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家出・ホーム・ラン  作者: 鑑青楓
第二章 家をたずねてツーリング
3/13

#02-1

 スパッツに包まれたアカ姉の黒いヒップラインが、僕の視界に飛びこんだ。

「あ、コーちゃん! 準備できたよ」

 自転車を用意したアカ姉が、庭の倉庫から顔を出した僕に気づいて振り返った。

 アカ姉は、頭はヘルメット、体はジャケットにスパッツと、サイクリングウェアに身を包んだ出で立ちで立っていた。

「……本当に、一緒に来るの?」

 僕は、アカ姉の後ろで更地になった出原家の敷地を一瞥し、言った。

 そう、ゴールデンウィークに突入する、四月の終わりに──僕らの『出原家』がまた家出したのだ。

 これから、僕とアカ姉はサイクリングに出かける。

 あの不良座敷中年を迎えに──



 出原家の最上部には屋根裏部屋があって、そこは半分荷物置場のような役割を担っている。

 もう半分が、『アイツ』に与えられた個室、プライベート空間という役割だ。

「世間はそろそろゴールデンウィークですか」

 屋根裏部屋への階段を登り切った僕に、座敷中年・サチがそう声をかけてきた。

 元々お祖父ちゃんが建てたこの出原家は、お祖父ちゃんとその息子夫婦一家が住むことを想定したため、横に広い作りの二階建て住居だ。

 土台が広いので、サチがいる屋根裏部屋もまた広く、荷物を置いてもまだ有り余る程度の空間が残っていた。

「今年も有給休暇を使って、四月から休日を繋げる方がたくさんいるさうですね。最大三日の有休で八連休になるとか」

 屋根裏部屋の片隅にはテレビが置かれてあり、サチが正座して眺めていた。

 そのテレビで流れているニュースについて、サチは話しているようだ。

「お休みをとるのは良いのですが……私が思うに、右へ倣ったやうにみんなしてどこか遠くへお出になるのも落ち着かないやうな気がします」

 僕はサチの話を聞きながらその横に立ち、テレビのニュースを眺める。

「やはり、お休みはご自宅でゆっくり過ごされるというのが一番だと私は思うのですけどね……仕事から解放され、何もせずボーっと……奥さんの家事を手伝うのも良い気分転換になるでせうし」

「言いたいことはわかるが……」

 僕はサチの足元に目を下ろし、口を開いた。

「何故、荷造りしている?」

 サチは僕の問いかけに手を止め──こちらを見上げてくる。

 目を合わせた途端サッと顔色が変わったのは、詰問したいこちらの意図を察したのだろう。

 サチの足元には、飯盒やマグカップ、小型ストーブに折りたたみテーブル、テントセットなどなど……これ見よがしに『キャンプ用品』カテゴリーの物品が並んでいた。

 その荷物を選り分けて、青色のバックパックに詰めていく──僕の部屋から消え、ここまで探しにきた鞄だ。

「……ぁ、こ、これはッ! 別に他意があるワケではございませんッ!」

 何が『他意』だ、この家出常習犯。

「ゴールデンウィークはキャンプに出かける方もいるでせうし、その準備の真似事などして気分を味わっていただけで……ッ!」

 そうだろう、そうだろうよ。

 家出──家ごと瞬間移動させるはた迷惑なこいつだが、この一言だけは嘘ではないと思い、嘆息した。

 家にとりつく精霊であるサチは、人間には理解も説明もできない力を持ち、我が出原家の住居を瞬間移動させることができる。他にも、家の中にいる人間や物の所在を知覚できたり、自発的に家の中の家具を動かすこともできる。

 しかし『家にとりついている』という性質のせいなのか、その力が及ぶのは『家』の中のみで、サチ自身も家から離れることはできない。

 確か、外に出られても出原家から数歩程度だったはずだ。

 だからこそ僕には、今サチがしている『荷造り』が気分を味わうだけの、単なるごっこ遊びにすぎないとわかるのだ。

 こいつにとっては、そうしたままごとすら大切な娯楽なのだ。

「お前なぁ……明日は父さん帰ってくるんだから、家出とかするんじゃないぞ」

「おや、拓郎さんが帰ってくるのですか?」

 僕の言葉に、サチが顔をあげた。『拓郎』というのは、僕の父の名前だ。

「ちょうど仕事の区切りが良いとかで、帰国する余裕ができたんだとさ」

 父は映像作家で海外に仕事を持っているので、一年の大半を国外へ『出稼ぎ』に行っている。最近映画製作のプロジェクトが終わったため、ゴールデンウィークに合わせて日本へ一時帰国するそうだ。

「おお、それはそれはッ! 久しぶりの一家団欒ですね!」

 サチは手を叩いて喜んだ。

 ──喜んでみせた後で、僕の顔をそっと覗きこむ。

「……それなのに、浮かぬ顔なのは何故ですか?」

 座敷童の名残みたいな顔に見つめられた僕は、その問いに答えない。

「やはりアレですか? コーちゃんの進路のお話をなされるのでせうか?」

「……やっぱりわかってるんじゃないか」

 図星を突かれた僕は、あっさり沈黙を解いた。

「それはもう。『家』ですから」

 ニコニコと、サチが微笑んで返す。

「珍しく悩んでいるのですね、コーちゃん?」

「……お前には関係ないだろ」

「関係ありますよ。私の中に住む方の話ですもの」

 そりゃ、そうでしょうとも。

 何でもお見通し、って顔で胸を張ってくるサチとは対照的に、僕の気持ちは暗い。

 父・出原拓郎が帰ってくるのは、何も家に帰って家族団欒の中で羽根を伸ばすことだけが目的じゃない。

 実際は、高校三年生になった僕の進路──具体的に言うと、『大学進学をどうするのか?』という議題を話し合うために帰ってくるのだ。

 ネット電話による事前の相談では、父は『お前が思うようにしてやりたいと思っている』と、僕の意志を尊重する姿勢を明確に言ってくれた。

 しかし僕は、そんな父に対して自分の思うところを正直に打ち明けていない。

 希望がないワケではない、むしろその分野以外あり得ない、と思ってすらいる。

 しかし、その希望進路は僕の家庭環境や人間関係から見ると猿真似に等しく、考えなしの安易な方向に流れていると邪推されかねないモノだった。

 加えて、学費の問題もある。国立でもない限り、通常の大学より出費がかさむため、その分野に進むなら奨学金を借りるくらいのことは簡単に予想できた。

 そこまで考えると、自分の両親にまた余計な苦労をさせかねないと思い、希望を言う勇気が萎縮してしまう。

 父は海外に出稼ぎ、母は国内で朝から夜まで勤める毎日。

 加えて僕らの住居はたまに『家出』するという、『非常識家庭』なのだ。

 これでどうして、自分の希望を言えようか?

「コーちゃん」

 僕の心境を察したらしいサチが、正座のまま僕に向き合って言った。

「コーちゃんは、もっと胸を張って自分の希望を言っても良いと思いますよ? きっとお二人だって考えてくださいますよ。拓郎さんも杏子さんも」

「……そう思うか?」

「当たり前ではないですか、親子なのだし」

 これ以上ないくらい、自信たっぷりにサチは言った。

 そうだ、サチは僕らの『家』なのだ。

 僕ら出原一家のことは、何でも知っている。

 この家を建てたお祖父ちゃんのことも、お祖父ちゃんの息子の拓郎が結婚してここで家庭を築いたことも、僕が生まれてどんな子と友だちになったかも、父と母が僕や信子の将来をどれだけ案じてくれているかも。

 ──でも、お前が家出するのも悩みの一つなんだよなぁ……。

 そう頭をよぎったが、それを言ってこいつが家出をやめるとは思えない。

 そんなことになるなら、こいつを一回どやしつけて痛い目見せれば、それで家の瞬間移動は終わるのだ。

 僕が高校に上がってからの二年間、こいつはどれだけ家族中から怒られて関節技をかけられても、『家出』をやめはしなかった。

 気が向いたら、住人一家がどれだけ困ろうがお構いなしにテレポートするのだ。もはや放浪癖という名の病気だ。

 ……話が逸れた。

 ともあれ、こいつは自分がどれだけ迷惑をかけようが、どれだけ金銭的な障害が起ころうが、僕の父と母が息子たちの将来をなおざりにしないことを知っている。

 二人が『そういう性分』なのを、ずっと見てきたヤツなのだ。

 だから、自分の希望を正直に伝えなさい──この座敷中年はそう言っているのだ。

 僕は小さく頷いた後、踵を返して階段に足をかける。

「わかったから、僕の鞄は後でちゃんと返せよ?」

 座敷中年のありがたい助言のお礼に、今夜だけは僕のバックパックで遊ばしてやる。

 そう、心の中で呟いて。



 翌朝、父さんの帰りを待っていた僕は、不足品の補充にスーパーへ出かけていた。

 父さんが帰ってくるということで、父さんの好きな食品、水のペットボトルなど、母から頼まれていたモノを買いこんだ僕は、ビニール袋片手に出原家へ戻った。

 戻ってみると……あるはずの建物がまたもや消失していた。

「……やられた」

 こうして、ゴールデンウィーク初日の僕の行事は、『家の捜索』となったのだ。



「──それで、どこに行ったのかわかってるの?」

 更地の上で家探しの第一工程を終えた僕に、アカ姉が聞いてきた。

「うん、今日は一発でわかった。任尾山まかおさんだってさ」

「マカオ? 七王子の?」

 七王子とは、阿妻沢市から南西に下った先にある、三方を山地や丘陵に囲まれた土地である。

 任尾山はその七王子の周縁にある山の一つ。ダイヤモンド富士が見られることが有名で、昔から観光客や登山者が多く訪れる山だ。最近のパワースポットブームが手伝って、休日に登る客が増えたと、何かのニュースで報じられていたな。

「今日休みでしょ? 登山客の何人かが、空き地にイキナリ現れたのに気づいて、写真撮ってるんだよ」

 僕はネットで見つけた写真を携帯電話に表示させて、アカ姉に見せた。

 その写真には、『任尾山はこちら』と書かれた案内看板の後ろに立つ家屋が映し出されていた。

 その家屋の特徴は、慣れ親しんだ我が家そのものだった。

「うわー……またあからさまに目立つことしてるねー、サチさん」

 呆れ笑いを浮かべて、アカ姉が感想を漏らした。

「人目なんかまったく気にしないから、アイツ。多分、山の麓でテント張って、キャンプ気分でも味わってるんじゃない?」

 やれやれ、と息をついて、僕はサチを迎えに行く手段について考え始めた。

「信子ちゃんとおばさまは?」

 携帯電話でルート探索を開始した僕に、アカ姉が尋ねた。

「父さんを迎えに空港行ってるよ。連絡したら、とりあえずどっか適当なレジャー施設に寄り道するってさ」

「あー……おじさま、信子ちゃんに甘いからねー」

 久しぶりの帰国ということで、信子は父に甘えようと目論んでいたのだろう。

 大方、僕から『サチが家出した』との連絡を受けた瞬間に、『お兄ちゃんは放っておいて、どっか遊びに行こう!』という計画を立案したに違いない。中々のしたたか者だ。

「アカ姉にも会いたがってたよ、父さん。連休一杯いるらしいから、いつでも顔出してよ」

 アカ姉とは僕ら二人が幼稚園の頃からの付き合いなので、僕の両親もアカ姉のことをよく見知っている。

 時には親子みたいに錯覚するらしい父は、帰国してきた時には必ずアカ姉の顔も見たがるのだ。

「うん、わかった」

 アカ姉もその辺の事情はよく理解しているので、素直に首肯してくれた。

「でも、どうやって迎えに行くの?」

 アカ姉の問いをよそに、僕は庭の端にある倉庫へ向かった。

「コーちゃん?」

 鍵を開けて、中に入る。

 倉庫に踏み入った僕は、暗がりの中に眠っている自転車を引っ張り出した。

「よいしょっと」

 引っ張り出した自転車を見て、アカ姉も僕の意図を把握できたようだ。

「もしかして、自転車で行くのッ!?」

「うん。良い機会だし、ちょっと自分のレジャーも兼ねようかなって」

 一緒に出したヘルメットを被りつつ、僕は自転車の状態を確かめた。

 倉庫に眠っていたこの自転車はクロスバイクという種類で、ママチャリより速度が出るモノだ。サチが家出騒動を起こすようになって、僕が迎えに行く習慣ができたのでバイトして購入した。

 普段なら電車と徒歩を使って、家が瞬間移動した先まで向かうのだが、場所によっては駅から相当歩かなくてはいけない。そうなるといっそ自転車で迎えに行った方が早いので、臨機応変に使い分けている。

 最近のサチは自転車を使うような場所に家出しなかったので、倉庫で長い休みをもらっていたクロスバイクは、少し埃を被った姿で僕の点検を受けていた。

「最近運動不足だし、自転車で行けなくもない場所だから、いっそサイクリングにした方がゴールデンウィークっぽいかなって思ってさ。帰りはどうせ、サチの『不思議パワー』でテレポートだし」

 タイヤに手を触れて中の空気漏れを確かめながら、僕は言った。

 それを聞いていたアカ姉は、少し思案を巡らすように黙りこみ、

「あ、あの……それじゃあさ……私もついて行くよッ!」

 そう言ってきた。

 その言葉を受けた僕は、

『そういえば、アカ姉もクロスバイク持ってたな……』

 と、思い出した。


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