に、アカ姉がベッドの上からカーテンに手を伸ばした。

 そして寝転んだまま手を伸ばしたせいで、ベッドから落ちかける。

 とっさにアカ姉をベッドの上に押し戻す。

「ちょ、ちょっと! カーテン開けるの?」

「開けた方が見えるじゃないッ!」

 流れ星に興奮したのか、同じ体勢のままカーテンを開けようとしてまた落ちかける。

「わ、わかったから……僕が開けるよ」

 アカ姉を制して、僕はカーテンの前に立った。

 マスコミがまだいるかも、と思って隙間から道路の方を慎重に伺う。

 人影が一切ないのを確認するのと合わせて、アカ姉が催促してくる。

「ねぇ、早く開けてーッ!」

「はい」

 慎重になり過ぎたという自省と一緒に、カーテンを開け放った。

 すると窓の向こうの星空に、何条もの線がゆるやかなカーブを描いて地平線の彼方へ落ちていった。

「わぁ───…………ッ!」

 流れ落ちていく星の群れを見たアカ姉が、感嘆の声を上げる。瞳が輝いているのは、星明りを反射したせいだけではないだろう。

「すっご────い……ッ!」

 アカ姉が声を上げる間も、新しい光が現れては落ちていった。

 そういえば、サチもその流星群の一つらしい隕石にぶつかったっけ……サチの不思議パワーで出原家が壊れなかったってことは、相手の隕石が割れて今落ちてるってことなのか?

 地上から見上げる僕には、その真偽は確かめようもない。

「写真に撮りたいけど、携帯暗くてどこかわかんないッ! どうしよぉ……!」

「見てれば良いじゃない」

 床のマットレスに戻りながら、僕が言った。

「流れていく一瞬を覚えてれば、それで良いよ……」

 横たわりながら、アカ姉と同じように窓の向こうの流星ショーを眺める。

 アカ姉も、僕の言葉に納得してくれたのか、

「そうね……」

 と、頷いてくれた。

「でも……あー、ちょっと見えにくぅい……きゃッ!」

 窓枠に邪魔されて身を乗り出していたアカ姉が、とうとうベッドから落ちた。

 僕はとっさに身をよじって、アカ姉とぶつからないようにした。

 結果、マットレスの上にできた隙間に、アカ姉は着地した。

「ご、ごめん……」

 謝るアカ姉の顔が、間近にあった。

「だ、大丈夫だよ……」

 その距離の近さに驚きながら、僕はポーカーフェイスを装った。

「ほら、流れ星」

 鼻先が触れそうなその距離を誤魔化すため、僕は流れ星の綺麗さに注意を向けさせた。

「あぁ……ここならよく見えるね。コーちゃんズルいッ! そういうのは早く言ってよ」

「ご、ごめん」

 理不尽な抗議に、僕は謝るしかなかった。

 その反応が可笑しかったのか、アカ姉は今までで一番近い場所で微笑んでくれた。

「……良いわ、許してあげる」

 僕はその笑顔を自分の唇に引き寄せたいと願った。

 しかし、その衝動をぐっと抑えて、アカ姉の恩赦に礼を述べる。

「……ありがと」

 アカ姉に気持ちを伝えるのは、後でもできる。

 今は、こうしてアカ姉と一緒に見上げる流れ星を、楽しもう……!



 明くる朝、アカ姉の家から出て母たちと合流する途中で、サチからメールが届いた。


【件名】大体わかりました!

【本文】一生懸命調べたところ、自分がどこにいるのかはわかりましたが、とてもコーちゃんたちが迎えに来れるやうな場所ではありませんでした。

 せっかくなので、二、三日滞在してから帰ります。かしこ。


「──何故、そこで滞在するって発想になるんだ、この座敷中年ッ!」

 道の真ん中で地団駄を踏みながら、次サチに会った時の関節技を練習しようと、心に誓った。


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