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家出・ホーム・ラン  作者: 鑑青楓
第二章 家をたずねてツーリング
4/13

#02-2

 アカ姉は『準備してくる』と言って自分のアパートへ戻り、僕はそれを待ちがてら、サイクリング用の荷物をまとめていた。

 あらかた準備が終わったところでアカ姉が完全装備でやってきた。

「……本当に、一緒に来るの?」

 僕の質問に、アカ姉は当然と言わんばかりの顔で応えた。

「だって私、コーちゃんたちの家に忘れ物あるんだもん」

「忘れ物?」

「予備校で使うテキスト。信子ちゃんに勉強教えた時に忘れてったの」

 そういえばアカ姉は時々、信子の勉強に付き合ってわからないところを一緒に考えてあげている。

 ──『一緒に考えてあげている』という表現をしたのは、本来アカ姉は美術が得意分野で他の教科がイマイチなのだ。そして中学当時に習ったことを思い出しながらなので、あまりスムーズな指導ではない。

 ちなみに、地理や歴史と言ったいわゆる『社会科』については僕の方が得意なので、必ずアカ姉が僕に助けを求める結果となる。

 脱線したが、その勉強の際に忘れたモノを回収したいということだ。

「それなら、後で僕が届けるよ」

 僕が提案すると、アカ姉は慌ててその申し出を断った。

「良いの良いの! どうせ自転車で行くなら、一人より二人の方が楽しいわよ! 旅は道連れよ!」

 ……そうなのか……。

 まぁ、アカ姉も受験浪人生とは言え、休日にはレジャーもしたくなるのだろう。

 そう勝手に納得し、アカ姉の同行を受け入れた。

「それじゃ、二時間くらいのサイクリングになると思うから、気をつけて行こう。途中で休みたくなったら、遠慮なく言ってね?」

「りょうか~い!」

 僕の言葉に、アカ姉が元気な声で答えた。

 ……妙にテンション上がってるなぁ……?

 アカ姉が高揚しているのが気になったが、気を取り直して、彼女の自転車のタイヤをチェックする──空気は大丈夫そうだな。

「そういえばアカ姉、まだ自動車免許持ってなかったよね?」

「? うん、そうだけど?」

 アカ姉は、僕がクロスバイクを買うと決めたのを聞いて、一緒にバイトを始めて自分のモノを購入していた。

 僕が青に対し、アカ姉は赤いカラーリングのクロスバイク。

 アカ姉の髪の色と合わさって、良く馴染んでいるなぁ……。

「自転車で行くにしても、交通ルール守っていくから、そのつもりでね」

「えー? コーちゃんに言われなくても大丈夫よ」

「自転車乗りながらスマホとかしない?」

「するわけないじゃない。こんな完全装備で」

 手にはめた手袋をヒラヒラと見せつけるアカ姉。

 ……うん、確かに指先まで包んだ手袋なら、タッチパネルが反応しないか。僕の手袋は指貫きだけど。

「自転車による、道路右側の路側帯通行は?」

「路そく……え、何?」

 念押しで出した質問に、アカ姉は首を傾げた。

 ……やっぱり、知らないか。

 最近、国の道路交通法が改正された影響で、自転車は道路左側の路側帯のみ通行可能になったのだ。破って右側路側帯を通れば、罰金モノだ。

 しかし、この道交法改正自体あまり積極的に周知されていないようなので、たまに自転車に乗るようなアカ姉が知っているワケも当然ないか。

「……とにかく、僕の後をついてきて」

 それを説明すると時間がかかるような気がしたので、僕が先行してアカ姉を誘導する方針にした。

 アカ姉は僕が自転車にまたがったのを見て、同じように自分のクロスバイクに乗りこんだ。

「それじゃ、出発」

「はーい♪」

 満を持して……というべきなのか、僕らは出原家敷地を出て、車道を走り始めた。いざ、七王子。

 出発した僕らは、丘を降りた先の住宅地へ向かった。

 丘の下り坂は急な傾斜で、ペダルを漕がなくても爽快な速度を出してくれるが、この勢いに乗るワケにはいかない。

 ブレーキでスピードを調節して、危なげないペースで下っていく。

 先行していた僕は、後ろにいるであろうアカ姉に視線を送る。

 アカ姉は、下り坂のスピードに戸惑って車間距離を離したが、何とか速度を調節してついてきている。

 ──あまり、速くしない方が良いな。

 わかりきっていたことだが、アカ姉の様子を見て安全優先で走っていく必要を痛感した。

 アカ姉は体育会系ではないし、僕に付き合って買ったクロスバイクもたまの運動に使う程度しか乗っていないのだろう。

 ぎこちなくギアを調節する手つきが垣間見え、その走行練度が推して知れた。

 坂道の終わりに信号があったので、一度そこで止まってアカ姉を呼び止める。

「大丈夫、アカ姉?」

「丘を上がる時は歩きだったけど、自転車で降りると信じられないくらい早いね」

 追いついて止まったアカ姉は、早速汗がにじんでる様子だ。

「なるべく走りやすい道を選ぶから、気をつけてついてきて」

「わかったー」

 信号が変わったのを見て、僕らは再び走り出して住宅地に入った。

 住宅地の周縁には大きな車道があり、自転車用の路側帯が歩道と明確に分かれていて、とても走りやすい作りになっている。

 サチを迎えに行くという目的がなければ、いつも通りたいルートの一つだ。……たまにジョギングしている人が歩道から出て逆走してくるのは気になってしまうが。

 その道路を走っている間も、チラチラ後ろを振り返ってアカ姉の様子を伺う。

 僕が少し遅めのペースにしているせいか、アカ姉は苦もなくついてこられているようだ。

 ツーリングのペースを把握できたところで安心した僕は、その住宅地について昔聞いた話を思い出した。

 今は閑静な住宅街となっているこの阿妻沢は、昔は一町五村の緑多い土地で、この辺りは街道に沿って点々と家々がある程度の町並みだったそうだ。

 それが戦時中に村々が合併され、戦後ベッドタウンとして開拓され、次々と一戸建て住宅が並び建てられた。

 今は家の都合で引っ越したアカ姉の実家も、この住宅地にあった。

 僕や出原家と離れるのがイヤだと言ったアカ姉が、一人残って入ったアパートはこの住宅地の手前、さっきの信号の近くだ。

 ……そういえば、戦時中はこの町も少し米軍の爆撃を受けたって、小学校だかの授業で聞いたっけな。

 その時、現在僕らが暮らしている丘の辺りも被害を受けたって言う記録も残っているそうだ。

 ……お祖父ちゃんは、何を思ってそんな丘に家を建てたんだろうな……。

 そんなことを考えていたら、住宅地をいつの間にか越えて、遊園地へ向かう道が見えてきた。

 僕らはその道を通って遊園地のすぐ横を走り過ぎ、道路一つ挟んだ浦山貯水池内の公園へ滑りこんだ。

 ここの貯水池は、阿妻沢市を含めた周辺の街の水源になっていて、緑に囲まれた雄大な湖面が頭上の空を眼下に映していた。

 僕らが入った公園は、そのまま堤防の上の道へ繋がっていて、湖面を横に眺めたまま走ることができた。

 確かこの堤防も戦時中の爆撃対策としてコンクリートで補強したらしい──最近大規模な補修工事が行われたので、今更感漂う知識ではあるが。

 堤防の道を駆け抜けると、七王子へ続く車道と、それを横切るサイクリングロードがあり、その手前に休憩におあつらえ向きのベンチを見つけた。

「ここいらで休憩しよう」

 自転車を止めた僕が、アカ姉に提案した。

「え? まだまだ大丈夫だよ?」

「余裕があっても、一時間に一回くらいは休みを入れるべきだよ。僕ら、そんなガチの自転車勢でもないし」

「そっか……」

 僕の言葉に従ったアカ姉が、自転車のサドルから腰を下ろして、ベンチに座った。

 僕は、用意していたペットボトルを二つ取り出し、その一つを差し出した。

「スーパーで買った水しかなかったけど、良いかな?」

「うん。アイスティーって言われたら、微妙だったけど」

 それは、微妙に引っかかりそうな喉ごしだろうね……。

 アカ姉の言葉に苦笑しながら、二人してベンチに腰かけて水を飲み始めた。

「……はぁー……」

 ひとしきり水を飲んだアカ姉が、気持ち良さそうな息をついた。

「いい天気だねー」

 空を見上げるアカ姉に倣って、僕も顔を上げる。

 アカ姉の言う通り、空は雲一つない快晴で、四月終わりの陽気もあって心地良い空気に包まれていた。

「うん、絶好のサイクリング日和だね」

「私、最近運動不足だったからちょうど良かった」

「そうなの?」

 アカ姉の発言に、思わず僕は彼女の腰の辺りを凝視する。

「うん。お腹まわりがちょっと……って、何言わせるのッ!」

 お腹の辺りに両手を持っていてジェスチャーしてみせたアカ姉が、途中で顔を赤くして僕にツッコんだ。

「いや、アカ姉が勝手に言い始めたんじゃ……」

「……フンだッ! 知らないッ!」

 拗ねたアカ姉が、そっぽを向いてしまった。

 そういうアカ姉の仕草が、僕にはたまらなく可愛く見えてしまう。

 それをおくびにも出さないよう気をつけていたら、場の空気を誤魔化すためか、アカ姉がわざとらしい手つきで顔を扇ぎ始めた。

「なんか、もう暑くなっちゃった……」

「暖かくなったからね。アカ姉の完全装備だと、ちょっと暑いかもね」

 春のうららかな陽気は夏へ向けて暑くなる準備を開始したところで、今の時期は少し運動すると途端に一枚脱ぎたくなるくらいには火照ってしまう。

「そうね、ちょっと着こみ過ぎだったかも」

 言いながら、ジャケットのファスナーを下ろす。

「…………ッ!」

 隙間から見えたモノに、僕は目を見開いた。

 サイクリング用のジャケットは大抵、少しキツ目の作りをしている。

 アカ姉はその豊か過ぎる胸のせいでワンサイズ上の大きさを選んだはずだが、それでも胸への圧迫がキツいらしく、アカ姉の白い肌が隙間から溢れ出した。

 これは……目に毒だ……ッ!

「あー、少し涼しくなった♪」

 僕の凝視に気づかないアカ姉は、ノンキな声をあげた。

 これ……裸に直接ジャケット着てないよな?

 一瞬そんな愚かな考えが浮かんだが、ファスナーの隙間から白い布地が見えたので、きっと肌着くらいは着ているはずだ、と僕は勝手に推測した。

「ん? どうしたの、コーちゃん?」

 僕の視線に気づいたアカ姉が顔を向けてきたので、慌てて僕は彼女の胸から視線を逸らした。

 咄嗟の行動が間に合ったのか、アカ姉は僕がどこを見ていたかは気づけなかったようだ。

「な、何でもないよ……!」

「? ふぅん……?」

 挙動不審な僕をそれ以上疑わず、アカ姉は僕の視線のことなど忘れた。

「そういえば、コーちゃん結局部活やらなかったね」

「うん。もう三年生になっちゃったね」

 アカ姉の話題転換に感謝しつつ、言葉を返した。

「友だちに誘われてたんだけどね……何か、入る機会を逸しちゃったよ」

「まぁ、仕方がないと思うよ」

 クスクスと、アカ姉は何かを思い出したように笑みをこぼした──きっとアイツのことだ。

「家が家出するからねー。部活どころじゃないね」

「そうだね……まったく、サチのせいでいつも大変だよ」

 口ではこう言っているものの、そんなにイヤな気持ちではなかった。

 一つはもう完全に慣れてしまったことがあるが、もう一つは……こうしてアカ姉が付き合ってくれるから、彼女との時間が増えているせいだろう。

「はい、コーちゃん。撮るよー♪」

 出し抜けにアカ姉が携帯電話のカメラを向けたので、視線を向ける──とっさのことだったけど、笑みを浮かべる時間だけはあったようだ。

 カメラのシャッター音を何回か聞いた後、僕らはベンチから立ち上がった。

「さて、そろそろ行くか」

「そうだねー」

 アカ姉は大きく伸びをしてから、自分の自転車にまたがった。

 さて、七王子へのツーリング再開だ。



 七王子への道の途中には、真っ直ぐ南へ向かうモノレールがあり、走りやすさの点から僕はそれを目指して進んでいた。

「ねぇ、コーちゃんッ!」

 その途中、軽自動車が一台通れそうなくらいの幅の歩道を走る僕に、アカ姉が呼びかけてきた。

「何?」

「自転車は車道走るんじゃなかったっけ?」

 アカ姉の問いに、僕は自転車の速度を緩めながら答える。

「いや、歩道走って良いトコもあるんだ。ホラ、あの標識」

 道路挟んだ対岸の歩道に出ている標識を指さす。青いその標識には、手を繋いだ親子らしい歩行者と自転車の絵が描かれてあった。『自転車および歩行者専用』の道路標識である。

「こういう広い歩道は大抵あの標識ついてるよ。車道は車道で、自動車の通行を圧迫するだけだからね」

 ──それでも歩行者の通行が優先されるけどね。

 そう付け加える僕に、アカ姉がさらに質問を追加する。

「標識ない時は?」

「専用の通行区分があれば良いけどね……日本の道路は狭いから」

 海外に出稼ぎに行っている父の話では、カナダのバンクーバーに境界ブロックで明確かつ物理的に分けられた自転車専用道路があったそうだけど、日本でそんな好条件の道路はまず望めない。

 自転車は肩身が狭い存在なのだ。

「危険な時は一時的に自転車降りて歩くか、歩道乗り上げるしかないんじゃないかな? 緊急避難ってヤツでさ」

「ふーん、難しいんだ」

 多少都合が良いような僕の解釈に、アカ姉はマジメな顔で受け止めていた。

 そうこう話しているうちに、モノレールの線路が頭上に見えてきた。

「ここから、モノレールに沿って行こうか。アカ姉、たまには前走ってみる?」

「え? 良いの?」

 僕の申し出に、アカ姉が意外そうな顔を見せる。最後まで僕が先頭で行くモノだと思ってたのだろう。

「ここから次の休憩地点まではずっとモノレールの下行くからさ。歩道も広いよ」

 さっき標識について話した歩道よりもずっと広いモノレール下の歩道。

 この広さなら、ハンドル捌きがよほど下手でなければ歩行者の接触を心配する必要もない。

「……そういうことなら、前走ってみようかな♪」

 アカ姉は先頭を行くのに多少興味があったのか、僕の前へ自転車のポジションをチェンジさせた。

 アカ姉が前に出てくれたことで、僕は密かに安堵の息を漏らした。

 休憩後も僕はアカ姉を振り返りながら走っていたのだが、彼女はジャケットのファスナーを下ろしたままで──振り返るとイチイチ胸の谷間に目が行ってしまうのだ!

 うっかりするとそのままアカ姉の胸を凝視してしまい、自転車ごとこけかねないので、上手いこと彼女とポジションを変える口実を作ったのだ。

 あぁ、良かった。これでしばらく落ち着いて走れる。

 アカ姉の胸の魅力は、凶悪過ぎるよ……!

 そう思って前方を見る──すぐさま、僕は前言撤回した。

 僕が後ろになったことで、彼女の後ろ姿がつぶさに見渡せるようになった。

 そのアカ姉の体──サドルに乗っているお尻に、僕の目が釘付けになった。

 柔らかそうで、可愛いお尻だなぁ……。

 思わず口をついて出そうになったのをグッと抑え、生唾を飲みこんだ。

 確か、この手のスパッツは下着を履かないで直接装着するタイプだったはず……。

 つまり、あの下は素肌のまま……!

 そんな想像が瞬時に頭を駆け巡り、僕の平常心が呆気無くかき乱された。

 マズい、このポジションは完全に失敗だった!

 自分の浅はか過ぎる失敗によって、僕はモノレールの線路下を通る間、誘惑の餌を釣られたロバのごとき苦行を味わらされるのだった。



 七王子への道がモノレールから逸れる手前。

 予定していた二回目の休憩地である、遊歩道のベンチを見つけて、僕はようやく魅惑の苦行から解放された。

「……そういえばさ」

 ペットボトルの水を飲みながら、僕はアカ姉に切り出した。

「何でいつも僕の顔撮るの?」

 僕の質問に、アカ姉は小首を傾げて考えこむ──そんな考えるような問いかけだっただろうか?

「……そうねぇ、私なりの『記録』? みたいな?」

 語尾上げ言葉で返されてもなぁ……。

「家が消えるのって、本当ならスゴい大変なことでしょ? 記録するに足る大事件じゃない?」

 大げさな……と思ったが、なるほど、言われてみればその通りだ。

 家がないと、雨露をしのげない。

 家がないと、家族が集まれない。

 家とは、一家の生活の基盤なのだ。

 住人にしてみれば、これに勝る大事もないだろう。第三者のアカ姉が記録する必要があるのかはわからないが。

「コーちゃん、最近は笑ってみせたりするから、随分余裕じゃん……って思って」

 言われてみれば、前回もアカ姉と会ってからはそれなりに明るい応対をしていたような自覚はある。

「もう三年目だもんね。すっかり慣れちゃったか……最初なんか『何が起きたのかわからない』って感じで青ざめてたからね♪」

「……そんなこともあったかな」

 アカ姉が口にした、『出原家』最初の家出。

 その時の自分の振る舞いを思い返すと、気恥ずかしくなる。

 なにせ、アカ姉がずっと手を握って僕を励ましていたくらい、僕は慌てていたのだから。

「アカ姉が毎回付き合ってくれるから、落ち着いていられるのかもね」

 恥ずかしさを誤魔化すためにアカ姉のことを言うと、彼女は少し動揺したみたいに顔を歪めた。

「そ、そう?」

「そうだよ」

 実際、アカ姉は『出原家』の家出騒動のたびに僕の傍にいて慰めたり励ましたりしてくれる。時には今日みたいに、我が家を迎えに行くのに付き合ってもくれるのだ。

「わ、私はただ……コーちゃんが寂しいだろうなって思って」

「うん、いつもありがとう」

 何故かどもりがちのアカ姉に、僕は素直な気持ちを返した。

 実際、我が家が家出しているのに気づく時は、僕ら一家が学校や仕事から帰ってきて、疲れていることがほとんどだ。

 疲労がたまった体を休める場所に、跡形もなく『逃げられる』と、貯めてきた疲労の重みがドッと増してしまう。正直凹む。

 そのたび、明るく話しかけてくれるアカ姉に僕は救われているのかもしれない。

「……じゃ、そろそろ行こうか」

「りょうかい~!」

 休憩を切り上げて、僕らはまた自転車のペダルに足を乗せる。

「ねぇ、アカ姉」

 走り出す直前、僕は思い出したようにアカ姉を呼んだ。

「何、コーちゃん?」

「僕、美大行こうかと思うんだ」

 僕を振り返ったアカ姉に、自分が考えていた将来の希望を、正直に話した。

「映像やってみたいんだ……父さんみたいに」

 元々、映像には興味があった。

 映画を見るのが好きだったし、父の影響で映像を作る上での知識も自然と頭に入っていたから。

 父がしているような、映画作りに携わること。

 あるいは、映像によって切り取られる、世界の美しさを多くの人に伝えること。

 僕とアカ姉が今日ツーリングしている間に見た景色。

 入学式の日に手を振り合った、あの女の子の笑顔。

 あんな光景を、映像で伝えられたなら……。

 きっと、それを見た人に優しい気持ちを抱いてもらえる──そう思えるのだ。

 僕の言葉に何かにじみ出るモノを感じたのか、アカ姉はしばらく僕の目を見返した後、

「うん、コーちゃんきっと合うと思うよ」

 と、言ってくれた。

「……ありがとう」

 自然と、お礼が口をついて出た。

 父さんに自分の希望を話す勇気が、湧いてきた。

 どちらから促すともなしに、二人同時にペダルを漕ぎ始めて、モノレールから離れ始めた。

「今日、サチのとこ着いたら、山登らない?」

 不意に出た思いつきを、アカ姉に話す。

「山?」

「ケーブルカーで上がってすぐのトコに、天狗焼きを作ってるお店があるんだって。父さんが昔言ってた」

 ──とても美味しかったってさ。

 そう父の感想を伝え、アカ姉を誘う。

「一緒に食べに行こうよ。サチの分も買いに、さ」

「うん、良いよ♪」

 アカ姉は迷わず、僕の誘いに乗ってくれた。

 僕は走りながら、アカ姉と並んで食べる天狗焼きの味を夢想した。


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