新たな蛮族
街にいるだけでもお金は掛かる。
やはり仕事をしない訳にはいかないだろう。
依頼なんて1日でそうそう増えたりしないけどな。
スルゲリにそう言われてしまったけれども、またギルドに向かった。
「お、モリーアン。昨日の受ける気になった?」
どうやら顔と名前を覚えられたらしい。
私の顔を見つけると、早速何かしらの紹介状を出そうとする。
「別に私じゃなくても良いじゃない。こんなに人がいるんだから」
ギルドの中には10人ほどが居て壁の張り紙を見たり、カウンターの向こうに話しかけたりと騒がしい。
「いやいや。良い腕の奴らは今、街を出ちゃっててね。居るのはそこそこの奴らなのさ」
それを聞いて、隣にいた豚顔が怒り出す。
私にまで火の粉が飛びかかりそうだ。
もめ事はごめんだ。
別のギルドの係員がまあまあとなだめ、何かしらの紹介状を出している。
どうやら気は逸れたらしい。
心の中でその係員に礼を言う。
「あの山鳩みたいな仕事が良いわ。そういうのは無いの?」
「今は狩猟依頼は無いなぁ。ああ、それならこれはどうだ?」
そう言って出されたのは、あの森に山菜を採りに行くから護衛をして欲しいという依頼だった。
値段は銅貨10枚。
宿代にもならない。
しかし、勝手に山鳩を獲って売ればお金になるのではないかと思った。
「あそこに護衛なんているのかしら?」
「だから蛮族が出るんだって。モリーアンが行った時には出なかったのか」
気配も無かった。
あの明るい森にあいつらが出るイメージは湧かない。
「良いわ。何にも出なくてもお金は貰えるのでしょう」
「それは勿論」
もう慣れたと思ったのか、スルゲリは一言も発しなかった。
ギルドを出ると、小手を受け取った。
やはり少しきつい感じがしたけれども、今の鎧ももう馴染んでいた。
こういう物なのだろう。
聞いていた依頼者の家に向かう前にスルゲリに聞く。
「剣を買わなくて良いの?」
スルゲリの腰に下げられているのはあの蛮族の粗い剣だ。
剣と言うよりもこん棒と言った方が印象的には合っているかもしれない。
ナイフを私が貰ってしまった以上、何かしら買うべきだろう。
「そうだな。今の所はこれで良いよ。俺もアンの横で見てたけど、俺が気に入ったのは無かったからな」
それは私用にと出された剣だったのだから、当然では無いだろうか。
もっとちゃんと条件を言えば、きっと見つかるはずだ。
「探せばあると思うけど」
「今は俺の事よりもアンに付き合うよ。依頼者に会うんだろう?」
結局は押し切られた。
仕方が無いので依頼者の家に向かう。
おじいさん、と言うにはまだ若いだろうか。
依頼者は年の行った男性だった。
家は周囲よりも造りがしっかりしていそうだった。
顔にも威厳のようなものが感じられる。
どこか父に似ている気がした。
ギルドの半券を見せると、喜んで準備をし出した。
どうやらすぐにも行きたいらしい。
そのあまりにも急いだ様子に私とスルゲリは顔を見合わせて、笑ってしまった。
道すがらに聞くと、どうやら山菜採りは趣味らしかった。
今時分にあそこでしか取れない山菜があるらしい。
森は静かで明るい。
木々のざわめきが心地良い。
慣れているのか男性はどんどん進んで行く。
あまり先に行かれて何かあってはまずいだろう。
少し抑えて歩いてください。
そう言った時にはゆるめるものの、少し経つとまた進み出す。
やれやれ。
静かで明るい森なので警戒はしやすい。
隠れられる所と言えば木の陰だけだ。
あまり木に近づかないようにしてください、とそれだけは何度も注意して心がけてもらった。
木の陰から突然、ばっさりでは対応のしようが無い。
やがて目的の場所に着いたらしい。
小さな沢が流れている。
その側に先が渦を巻いているような草が茂っていた。
男性が慣れた手つきで持って来た袋にそれを入れていく。
私もスルゲリも周囲を警戒する。
手伝ったりはしない。
やがて満足したのか、立ち上がり、行きましょうと声を掛けてきた。
何事も無いなら、それが良い。
元来た道を戻る事にした。
木々の間に影が見えた。
距離は遠い。
依頼人にも指示をして木の陰に入り、観察する。
一見して人の形をしている。
しかし何かおかしい。
地面に顔を付けるようにしては、立ち上がり歩く。
それを繰り返していた。
スルゲリも見たくない物を見た、と言わんばかりの顔をしている。
「あれはそう?」
「ああ、そうだな」
多くを語らなくても何を言いたいのかはお互いに分かった。
つまりあれは獣なのだろう。
怒りのままに人を襲う蛮族。
形だけの人。
魂が込められなかった人で無し。
スルゲリとふたりだけなら押し通っても良い。
人数はふたりだった。
ひとりがひとりと戦えばそれで済む。
しかし、今は依頼人がいる。
戦っている最中に何かを投げつけられたりしてもうまくない。
向こうに仲間がいてもアウトだ。
まだ向こうは気付いていない。
赤い肌をした大柄の男だ。
上半身は裸でぼろぼろのズボンをはいている。
腕には一抱えして持つようなこん棒。
地面に伏せた時に見える背中には大きなこぶがいくつも出来ている。
「やっかいだな。トロールだ」
弓は利かないと思っとけ、とあっさり言われた。
頑丈な肌と少しの傷なら即座に回復する体力が特徴の種族らしい。
あれは匂いを追って来ているのだろうか。
足跡を見ているのかもしれない。
迂回しながら走って森を出るのと、あいつらに追いつかれるのとではどちらが早いだろう。
依頼人を見ると、おびえている。
トロールなんて、とうわ言のように呟いていた。
それ程に恐れられる奴らなのか。
知らない相手とはあまり戦いたくはない。
しかし、今の状況は戦った方が依頼人の事を考えると安全な気がした。
「行くわ」
そう言って、ナイフを抜いてスルゲリに渡した。
スルゲリが持つのが、あの粗い剣では心もとない。
弓と矢籠も外して渡す。
「俺もやるよ」
「依頼人を見てて頂戴。他にいないとも限らないわ」
口をへの字に曲げると、分かったよと言ってくれた。
剣を抜く。
さあ狩りの時間よ。起きなさい。
木々に隠れるようにして、巨漢に向かって走った。
巨漢との間の木が切れた。
多少、迂回するようにして走ったので、巨漢の斜め前の位置だ。
それは巨漢2体が直線に並ぶ位置。
まだ距離は遠い。
もはや気付かれずに近づくのは無理だろう。
それでも不意を打つために持てる限りの最速で接近する。
走れ。
疾走れ!
巨漢が顔を上げる。
私を見て叫ぶ。
それは言葉ではない。
獣の叫びだ。
怒りだけは伝わってくる。
うるさい。
汚い奴が騒ぐな。
余計目障りだ。
抱えたこん棒を持ち上げる。
遅いよ。
遅い。
遅い!
巨漢はまだこん棒を後ろに引いた所だった。
奴が凪ぎ払うまで待つ必要は無い。
剣を振るう。
突進する力の加わった一撃は巨漢の肩に入った。
枝を砕くような感触が伝わる。
構わず体をひねり、体重をかけるようにして腕を押し、刃を引く。
一度緩むかに思えた刃は加速する。
腹までをやすやすと切り裂いた。
血が跳ねる。
膝が落ちた。
もう1体は切り倒した巨漢が邪魔で私には攻撃できない。
振り抜いた刃を上げ、今度は横に一閃する。
巨漢の首が落ちた。
首が無くては何も出来まい。
もはやその体に命が無いと知っているのか、もう1体の巨漢がこん棒を振り上げていた。
その長さは私に届く。
跳び、後退する。
巨漢の一撃は首の無い死体を叩き潰した。
力強く、速い。
重さに任せて振り下ろす、その速さは脅威だ。
頭に警戒の火が灯る。
こいつは最早私を逃がしたりはしないだろう。
その太い足は走れば大きな体を馬のように押し進めるはずだ。
危ないと思った時程、観察するんだ。
それは私があの暗い森で学んだ事。
巨漢が再びこん棒を持ち上げる。
跳んで攻めても私の刃は届かない距離。
しかし、向こうのこん棒も届かない距離。
振り下ろす前にさっきみたいに斬る事は不可能だろう。
あれにたたき落とされたら、ひとたまりも無い。
どうする。
どうする?
間には死体がある。
しかし、それを嫌って立ち位置を変える事を巨漢はしなかった。
目に力を込めて、巨漢の目をにらむ。
1歩だけ前に出た。
この距離をどう読むか。
巨漢は私の目から目を逸らさなかった。
そして私に釣られるように、1歩前に出た。
死体に足をとられて、わずかにバランスを崩す。
やはり魂が無いのか。
頭が悪すぎる!
それを見て前に出た。
巨漢はバランスを崩しながらもこん棒を振り下ろす。
その速度は先程よりも力がこもっていない。
体を開いて半歩分、左に体をずらす。
風を切って轟音が過ぎ去る。
地面が揺れた。
その揺れに弾むように、私は跳んだ。
振り上げた剣を回す。
それに合わせて体をよじる。
横薙ぎに放った一閃は、その首をあっさりと斬り跳ばした。
手作りの弓矢
スルゲリのナイフ
橋の剣
左:銅革の小手 右:布革の小手
鹿革の粗いベスト
牛革のベルト
木の靴
脅迫の魔眼:睨まれると行動が制限される。なんてスキルはありませんが。恐ろしいお嬢さんです。