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家出・ホーム・ラン  作者: 鑑青楓
第三章 流星レッドルーム
5/13

#03-1

 円で囲った黒い視界に、いくつもの光点が瞬く。視界を動かすと光点が群れを成して移ろい、運河のように見えてくる。

 まるで万華鏡のイルミネーションだ。

 光点の運河の途中で、目的の物体を見とめる。

 黒い視界──望遠鏡で覗いた宇宙。

 運河のような光点──夜空に見える、幾億もの星々。

 目的の物体──我が『出原家』。

 接眼レンズから目を離した僕は、頭を抱えて唸る。

「今度は宇宙かー……」

「さすがにこれは予想してなかったね」

 僕の隣に立つ信子が、誰に言うともなく呟いた。

 五月中旬、ゴールデンウィークが明けた翌週の金曜日。

 四月末の祝日に任尾山へ家出したから、そうすぐには家出しないだろう。

 そう予測していた僕らの期待を裏切り、サチは見事新たなる境地に飛びこんだ。

「記録更新だねー」

 水筒から紙コップに注がれたコーヒーを片手に、僕に話しかけるアカ姉。

「何の?」

 コーヒーを受け取った僕の問いに、アカ姉は顎に手を当てて考える。

「えーと……距離とか、高さとか……色々?」

 今僕らの家が浮かんでいるのは、高度三七〇キロメートル。

 国際宇宙ステーションの軌道高度。距離にすると、東京から名古屋までくらい……だそうだ。

 サチの家出先は関東圏が多い。一度仙台に一瞬だけ立ち寄ったと聞いたけど、それも約三四〇キロの距離なので、確かに新記録達成だ。高度・距離両方ともに。

「アイツの不思議パワーは、一体何でできてるんだ!」

 高度三七〇キロメートルという高さは、条件さえ整えば国際宇宙ステーションも肉眼で見えるらしい。

 その位置にテレポートするというサチの暴挙を、僕が知ったのはアカ姉の電話からだ。

『コーちゃん! サチさん、宇宙にいるッ!』

 相手がアカ姉でなかったら「何を寝言を」と答えかねない情報だったが、即座に見つけたネットのニュース速報でこの『非常識事態』が事実であると確認できた。

 そういう次第で、僕は今いつもの出原家の更地から、望遠鏡で星空に浮かぶ我らが住居を見上げている。

「それにしても……意外に見えるモンだねぇー」

 望遠鏡の接眼レンズを覗いていた信子が声をあげた。

 僕らが今使っているのは、アカ姉提供の小型望遠鏡。サッカー場相当の大きさの国際宇宙ステーションと比べると当然小さい我が家だが、それでも不自然な光の群れがぼんやりと並んでいる程度には見とめられた。

 何より……携帯テレビに映しだされている国際宇宙ステーションからの映像で、ハッキリと見覚えのある家屋が確認できた。

 世界広しと言えど、宇宙に浮かぶ可能性のある一般住宅など一つしかない。

 僕はアカ姉の肩越しに広げられている、ブルーシートの壁を見やった。

 金属製のポールでブルーシートを吊るした、即席の目隠し。

 その陰から出原家の門扉方向を覗く。

 門の向こうには、阿妻沢警察署から出動したパトカーと、それに遮られたマスコミの取材班・野次馬が散見できた。

 ……さっきより数が増えてるな。

 今回の家出は、久々に人々の耳目を集めた……集めすぎたようだ。

 家屋をまるごと瞬間移動させるサチの家出は、度々世間の注目を浴びてしまい、最初の頃は出原家の門にマスコミや野次馬たちが殺到していたモノだ。

 それでも、回数を重ねるごとに『いつものこと』として、大して取り上げられなくなった──深刻な事故や事件を呼ばなかったため、早々に飽きられたワケだ。

 それでも流石に宇宙へ跳んだのは大事件らしく、出原家の周辺は久しぶりに千客万来となった。全然嬉しくない。

 もしかすると、人類史に残る珍事件になるのか。やっぱり嬉しくない、フザけるなッ!

「ごめんね、アカ姉。帰り辛くなっちゃって」

 ブルーシートの陰で、僕はアカ姉に謝った。

 アカ姉は、僕にサチが宇宙に家出したことを知らせたその足で、下宿先のアパートにあった望遠鏡をここまで持ってきてくれた──暖かいコーヒーを入れた水筒も、彼女持参のモノだ。

 そうこうしている内に、出原家の前に人だかりができてしまい、アカ姉は帰る機会を逸してしまったのだ。

「うぅん、良いの。初めてのことじゃないし」

 そう、サチの家出騒動に初期から付き合っているアカ姉もまた、マスコミの取材攻勢に巻きこまれたのは初めてじゃない。

 彼女の両親に『ツテ』があるおかげで乱暴な取材をお断りできているが、それでもこう騒ぎ立てられている一家など、常人なら距離を置く。友だちだって離れていく。

 僕の謝罪を笑って流せるアカ姉の付き合いの良さは、つくづく度を越している。もしかするとアカ姉の人徳は聖人に達するレベルじゃなかろうか。

 思わず、バチカンの広場で聖人認定させたい衝動に駆られる──彼女の家の宗派って何だっけ?

「おばさまはどうしてるの?」

 場をとりなすような、アカ姉の質問。

「仕事場からは出たらしい。後で合流方法を知らせてくれる」

 これほど大騒ぎになったなら、たとえ家が戻っても、集まったマスコミが騒ぐのは止まないだろう。

 激烈な勢いで取材申しこみする連中が、家の呼び鈴を鳴らしまくるに違いない──前にもされたからな。

 というわけで、今回はサチが帰ってくるかどうかは関係なく、外泊することになりそうだ。それも、人目を忍んで。

 まったく、だからアイツの家出は迷惑なんだ。あのクソ座敷中年!

 騒動の元凶である、不思議パワーの権化がいる辺りの空を憎々しく見上げる。

 それと同時に、僕の携帯電話から着信音が鳴った。

 画面を見ると、『自宅』の文字が浮かんでいる。

「……『家』からだ」

 その言葉に、女性陣二人が固唾を飲んだ。

 家が『家出』している間に自宅から電話がかかったのは初めてだが、かけてくるヤツなんて一人しかいない。

「もしもし?」電話に出る。

『地球は青かった』

「知ってる」

 言いながら、相手の第一声に苛立った。

 野次馬に聞かれたくないから、声のトーンは努めて抑えたが、自分のこめかみがピクッとかすかに動いたのがわかった。

『しかしコーちゃんは見たことないでせう? 地球の青さを?』

 見たことないが、ガガーリンの名言など今はどうでも良い。

 そもそも、今お前がいる空域は夜側だろうが!

『聞いて驚いてくださいッ! 私は世界で初めて、地球を見下ろした家です! やったぜ!』

 何が『やったぜ』だ、このバカ野郎ッ!

「一応聞くけど、そこにいて大丈夫なのか?」

 むかっ腹が立ったものの、僕は真っ先に確認すべき事柄を口にする。

『大丈夫だ、問題ない』

 えへん、と言わんばかりの鼻息でサチが返した。

 まぁ、そう答えることは目に見えていた。

 昔の話だが、一度こいつが東京湾に瞬間移動した時、家の中に滑りこんで巻きこまれたことがある。

 その際、東京湾に浸かっていた一階部分は本当なら浸水してしまうはずだった。

 しかし、窓枠などの隙間から一滴の海水も入ってこないばかりか、波しぶきがかかった二階部分さえも室内への浸水はなかった。帰った後も、海水による塩気は一切家にかかっていなかった。

 本人の説明によると、サチが持つ不思議パワーで作った結界が物理法則をねじ曲げているらしい。

 つまり、アイツが家を移動させて不思議パワーを発動させている間は、海にいようが宇宙にいようが関係なく、出原家が物理的な影響を受けないのだ。崩壊もしないし、内部から燃えるということもないのだろう。

『本当に素晴らしい景色ですよッ! 写真も一杯撮っています。地球の自転とはズレているやうですので、日本は少し遠ざかっていますが、却って良く見えます。帰ったら写真の品評会などいたしませう!』

 キャッキャと浮かれるバカに、僕はなんと説き伏せるべきか考えあぐねる──その時、

「コーちゃんッ!」

「え?」

 アカ姉が携帯テレビを指して、鋭い声を上げた。

 テレビを見ると、サチがいる宇宙空間の映像を映しているチャンネルで、レポーターが慌てた声で何か言っている。

『──危険ですッ! 危険ですッ! 宇宙空間に浮かんだ住居に、隕石が近づいてい……』

 そこまで聞いて、出原家に迫る脅威がわかった。

 隕石だ──そういえば、最近地球に流星群が近づくとか何とか報じられていた気がする。

 国際宇宙ステーションから中継されている映像の真ん中に、出原家の家屋。

 その端に、レポーターが言っている巨大な石の塊が見えてくる。

 サチの不思議パワーは、あらゆる物理法則をねじ曲げるけれど……あんな隕石にぶつかっても平気なのか?

「サチッ! そこから逃げろぉぉぉ────ッ!」

 考えるよりも前に、僕は叫んだ。

『え?』

 サチは隕石が見えてないのか、僕の言葉に戸惑うだけ──もう間に合わない。

 瞬間、テレビの映像がノイズで埋まった。

 すぐさま頭上の空を見上げる。

 出原家が浮かんでいる辺りの空が、小さな点が爆発したかのように瞬いていた。

「さ……サチィィィィィィ──────ッ!」

 不思議パワーで宇宙まで飛び出した僕らの家は──一瞬の光と共に姿を消した。



【死ぬかと思いました】

 そのタイトルのメールが送られたのは、僕たちがマスコミを巻いて、出原家の敷地から脱出してきた時のことだった。

 どうやら、僕のパソコンから送ってきたらしい。もちろん送り元は僕のPCメールのアドレスだ。

『いきなり隕石にぶつかられてしまいまして……慌ててテレポートしたら、どこなのかわからない状態です。今日中に帰ることは不可能だと思います。また連絡します、みなさんごきげんやう』

 以上が、隕石の衝突を受けたサチからの生存報告だった。

 思わず心配してしまったが、やはりアイツの不思議パワーは隕石にぶつかっても平気であったらしい。

 しかし、いきなりのことに驚いたサチは、家を闇雲にテレポートさせてしまい、現在地がわからない状態に陥ったそうだ──つまりは迷子だ。

 そのことを、僕は電話をかけてきた母に報告した。

『家出の次は、迷子なの……』

 母は、これまでないくらい呆れた様子だった。

 母さんが呆れるのは無理もない。

 家出した子が迷子になるのは、よくあることなのだが……この迷子が『家』なのは前代未聞だ。

 ましてや自分から宇宙に出て、不注意で隕石にぶつかるのだから。

「家については、今日中に帰ってくるのは諦めた方が良いね。サチが現在地もわからないって、初めてのことだから。どこにいるか調べるから何が見えるか教えろって返信しても、応答なくて」

 僕の説明に納得したのか、母は電話口の向こうでとても長い溜め息をついた。

『……そういうことなら、仕方がないわね。しばらく外泊ね……いつまでなのかわからないのが困るけど』

「信子とは出会えた?」

 僕は、目の前に立つアカ姉に視線を送りつつ、母に尋ねた。

『何とか、ね。タッチの差でマスコミに追いつかれそうだったけど』

 僕らは母と合流するため、出原家の敷地から出ようとしたが、その際の報道陣の追跡から逃れようと必死だったため、信子とはぐれてしまった。

 しかし、信子は事前に打ち合わせしておいた母との合流地点に辿りつけたらしい──とりあえずは安心だ。

『光太郎は今どこにいるの?』

 母の質問に、僕は周囲の様子を伺いながら声を潜める。

「……丘を降りたトコの公園」

 僕とアカ姉は信子とはぐれた後、懸命に走ったのだが、道を報道陣に阻まれたため、手近にあった公園の茂みに身を隠したのだ。

「野次馬が周りを固めてて、うまく動けない」

 公園に逃げこんで三十分くらい様子を見ていたが、僕らを追う人々の気配は一向に減りそうもない。

「僕は良いから二人とも宿へ先に行っててよ。こっちはほとぼりが冷めるのを待つから。場合によっては、友だちの家も当たるしさ」

『でも……アンタだけじゃなく、アカネちゃんも一緒なんでしょ?』

「大丈夫、アカ姉のアパートがすぐそこだから」

 公園入口とは反対側のフェンスを見上げる。

 その向こうには、アカ姉が住むアパートが見えた。

 すぐそこと言ったが、実際は公園のすぐ隣なのだ。

「隙さえ見つければアカ姉は何とかなるよ。それまで僕も一緒にいるし」

 やろうと思えば、フェンスを越えてアパートに入ることも可能だろう。

 流石にそこまでやるとは母に言わなかったが、僕らの位置関係を聞いた母は、仕方なしに僕の進言を飲んだ。

『わかったわ……今日の宿の場所はメールしておくけど、動く時は連絡してちょうだい』

「了解。そっちも気をつけて」

 電話を切った後、僕は道路の方を伺っていたアカ姉に声をかける。

「……どう?」

「ダメよ。まだウロついてる」

 アカ姉の視線を辿ると、公園を出た先の曲がり角に、カメラを持った連中が見えた。

 まだ諦めてないのか、勘弁してくれよ……!

「一般の人たちも、私たちを探してるみたい」

 アカ姉が指さす方を見ると、携帯電話片手に周辺をウロウロ歩いている人々が見えた。

 報道関係者であることを示す物がないトコを見ると、アカ姉の言う通り、ただの一般人であるらしい。

 大方、超常現象の塊である異常住宅に住む神経の持ち主を携帯のカメラで撮って、ネットに流したいのだろう。フザけるな、こちとら好きで住んでるんじゃないッ!

 悪口雑言を吐き捨てたい気持ちを抑えて、公園の暗闇の中で屈みこむ。

「……この分だと、ここから抜け出るのに相当時間かかるぞ」

 時計で時間を確認する──午後九時を少し回ったトコだ。

 サチのヤツが、『宇宙に浮かんだ、日本の一般住宅!』という騒動から『隕石に激突! 爆発消滅』というオチまでつけたので、深夜までこの騒ぎは収まりそうもない。

 果たして僕は、母が用意した宿まで辿り着けるのかどうか……。

「とんだ週末になったね」

 僕の苦悶を悟ったのか、アカ姉が苦笑してみせた。

 僕は茂みの中で頭を掻いて、頷いた。

「うん、本当サチのヤツには困らされるよ……」

 愚痴を言いながらも、一番の問題は隣にいるアカ姉だ。

「ごめんね、アカ姉」

「どうして謝るの?」

「だって、アカ姉はこんな風に追われる必要はないんだから」

 僕は、申し訳ない気持ちと一緒に、アカ姉に詫びた。

「さっきも言ったでしょ? 私は好きで付き合ってるんだから。そんな気に病まないで」

 そう言われると、ますます心苦しくなる。

 僕としては、もういい加減アカ姉を騒動から解放して、家に帰してあげたい。

「僕はご覧の有様だし、すぐ後ろはアカ姉のアパートだし、もうアカ姉は部屋に帰りなよ」

「コーちゃんッ!」

 僕の言葉に、アカ姉は突然僕に掴みかかった。

「見損なわないでよッ!」

 僕は、何かマズいことを言ってしまったのだろうか?

 僕の襟首を掴むアカ姉は、これまで見たことないくらい怒っていた。

 何で分からないの?──そう言いたげに、僕を睨みつけてくる。

「私は、コーちゃんをこんなトコに見捨てたりしな……」

 ──音が鳴った。

 緊張の糸を断ち切るような、気の抜ける音。

 その音は、僕のお腹から鳴ったのだ。

「……コーちゃん?」

 音源の方向を正しく察したアカ姉が、ダメ押しに尋ねてくる──僕の頬が上気した。

「お腹空いたの?」

「……そういえば、まだ夕飯食べてなかった」

 アカ姉から目を逸らして、気恥ずかしく顔を歪める。

 すると、もう一度同じ音が鳴った──今度は僕じゃない。

「……私も、だった……」

 アカ姉は僕の襟から手を話し、顔を伏せる。

 きっと、僕と同じ表情しているんだろうなぁ……。

「あ、あのさ、コーちゃん……」

 彼女の顔を覗きこもうとした僕に、アカ姉が切り出した。

「私の部屋に来ない?」

「え?」

 突然の提案に、僕の思考が硬直した。

「だって、このままだといつコーちゃん動けるかわからないし、どうせ身を隠すなら外より部屋の中の方が良いでしょ?」

 ……アカ姉の言葉を咀嚼する。

 何度か反芻して、ようやくそれが意味するところを知る。

 アカ姉の気遣いと、それによって起こる『危険性』も……。

「言いたいことはわかるけど」

 どう断るべきか、慎重に考えて言葉を選ぶ。

「やっぱり、マズいよ……女の子の部屋に男が行くなんて」

「気にしないでよ、いつも私のこと家族みたいって言ってくれてるの、コーちゃんたちでしょ?」

 そう言われてもなぁ……。

「ね、お願いよコーちゃん!」

 アカ姉は拝むように、僕に頼みこんだ。

「ここで私だけ帰ってコーちゃん置いてくなんて、心配で仕方ないもの。それくらいのことはさせて?」

 ──あぁ、もう……アカ姉は、ズルい……ッ!

 僕がアカ姉に心配させたくないって気持ちがあるのを知ってか知らずか……こういう言葉を選ぶんだもんなぁ──


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