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episode2 意思

「ただいまー……」

装機を接収され、ファンタズマ警報も解除され、やることがなくなってしまった俺は、とりあえず明日に備えるために学校の寮へと帰宅した。古いマンションを改築して二人用に改装された部屋は、かつて俺と恵介が共同で使っていた部屋だ。

二人用の部屋に、一人で座り込む。こんなにこの部屋は広かっただろうかという錯覚が、ふと脳裏をよぎる。

大切な友達だということを改めて実感すると同時に、ふと目頭が熱くなってしまう。まばたきで追い返していると、不意に玄関口のインターホンが音高く鳴り響いた。

「……?」

部屋の端に設置されたベッドから身を起こし、その足で玄関に向かう。なにぶんかなり古いマンションだったようで、玄関を見るには扉を開けるほかに確認方法がないのだ。七面倒くさいと思いながらも、俺は何者が訪ねてきたのかを確認するため、ドアノブに手をかける。

もしかすると、士郎が訪ねてきたのかもしれない。そんな憶測は、あえなく外れることになる。



「こんばんは、イザナギの『操縦者〈イモータル〉』」

その言葉で挨拶をしたのは、年端もいかない――同い年にも見えるが、明らかに中学生くらいの背丈をした、淡く微笑む少女だった。開口一番変なことを聞かされた気がするが、ともかく挨拶は返さなければいけない。そう思って口を開きかけた直後、脳裏で電撃が走った。

「…………―――君、あの装機の!」

そう。その少女は、夕方に俺が乗っていた装機の中で発見された少女と、まるきり同じ姿だったのだ。雪のように白い、さらさらの短い髪。健康体のようだが、ともすれば病気のようにも見える、色素の薄い肌と華奢な手足。目立つ凹凸が存在しない、無垢な体格。唯一違っていたのは、その少女が申し訳程度に服を着ていたことか。

しかし、なぜここにいるのかという疑問が、同時に噴出した。装機の中で目を覚まさなかったので、機体もろとも軍に接収されていたはずだが。

「……どうして、ここに?」

胸中に浮いた疑問をそのまま告げる。律儀にも、少女はたどたどしい言葉で答えてくれた。

「お話に。私の知っていること、伝えなきゃいけないこと、話すために」

「軍の人たちは、どうしたんだ?」

「伝えたよ。シローって人が、お手伝いしてくれた」

士郎の手引きだということは、危険性は低いと判断して差し支えないだろう。先刻の二言三言でも、主だって危険そうなものは見つからない。

「……なら、立ち話もなんだ。入って」

少女の背中をぽんと叩き、中に招き入れる。

―――親友の穴埋めだという言葉が、どこからか聞こえた気がする。もしかしたら、自分が言ったのかも知れない。違う、と心の中で反論しながら、俺は扉を閉めた。



「……これ、何?」

「ホットココアだよ。……ひょっとして、甘いもの苦手?」

「ううん。ありがと」

ひとまず、外の寒さにさらされていたのであろう少女に暖かいものを差し出して、自分も椅子に座る。少女がココアを飲むのを待ち、数分たったあたりで少女が口を開いた。

「……まず、謝らないといけない。あなたの友達、助けられなかった」

言われ、ハッとする。意図的に胸中からはじき出そうとしていた恵介のことが、皮肉なほどに鮮やかな光景として脳裏によみがえる。

がれきに埋もれたあの手。あいつは最後に、何を思っていたのだろうか。無意識に、悔しさでこぶしを握る。

「君のせいじゃ、ないさ。……俺が、ヘマしちゃっただけだ。気にしないでくれ」

とぎれとぎれにだが、それでもしっかりと答えを返せた。やりきれなさに耐えきれなくなり、話題を変える。

「……それで、話してくれないか。君が何者なのか、話すことをいろいろ、全部」

俺が促すと、一つこくりとうなずいた後、改めて口を開いて話し始めた。

「まず、私のこと。しってるかもだけど、装機には『先生』と『生徒』がいる」

「ああ……AIに戦闘の教育をするから、パイロットが先生って呼ばれてるんだったっけ?」

「そう。私はその『生徒』の立場。その中でも特殊な、生体端末って呼ばれてる」

生体端末という言葉自体には、聞き覚えがあった。かつて恵介がよく話していた装機関連の話題で、特に熱く語っていたのだ。いわく、生体端末は装機のAIとコミュニケーションをとるための手段で、極めて人に近い姿かたちにすることで、より人としての思考を確立するためのものだと聞いた。

ついでに言えば可愛い子と一緒にいられる、なんてことも聞いたが、あながち間違いじゃないのかもとは今考えたことだ。

だが、よもや自分が装機の生体端末とじかに話をすることは予想しなかった。そんなことを考えつつ相槌を打ち、続きを話すように促す。

「私はイザナギの生体端末『真理マリ』。よろしくね、先生。」

ようやく、少女の名前が真理だと判明した。多少少女、改め真理のことがわかったことで、不思議な安堵を覚える。

が、直後に真理の視線を感じる。みると、何かを言いたげにじっとこちらを見つめているのだ。

「……どうしたの?」と問いかけると、答えはすぐに帰ってくる。

「あなたの名前、わからない。教えて?」

そういえば、名乗ってもいなかった。あちゃあと内心で思いながらも、俺は言葉を紡ぐ。

「……彰。小絵島彰さえじまあきらだ。よろしく」

「あきら。さえじま、あきら……うん、よろしく!」

言葉で反芻すると同時に、真理はふわと笑顔を作った。はかなく壊れそうな、やさしい笑顔に、思わずどきりとする。慌てて頬の紅潮をごまかし、再び口を動かし始める真理の言葉を聞く体制に入る。

「私は、あなた。彰が、イザナギに乗るまでの記憶を、私は持ってる」

「……ん?ちょっと待った。記憶をコピーしたのはいいとして、それならなんで俺の名前を憶えてなかったんだ?」

ふと湧き出た問いに、やはり真理は律儀に答えてくれた。

「記憶が混在してる。いろんな人の名前を覚えてた。だから、どれがあなたの名前かわからなかった」

「あぁ、なるほど……まぁいいか。じゃ、次聞くぞ」

真理がうなずくのを確認してから、改めて俺は口を開く。

「まず、あの装機のこと。ほかの装機とは明らかに違うけど、あれはどういうことなんだ?」

「あれの、私の名前は『伊邪那岐イザナギ』。私たちは、黒獅子に反対する人に作られた、アンチ・レオ」

「……黒獅子に反対する?ってことは、真理はその黒獅子じゃないのか?」

「表面は同じ、でも中は違う」

ぽん、と鎖骨の間を軽くたたき、自分を主張する。俺の癖を完璧に再現しているあたり、記憶のコピーは真実とみていいだろう。そんなことを正直信じてはいなかったが、今日は行ってない癖を見せられた以上は信じるしかない。

「私は『アンチ・レオシステム』。さっきの通り、黒獅子を快く思わない人たちが作った、陰の存在。……ある意味、黒獅子とも似てるけど」

「それだ。……ずっと言ってるけど、黒獅子ってのはいったい何なんだ?」

「……携帯、ある?」

問いかけに問いかけが返ってくるのは予想外だった。近くを見回し、愛用のスマートフォンを差し出す。大丈夫なのかと思ったが、コピーした記憶を頼りに使用しているようだ。微妙に慣れきっていない文字入力の癖まで完璧にコピーしているのには内心舌を巻くと同時に、自分がもう一人そこにいるようなこそばゆさを覚える。

数分して、目的のものが見つかったらしい。動画サイトを開いた携帯を、俺に差し出してくる。見てくれということだろうか。

受け取って、再生した動画には、衝撃の映像が映っていた。禍々しい雄叫びをあげて咆哮するのは、異形の装機。漆黒に輝く装甲に身を包み、頭部についた口を目いっぱいに開いて吼えている。

その装機が、不意に別の方向を向いた。つられ、カメラ――おそらく携帯カメラで撮影したのだろう――も同じ方向を向く。

そこには、ファンタズマがいた。形状から見れば、ティラノサウルスを模したファンタズマだろう。確認するや否や、再度装機が咆哮する。直後、その隆々しい足をばねにして、ファンタズマにとびかかった。

ファンタズマは尻尾で対抗していたようだが、次の瞬間にはその尻尾がちぎられていた。そして――あろうことか、装機はそのちぎった尻尾を、頭部の大顎で食らっていた。まるで、肉食獣が獲物を食うかのように。

「――――っ!」

あまりのショッキングな映像に、たまらず身震いする。そんな俺をよそに、動画は続く。装機は腰につられていた刀を抜き、その大顎にかませると、装機にしてはあるまじき「四足歩行」でレックスにとびかかる。タックルで吹き飛ばされながらも着地した装機に、またも異変。

腕が、牙が。装機から「生えた」のだ。比喩的表現などという、生易しいものではない。轟音とともに、正しく装機から生えてきたのだ。

威嚇を挟んでとびかかった装機とレックスが取っ組み合う。状況が状況でなければ、一大スペクタクルとでも言えそうな光景がしばらく続いたが、やがて装機の大顎がファンタズマの首を捉え、そのまま頭部を食いちぎったところで、耐え切れなくなったのか映像が終了した。



軽くショックを受けて数分呆然としてしまったが、回転を再開した頭で、ひとつ理解したことがあった。

「……今のが、黒獅子?」

「そう、装機に化けたファンタズマ。彼らのことを知った私たちの親が、ALシステムとライオハンターを作ったの」

あっさりとした回答だった。真理は、自分がそのためだけに作られたということを理解してるのだろうかという、見当違いな思考が頭をよぎる。脱線しかけた思考を戻し、改めて真理へと新たな問いをぶつける。最初のころの遠慮は、もうしないことにした。

「……それで、ライオハンターってのは何なんだ?」

「私たちALシステムを運用するための、専用企画の装機。たしか、私のほかに9機、全部で10機が製造されたって聞いたよ」

「専用の企画っていうのは?」

「ADVリアクター……えっと、後で説明するね。それを使うために、特別なフレームを使用したんだって。あともう一つ、おっきい武器を持ってる。イザナギの場合は、彰も使ってた『リボルバスター』。戦闘は火力だぜ」

つまりいうと、強力な武器を持った特別な装機がライオハンターということなのだろう。そう解釈して、質問を続ける。

そういえばどこか声色も柔らかくなったなと思ったが、まぁ気にしないでおく。

「じゃあ、そのADVリアクターってのを聞いていいか?」

「うん。ADVリアクターは、名前の通りADVっていうのをつかさどる機械。ライオハンターの心臓、でいいかな?」

「……あぁ、だいたい理解できる。じゃ、そのADVってのは?」

とたん、真理の顔が少しだけこわばる。まるで、話すのをためらうかのように口を数度開け閉めして、ようやく言葉を紡ぐ。

「…………後悔しないなら、説明する」

が、帰ってきた答えも的外れなものだった。説明しづらいものなのだということはうすうす理解したが、それだけで引きさがるほど探求心がない奴はそうそういないだろう。

「……ああ。真実を受け止めるさ」

短くそう返すと、真理も意を決したようだった。すぅと小さく息を吸い込み、一息で話す。



「……ADVは『アンチ・デス・ウィルス』の略。死という概念を消し去る、いわゆる呪い。……彰は、私の中でのこと、覚えてる?」

問われ、何のことかを一瞬はかりかねた。ほどなくして「イザナギの中での出来事」と理解して、こくとうなずく。

「彰に操縦方法を教えたあの時、一緒にADVを投与したんだ。私の操縦者として、彰を生かすため。…………彰はもう死ねない。老いることもできない。命を絶つことは、許されない」

再度、その意味を理解しかねた。

死ねない?

殺されない?

つまり、不死身になった。

ありえないだろう。

どうすればそんなことができるんだよ。

さまざまな言葉が、弾丸のように頭の中を飛び回る。そもそも、不死身になるということ自体、なんの実感もわかなかった。

「……どういう、ことだ?」

半ば停止しかけた思考で、そんなことを口走る。失言だとも知らずに。

「そのままの意味だよ。彰はもう、よっぽどがない限り死ねない」

試してみる?

そんなつぶやきが耳に入り、思わず顔を跳ね上げる。すると。

すぐ目の前に、無感動に俺を見つめる真理。そして、その右手にいつの間にか握られていた、小さなナイフ。

か細い腕が、ナイフが、俺の胸を一つ、突いた。









「―――――っ!」

ことを知覚したとき、俺は反射的に飛び起きていた。

そのまま、荒い息で凍り付いた体を必死に動かす。ナイフが刺されたと思しき場所は―――血に濡れていた。

「う、ぉわあぁっ!?」

上ずった悲鳴を上げて、血で染まった手を遠ざけるように後ずさる。が、現実は変わらない。

目の前には、血をしたたらせるナイフを握った真理が立っている。無感動な瞳で、無感情な顔で、俺を見つめる。

「ね。彰は死ねない。誰に何をされようとも、ADVが再生させる。死ぬっていう選択は、もう許されないよ」

その言葉で、改めてADVの、ナノマシンのもたらす恐怖を知った気がした。



しばらく無言の状態が続いていたたまれなくなったころ、どうにか整理のついた頭が最初に促したのは、ため息だった。盛大に溜息を吐き、頭をかきながら立ち上がる。

「……といわれても、どうすることもできないんだよなぁ」

「え?」と、真理が思わず聞き返す。

正直な話、まだ納得できたわけではなかった。だが、理解はできた。そうして考えた結論は「だからなんだ」という、至極さっぱりとした答えだった。

「不死身になった、それがどうしたんだよ。……少なくとも、今は関係ないさ」

そんなことをのたまいながら、内心ではいつこんなクソ度胸がついたのかと考えている。だが、本心からそういうことができたのは、すこしだけ安心した。

俺の胸中を同じ心で汲んだのか、真理が目に見えて狼狽する。

「で……でも、もう彰、死ねないんだよ?」

「今も言っただろ。それがどうしたんだ、って」

今度は毅然とではなく、優しく答えた。うろたえる真理を、安心させるために。というか、それ以外の選択肢がなかった。

しばらくおろおろしていた真理だったが、やがて落ち着くと一言「ごめんなさい」と小さな言葉が返ってくる。気にするなとジェスチャーを送り、

ともかく中断した話を続けるために椅子に座らせてから、俺も改めて座った。血に濡れたシャツをどうしようかと考えていると、不意に真理が口を開いた。

「……彰には、私と戦ってほしい。彰は私の操縦者になったから、一緒にいたい。ダメ、かな?」

最後の遠慮がちな問いは、先ほどの悶着を経ての言葉なのだろうか。そんなことを考えながら――若干淀んだ考えを混ぜつつ――、俺は静かに首を縦に振る。

「もちろんさ。……俺の復讐に付き合ってくれるなら、だけどな」

その言葉を聞いた真理が、静かに憤慨する。

「私だって悔しい。恵介を殺されたんだもん、ファンタズマに。……私だって、復讐したいよ」

その言葉で、改めて同じ記憶を持っているんだと認識した。




「それで、これからどうするんだ?」

数十分後、新しく入れたココアを飲みながら、俺と真理は話し合う。内容は、今後の行動についてだ。

「とにかくは、黒獅子の出方まち。さっきの動画の黒獅子は……オルデンだっけ、そこに保護されたって聞いたよ」

「ってことは、ほかの黒獅子が出るまで待つしかないのか。……どっちにしても、長くなりそうだな」

「でも、世界にはファンタズマがあふれてる。あいつらを倒さないと、黒獅子は壊せないんだ」

そうなると、当面は襲撃してくるファンタズマの殲滅が目的になりそうだ。そう結論付けて、早めに議論を打ち切ることにした。まだ9時を回ってもいなかったが、今日はいろいろなことがあって疲れている。すでに目が持ちそうになかったが、もう少しやることは残っている。

「……真理は、この後どうするんだ?」

一番気がかりなのが、真理の身柄についてだった。士郎が手引きしてくれたというが、この後はどうするべきなのか。

「私?……行くところもないから、士郎に頼んで保護してもらうかも、だね」

帰ってきた答えは、少々味気ないものだった。さみしく思う反面、安堵する。彼の元ならば、危険な目に合うことも少ないだろう。そうわかっていたはずだったのだが。

「……ちょっと待ってて」

いたずら心が、俺を動かした。携帯を手に取り、夕方にもらった番号に電話を掛ける。休息中だったのか、数秒するとすぐに出てくれた。

≪もしもし、飛鷹です≫

「あ、俺です。夕方のパイロットです」

≪……あぁ、君か。どうしたんだ、こんな夜に?≫

「いえ、ちょっと、折入ってお話をしたくって……いいですか?」

士郎に許可を得て、俺は顛末と希望を話してみた。正直受け入れられるかはわからなかったが、士郎はどこまでも軍法破りだったようだ。上層部に掛け合っておく、と快諾してくれたのは、かなりありがたかった。

礼を述べて電話を切り、真理のほうを向くとすぐ近くに顔があった。「うおっ」と軽く驚く。

「……何の話だったの?」と問いかけてくる。どうやら、会話の内容が気になったようだ。

「大した話じゃないさ。……真理をこっちであずかれないか、って話さ」

預かる、という言葉には語弊があったかもしれないが、真理には理解できたようだ。



「つまり、私はここに住む?」

「そうなる。……よろしくな、真理」

少しまよったそぶりを見せていたが、少女は花のような笑みを浮かべてくれた。

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