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その紹介状にはイラストが付いていた。

頭が猿、胴が虎、そして尻尾が蛇だった。


「キメラか」


紹介状にもそう書いてあった。

キマイラでは無いらしい。

聞くと、キメラは昔どこかの国が戦争用の兵器として作ったらしい。

それが今も生き延びて、人を襲う。


「この街の北に2、3日くらい行った所をうろうろしてるらしくってさ。こっちに来るとは限らないけど、来たらやばいってんで討伐依頼が5日前から入ってるんよ。ただ、誰も受けられる人がいないんだよね」

「こんな大物が来たらどうにもならないだろう」

「ならないねえ」


あまり緊迫感が無い。


「お願い!」


スルゲリに聞く。


「大物なの?」

「そうだな。キメラは総じて危険だな」


友達の顔を思い浮かべる。

あまり友達を危険だと思った事は無い。


「トロールと比べてどっちが危険?」

「キメラだな」

「スルゲリはキメラと戦った事は?」

「あるよ。あんまり相手にしたくは無いな」

「げ!そんな事を言わないでよ!」


倒せば金貨3枚出すよ!と言われても、必要な分は既に持っている。


「余計な事をしない方が良いんじゃない?」


こっちに来るとは限らないのだ。

変に突ついて、例えば私が負けて、その匂いでも辿って街まで来たら目も当てられない。


「それはそうなんだけどさあ。そういうのがいるって聞いただけで不安になるじゃんよー」

「じゃあ、トロールを倒した私が今、ここにいるのも不安なのかしら?」

「あんまりいじめないでくれよー!」


スルゲリは渋い顔をしている。

あまり受けて欲しく無いって事だろう。


しかし、確かに危険な魔獣がうろうろしているのは気持ちが良く無い。

寝ていて、起きたら街が惨事に見舞われていたら、さすがに気分が悪いだろう。


遠い記憶がよぎった。

それは、気が付いたら全てが終わっていた。


目を瞑り、鼻で深く息を吐いた。


「やめとけよ」


スルゲリが機先を制して言う。


「ごめんね。もう決めたわ」

「それって!」

「良いわ」

「あねさん!って呼ばせてください!」






「何で受けるかなあ」

「あら、スルゲリはお留守番してて良いのよ」


一度宿に帰り、準備をした。

行って帰って最短でも4日間の旅だ。


お金はスルゲリの勧めに従って、ギルドに預けた。

お金は重い。

今回の旅には邪魔なだけだ。

死ねばギルドに持っていかれてしまうらしいけれども、どうせ死んでしまったら使えないのだから良いだろう。


「行くさ。お嬢さんひとりに行かせる訳にはいかないだろう」

「男だものね」


自然と笑いがこぼれた。

何とかなる気がした。

何とかなるだろう。


「じゃあ、ナイフを今だけ返してくれ。この鉄屑じゃあどうしようも無い」

「そうね」


そう思っていたなら、剣を買うチャンスはいくらでもあったのに。


準備を終えると、すぐに街を出た。

最後に一応、剣を買う?と聞いたけれども、答えはノーだった。

ナイフがあるから今はいい。

何がしたいのか、いまいち良く分からない。


こう進んでて、すれ違ってしまう事ってないのかしら?

それに対するスルゲリの答えは、神のみぞ知る、だった。

私は神を信じない。

つまり誰も分からないって事だ。






特に何事も無く、順調に進み、日が傾いて来た所で見つけた大木の下を野営地に決めた。

もう少し進めば水源があるらしいと聞いていたけれども、まだ水は残っている。

火を起こし、体を休める。


「本当はな」


唐突にスルゲリが話し始めた。


「最初、アンの事を魂の無い獣だと思ったんだ」


出会った時の事を話しているようだ。


「酷いわね」

「ああ」


それならなぜ、声なんて掛けたのだろうか。


「それで?」

「でも、綺麗だと思った。純粋でまっすぐな戦い方に憧れた」


そうだろうか?

あまり他人に褒められる戦い方はしていないと思う。

山菜採りの依頼人を思い出した。

あれは本気でおびえていた。


「殺されても良いから、話しかけてみたいと思った」

「それで話しかけたの?」

「ああ」


この子は人なんだって目を見てすぐに気が付いたけどな。

そう言って、火を見つめた。


スルゲリが何を言いたいのかが、いまいち分からない。

私も火を見つめた。


「色々な事に疲れていたのさ。世界中を歩き回って。たくさんの他人を見て来て。そういう死に方も悪く無いって思った」


他人。

初めてその言葉を聞いたように、私の心に響いた。

言葉の意味は知っている。

でもそれは今まで、私の心の中に無かった言葉だ。


父も無く、母も無い。

世界には私しかいなかった。

言葉は使われる事無く、私の中で眠っていたのだ。


あの日まで。


「私はずっとひとりだったわ。あの家で、ただ生きていた」

「そうか」

「あなたとは逆ね。私は他人を見た事が無かった」

「そうだな」


何かを口にしようとしたけれども、やがて諦めたようだ。

口にしたのはきっと最初に思ったのとは別の言葉だろう。


「俺が見ているから、先にアンが休みな」






翌日も歩き通しだった。

疲れてしまっては戦う時に困るので休憩を挟みながらではあったけれども。

魔獣の気配は無い。


途中、思い出したように言われた。


「ああ、お友達になれるなんて思わないでくれよ」

「あなたと同じ形をしていても、あの野蛮人とは話したいとは思わないわ」


そこに魂を感じられない相手と、どうあっても分かり合える事は無いのだ。


そして、さらに翌日、言われていた目的の場所に着いた。


集落の跡だろうか。

崩れた石組みや木枠のような物が点在している。

この辺りでキメラを見たらしい。

しかし、今、この時点ではその姿は無かった。


今日はここで一夜を明かす事にした。

それで何も無ければ帰ろう。


井戸が生きていたので水を補給する。

体を伸ばし、剣を振った。

鳥でも飛んでいたら獲ろうと思ったけれども、1羽の鳥も飛んではいなかった。


結局、何も現れず、何も起こらなかった。






起こったのはその翌日だった。

帰ろうと歩き出してしばらくすると、先の方に何か大きな岩のようなシルエットが見えた。

片目を閉じ、手で輪を作り、覗き見る。


岩は上下に動いているようだ。

そして、そのシルエットは徐々に大きくなっていく。


余計な荷物を外す。


スルゲリも準備をする。


「アドバイスは?」

「無いな。むしろ俺がしてもらいたい」


油断無くナイフを構えるその姿は素人では無い。


「じゃあ、怪我しないように頑張りましょう」

「なんだ、その気の抜けるアドバイスは」


矢を1本だけ抜き、思いっきり引く。


大きい。


私の友達と同じくらいか。


顔をはっきりと認識した瞬間、矢を放った。


その顔は猿だった。






かわされた。


飛来した矢を身じろぎひとつでかわしたように見えた。


速い。

そして見た目以上に大きく動く。

余裕を持ってかわさないと、爪の餌食だろう。


虎の体という情報通り、その手は太く、そして長い爪が付いている。

鎧がどこまで役に立つだろうか。


既に弓を捨て、剣を抜いている。

あれは矢でどうこう出来る相手ではない。


まっすぐに私の元へ駆けつけると、そのまま躍りかかって来た。


その跳躍は大きい。


巨体の真下にスペースが出来る。


そこに迷わず飛び込んだ。

猿頭には私が消えたように見えただろう。


しかし、斬りつけるだけの余裕は無い。


体勢を立て直す。


向こうも既にこちらに向き直っていた。


やばい。


生き物として向こうが格上なのを感じる。


「ひるむな!」


その声に反応して猿頭が頭をスルゲリに向けた。


跳ぶように走る。


再び猿頭がこちらを向く。

その顔に剣を落とした。


浅い。


十分な間合いだったにも関わらず、刃は猿頭の顔を軽く引っ掻いただけに過ぎなかった。


信じられない事にたった僅かの間で体を退いたらしい。


剣を途中で止め、そのまま下から突き上げる。


届け!


その間に私が進められたのはたった一歩の距離だけだ。


しかし、そのたった一歩の前進は猿頭の目へと剣を届かせた。


貫く。


眼球が割れ、血が噴き出した。


しかし、届いたのはそこまでだった。


体に衝撃。


吹き飛ばされた。


何に?


ぐるぐると回る自分の体を意識する。


何も分からない。


やっと止まった時、手に剣が無い事を最初に意識した。


血を吐き出す。


無理矢理に息を吸う。


一気に苦しくなったわね。


体を持ち上げる。


そこに猿頭が口を開けていてもおかしくないと思った。

しかし、目に飛び込んで来たのは私の元に滑り込んで来た私の剣だった。

反射的に手に取る。


手は動く。


足も動いた。


前を向く。


スルゲリが前足の一撃をかわして、その腕に一閃していた。

前足が裂け、血が噴き出す。


やっぱり強いんじゃない。


私の剣を投げたのはスルゲリだろう。

戦いながらそんな真似をするのは尋常じゃない。


彼は私が潰した目の側に回る。


彼は私以上に小さい。

死角に回られ、そして近くで動かれる程に彼の姿が見えなくなっているに違いない。


幾筋も傷つけられているにも関わらず、猿頭の動きは鈍らない。


立ち上がる。

スルゲリを助けなければならない。

ここへ連れて来たのは私だ。


猿頭は一度、がむしゃらに走り、振り返ると体ごとぶつかるようにスルゲリに躍りかかった。

それは私の時よりも低く、速い。


走ろうとして体がきしむ。


スルゲリはかわせなかった。

ぶつかり、潰されるように組み敷かれる。


走る。


組み敷かれながらも、自由になっていた手で猿頭のもうひとつの目にナイフを突き刺す。


走る。


狂ったような吠え声。

そして、猿頭の前足が振り下ろされた。


走る。


猿頭は目を潰されているのにこちらを向いた。


走る。


威嚇するように吠えた。

匂いと音だけでは私を捉えきれないだろう。


走る。


行け。

そんな声が聞こえた気がした。


走る。


体ごとぶつかるように剣を振るった。


私の一撃はざっくりと顔を裂いた。

血が噴き出す。


猿頭がのたうち回る。


さらに近づき、その首に剣を落とした。

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