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家出・ホーム・ラン  作者: 鑑青楓
第一章 コーちゃんと家出する家
1/13

#01-1

 春はあけぼの、今日は始業式……『枕草子』風に繋げるならば、この後どうやって『校長の話はつまらん』まで繋げようか?

 そんなことを考えながら帰ってみると──家が消えていた。

 朝、僕が学校へ出かける時には、我が出原いづはら家は阿妻沢市の丘の上に、確かにあった。

 しかし、今見渡している敷地内には家屋らしいモノは一切なく、基礎ごと消えて更地となった空間が広がっていた。

 僕は、制服のポケットから携帯電話を取り出し、母に電話をかけた。

 電話の向こうでコール音が止んだ瞬間、

「母さん、また家が家出した」

 と言った

 母さんは仕事中だったので、ただ呆れた声で『またなの……』と返した。

『光太郎……今度はどこ行ったかわかりそう?』

「いや、今気づいたトコだから、何とも言えない」

『そう……』

 一つため息をついた母は、考えを巡らすような間を置いた末、結論を下した。

『すぐ行先を調べて。あんまり遠くだったら、宿を用意しないとね』

「わかった」

 僕は即諾して、電話を切った。

 予想通りの成り行きだった。

 電話をかける前から、この展開になるのはわかりきっていた。この後にかかる手間がいかほどなのかも含めて。

 というのも、そもそもこの事象は今回が初めてではないからだ。言ってしまえば、恒例行事なのだ。

 出原家の家屋が『家出』し、僕──出原光太郎が探しに行く役割を担うのは。

 思い返すのも腹立たしいのだが、最初に家が『家出』したのは二年ほど前だ。

 当時僕は高校への入学手続きを終えたばかりで、突然家が消滅した時には、『学校に届けた住所、どうしよう……』とトンチンカンなことを悩んでいたっけ。

 ……意味のない回想をしてもしょうがない。

 母に言われた通り、消えた家の行方はすぐに調べておかないと。

 なにせ『今日の寝床がどこか』がかかっているのだ。

 踵を返して、隣家へ向かおうとしたその矢先、

「あら、光太郎くん」

 隣の金子さんと目が合った。

「すいません、金子さん。ちょっと良いですか?」

「おうちのことでしょ?」

 わかりきってると言わんばかりに、金子さんが返した。

「えぇ、毎度スミマセン。見ての通りでして……消えるトコ、見ました?」

 一応バツの悪そうな顔を作って、金子さんにいつもの質問をしてみた。

「さぁねぇ……今回は見てないわ。お昼にはもう消えていたから。気づいたのは一時過ぎくらいかしら?」

 昼の一時過ぎ、か……。

 まぁ、それだけ聞ければ十分だな。

「わかりました、いつもありがとうございます」

「良いのよ、気にしなくて。光太郎くん、いつも大変ねぇ」

 僕が苦笑いを返すと、金子さんは自分の家に入っていった。

 一人になった僕は、更地になった場所の真ん中に、学生鞄を下ろし座りこんだ。

 そして携帯電話を取り出し、タッチパネルの画面に指を触れた。

 大変ねぇと言われたが……正直今はそれほど苦でもなくなっている。

 我が家の家屋──『出原家』が家出した時の対処はすでにできている。

 出原家は家出する際、家屋ごと空間移動する。いわゆるテレポートってヤツだ。

 テレポートという現象は、この世界からの完全な消失ではない。『ここ』から消えて、次の瞬間には必ず『どこか』に現れる。位置情報の交換に過ぎない。

 即ち、この世界のどこかに今も『出原家』なる家屋は存在していることになる──恐らく、地球上のどこかに。

 そして当然のことだが、昨日まで存在しなかった建物がどこかに出現すれば、騒動になる。

 その騒ぎに遭遇した人がネットなどやっていれば、今頃どこかのサイトで情報が載っているはずだ。恐らく画像つきで。

 主だったニュースサイトやソーシャルネットワーキングサービスを検索して回る。

 こうしてネットでの目撃例を探すのが、『家探し』の第一段階だ。

 ……だけど、それでいつもすんなり見つかるワケではない。

 金子さんの証言では、家が消えたのは昼の一時過ぎということだから、その時間からのネット上の呟きやニュース速報を確認していく。

 しかし、今回それらしい情報は見つからず、空振りに終わってしまった。

 そもそもこの捜索法は、『突然完成済みの家屋が出現するのが人目に止まる』ことが前提となる。

 人里離れた山奥や無人島にテレポートされると、ネットを通しての手がかりが一切手に入らない。

 所詮、口より先に目が要るのだ。

 これまでの経験則だと、捜索開始直後のネット徘徊で、マイホーム発見率は六割と言ったところか。

 今回のようなケースが残りの四割になる。そして、このパターンが一番難儀だ。

 さぁ、どうやって探そうか。

「あれ? コーちゃん?」

 柔らかな声が僕の耳をくすぐった。

 顔を上げると、出原家の門前に赤い髪の美人が立っていた。

「また家出しちゃったの……おうち?」

 聞き覚えのありすぎる問いを、今回も投げかけられた。

 敷地の中にポッカリと空いた更地と、その真ん中に座る僕。

 それらを見れば一目瞭然のはずだが、彼女はいつも同じ言葉で僕に呼びかける。それはもうほとんど日常的で、習慣的とも言える。

 僕もまた、パブロフの犬よろしくその問いに頷く。

「うん、またなんだよ、アカ姉」

「そっかぁ……何度目だっけ?」

「今回で、えーと……三十三か、三十四回目だったはず」

「もうそんなになるの? 毎度毎度、飽きないよね」

 呆れ半分冗談半分、と言った顔で『アカ姉』は我が家の敷地に入ってきた。

 長い髪をかき上げて近づく彼女は、シンプルな白のシャツにジーンズ、手には画材道具と美術用のデザインバッグを持っていた。……シャレッ気もへったくれもないなぁ。

 そのクセ、勢い良く突き出た胸の谷間がわずかに垣間見えるし、ジーンズに包まれた細い脚の線は、ハッキリ主張したくびれやお尻へと繋がっていて、何て言うか素材の良さを完全に持て余していて、見ていて口惜しい。

「僕らは好きでやってるワケじゃないんだよ」

 僕の反論に、アカ姉は慌てて手を振る。

「違う違う、私が言ったのは『家』の方」

 訂正されて、ようやく僕は皮肉の矛先を正しく悟る。

「あぁ、そっちね……」

 それには概ね同意なので、ため息混じりに笑ってみせる。

 その笑みを見て、アカ姉は僕の方へ歩み寄ってくる。

 それに構わず、僕は携帯でネットの呟き投稿を再度検索する──やはり有効な書きこみは見つからなかった。

「本当、困ったモノだよ。このセリフすら毎度言ってるから、正直言い飽きてるんだけどね」

 パチリ、と明瞭な機械音が響く。

 顔を上げると、携帯電話を掲げたアカ姉がイタズラっぽい笑みを見せていた。写真を撮られたようだ。

「えへへ、一枚頂きましたー♪」

 楽しげに笑うアカ姉が可愛くて、正視できない僕は即座に自分の携帯に視線を戻す。

 その意図をアカ姉は誤解したのか、不安げな声で呼びかけてくる。

「あれ……コーちゃん怒った?」

「怒ってないよ。いつものことだし」

 それは本心からの言葉だった。

 アカ姉相手に、今更肖像権云々などとケチくさいことは言わない。

 アカ姉──八代坂茜やしろざか・あかねは、僕の一つ上の幼なじみで、スコットランド人を母に持つハーフだ。その付き合いは幼稚園からと古く、時折本当の姉弟と錯覚してしまうくらいだ。

 その彼女が微笑んですることなら、どんな行為だって僕は受け入れてしまう。

「アカ姉なら、好きなだけ勝手に撮って良いよ……ネットには流さないでね?」

「そんなことしないわよ、人聞き悪いわね」

 冗談半分の念押しに、彼女はわざとらしく唇をとがらせた。

「とりあえず……隣座って良い?」

「うん、どうぞ」

 聞くまでもない、というか地べたに直接座るなんて服が汚れるのに──と僕は内心思った。制服で座りこんでる僕も大概だが。

 もっとも、アカ姉はいつもジーンズとか汚れても平気そうな服装なので、気にも止めてないのかもしれない。

 昔は、キレイなお洋服着てたのになぁ……。

 それも、ピンクのフリフリ、三段フリルハイウェストスカート。……可愛かったなぁ。

「な、何?」

 僕がジロジロ見てたせいか、アカ姉が妙に落ち着きなく見返してくる。

「アカ姉、今日は予備校行ってきたの?」

 アカ姉は、今年の三月に高校を卒業した。

 彼女は美術大学入学を目指していたが、受験は尽く轟沈に終わり、浪人生活に突入してしまったのだ。

「うん。今日は最初の授業だったの」

「ふーん……それにしては帰り早かったね」

「そう?」

 僕らは空を見上げて、太陽の高さを確認した。日が沈むにはまだ余裕がある。

「予備校の初日とかって、親睦会的な集まりあるんじゃないの?」

「それはまた後日よ。何人かは残ってお話してたようだけど」

「参加すれば良いのに」

「どうして? メンドくさいわよ」

「そうやって面倒くさがってると、友だちできないよ?」

「無理して作りたくないわ。肩が凝る」

 ふくれっ面になって、僕からそっぽを向く。

 アカ姉は気を悪くするだろうが、その横顔も可愛い。本人には口が裂けても言えないが。

「ここで、この眺め見ている方が良いわ」

 言いながら、彼女はデザインバッグからスケッチブックを取り出し、眼前の景色を見下ろす。

 出原家の敷地は小高い丘の上にあり、町の様子が一望できた。

 出原家の家屋が家出している今は、その分だけ見晴らしが良くなり、阿妻沢市のちょっとした美観が楽しめる。

 絵の勉強をしているアカ姉は、『出原家』の家出騒動が起きると、毎回更地の上から見える町並みを描く。

 僕は、隣でその様子を見るのが好きだ。

 ……たまに、アカ姉の無防備な胸元が気になってしまうのだけど。

 思わず釘付けになった巨乳から目を逸らし、ネット検索の続きを行う。

「あー……今日は見つからないパターンだな、こりゃ」

 手応えのない検索作業に嫌気が差し、そう吐き捨てた。

「手がかりなし?」

「うん。一時過ぎに消えたらしいけど、目撃情報ぜーんぜんナシ。どっか地中にでも潜ってんじゃないの、アイツ?」

 半ばヤケクソ気味に言い捨てると、アカ姉は絵を描く手を止めて、何か躊躇いがちに考えこんだ。

「? どうしたの?」

 僕が顔を覗きこむと、アカ姉はわずかに頬を染めて重々しく口を動かす。

「あ、あの……何だったら、私コーちゃんを泊め──」

「ただいま、お兄ちゃん」

 割りこんできた声に振り返る。

「あぁ、お帰りノブコ」

 僕は、門を開けて入ってくる妹──出原信子に挨拶を返した。

 信子は僕より四つ下の中学生。ショートカットの黒髪とセーラー服で強調されたあどけない顔が、事態を察知した表情になっている。

「また家出したの?」

「あぁ、まただよ」

 短いやりとりで、信子も十分理解できたようだ。

 隣に座るアカ姉を見て、弾むような挨拶を向けてくる。

「こんにちは、アカお姉ちゃん」

「あ、お、お帰りなさい、信子ちゃん」

 パタパタと両手を振って、アカ姉は狼狽していた。

 それをどう受け取ったのか、信子が

「お邪魔しちゃいました?」と聞くと、

「そんなことないしッ! お邪魔でないしッ!」

 と、アカ姉がやたら声を張り上げて返した。

 僕がそのやりとりに首を傾げていると、肩をすくめた信子が向き直ってきた。

「お兄ちゃん、今日は迎えに行けそうなの?」

 妹の問いに、僕は両手を上げて降参の意を見せた。

「てんでダメ。どこにも手がかりがない」

「そうなんだ……」

「そろそろ母さんにも連絡しないとだし、今日は外泊決定かもね」

「また何日も戻ってこないのかな?」

 不安がにじむ信子の言葉に、僕はウンザリした気分になる。

「わかんないよ。最近はすぐ戻ってくるのが多いし、明日にはしれっとここに建ってるかもよ?」

 兄妹二人でうなだれかけるが、隣にいたアカ姉が突然僕の肩を掴んで叫び出す。

「コーちゃんッ!」

「どうしたの、アカ姉?」

「アレ! 木のトコッ!」

 アカ姉が指さすトコを見ると、庭の端に立つ木が見えた。

 アレは確かお祖父ちゃんが植えた柿の木で、秋には実がなる。土地が良いのか、それなりに食える味だ。

 その柿の木の枝に、紙が一枚ひっかかっていた。

 僕は木に近づいて、風にたなびく紙を手にとった。

 和紙に墨汁で、達筆な字が書かれている──文面はこうだ。

【前略 サチです。実家に帰らせていただきます。かしこ】

 僕は、後ろに控えていたアカ姉や信子に文面を見せた。

「……何これ?」

「意味わかんない」

 二人の感想に、僕も同意だった。

「家の『実家』ってどこ?」アカ姉が、信子を見る。

「さぁ……」

 信子は困り顔で首を振る。そりゃそうだ。

「コーちゃんは心当たりある?」

 僕に振られてもわかるワケがない。

 家の実家はいずこか……もしかしてこれは、何かの謎かけなのだろうか? 当てたら賞品もらえるかな? ……いや、ないな。

「そもそも、ここが実家じゃないの? 家にとっては」

「もしかして、原材料の産地的な意味かしら?」

「えー……それって、逆に一杯あり過ぎて回るの大変じゃない?」

 仮にそうなると、ますます難儀なことになる。

 あの『家』は築三十年。建設会社に問い合わせて、すべての材料の出処を調べて回れと言うのか。実にメンドくさい。

「……あんまり、アイツの言うこと真に受けない方が良いよ。どーせ、気まぐれや思いつきだろうから」

 二人をそう諭した時──僕の電話が鳴った。

 画面を見て、電話の主を確認する。

 ……あまりかけたことはないが、ずっと前に登録した番号だった。

「はい、もしもし」

 躊躇いなく出る──相手の話を聞く。

「……わかりました、今すぐ行きます……えぇ、僕が。すいませんが、よろしくお願いします」

 電話を切ってから、話の成り行きを見守っていた二人へ振り返る。

「──家の行き先がわかったよ」

 僕の言葉が意外だったのか、女性陣二人は目を丸くした。

「どこだったの、実家って?」

 アカ姉の問いに、僕は短く答える。

「古賀野」

「古賀野って……どこ?」

「確か、お祖父ちゃんの親戚がいるとこ……だっけ?」

 信子が自信無さげに正答を呟いた。

 無理もない、妹はあまりあの土地には足を運んでないのだ。

「隣の県の山奥だよ。そこに住んでいる親戚がいて、その家の庭先に現れたらしいよ。ほら、信子覚えてない? 紀田のおばさん」

 問われた信子は、少しの間だけ顔を歪めた後、パッと明るく叫んだ。

「あー……ッ! 思い出した、お祖父ちゃんの法事で会ったよね」

 そう、その人だよ──と信子に頷いてみせると、アカ姉が当然の疑問を挟んでくる。

「で、そこが『実家』ってことなの?」

「いや……そういう事実はないね」

 僕は『アイツ』について知り得ていることを思い出して、そう答えた。

「じゃあ……何でそう書いたのかしら?」

「さぁ? やっぱり気分じゃないかな?」

 アカ姉に肩をすくませてみせた後、僕は更地に転がしていた学生鞄を拾って、肩にかけた。

「とにかく……場所はわかったから、迎えに行ってくるよ」

「大丈夫なの、お兄ちゃん? 古賀野ってちょっと遠いんじゃない?」

 信子の言う通り、古賀野はここから遠い道のりだ、

 電車やバスを乗り継いでいくなら、最短で二時間。

 しかし、道中の電車もバスも乗り継ぎがかなり悪く、良くて二時間半。かかって三時間超になる。

 家に辿り着く頃には、日が落ちているかもしれない。

「心配ないよ。時間と交通費がかかるだけだから。片道で済むしね」

 幸い、昔何度か親に連れていかれた場所だ。道のりだけは覚えている。検索するまでもない。

「母さんには、信子から連絡しておいてよ。夜には戻ってくるから」

「わかったー……あ、お兄ちゃん、ちょっと待って」

 歩きかけた僕を呼び止めた妹は、自分の鞄の中からモバイルバッテリーを取り出した。

「はい、これ貸すよ。充電要るでしょ?」

「ありがとう、助かる」

 差し出されたバッテリーを早速僕の携帯に繋ぐ。バッテリー残量は半分近くまで減っていた。さっきの検索作業でがっつり減ったらしい。

 最近の携帯電話は本当に電池の減りが早い。

「行ってらっしゃい、コーちゃん」

 アカ姉が手を振って僕を見送る。

 腕の動きに合わせて胸が揺れるので、目のやり場に困る。

「ありがとう、アカ姉」

 更地で僕に付き合ってきたことへの感謝なのだけど、何となく眼福な仕草へのお礼に思えてきて、少し面映い。

「それじゃ、信子ちゃん。コーちゃんたちが戻ってくるまで私の部屋行ってようか?」

「うん、いつもごめんねー」

 二人の会話を背に、僕は出原家の門を開けた。

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