ちょっとピクニックへ
まずは買ったばかりの橋の剣を研いでもらおう、という話になった。
「主人は研いだって言っていたけれど?」
「あれは素人に毛が生えたみたいなものさ。剣の状態を見れば分かる。今の状態だとプロに一度やってもらった方がいい」
そう言って向かったのは、先程、迷ってオーダーで作ってもらおうか悩んだ鍛冶工房だった。
買わなかった客がすぐに別の剣を持って現れるのはどうだろう。
そう聞くと、研いでもらうのもタダじゃないし、他の職人の仕事を見られるのも勉強になるんだから気にする必要は無い。
そう言われてしまった。
剣を渡し、研いでもらう。
私がいい加減にやった所で、あの主人と大差ないだろう。
仕上がりは明日になるという事だった。
勿論、それまで何もせずに待ってはいられない。
つい後回しにしてしまったけれども、次は靴だ。
革職人のいる工房に向かう。
工房の中にはたくさんのブーツが並んでいた。
すぐに作って欲しいという話はしない。
いくつかの商品を見せてもらう。
縫製や革の扱い方。
それらが問題無さそうか見た。
実際にはスルゲリが色々と聞いているのを横でふんふんと聞いていただけだったけど。
良い腕の職人がいるらしい。
実際に手に取って見た感じもしっかりしてそうだった。
工房の中を見ると、ベルトも置いてあった。
剣を下げ易いように工夫がされている。
何より良いと思ったのは、腰の後ろ側にナイフが差せるようになっていた所だ。
矢籠は結わえて下げれば良いだろう。
ちょうど良かったので、これも買う事にした。
持ってきた鹿の皮を見せると、これならロングブーツを作りましょう、という話になった。
膝の少し上までを覆うブーツのようだ。
何でも良かったので、言われるままに頼んだ。
皮を持ち込んでいたので、考えていたよりは安かった。
採寸を行い、前金とベルトの代金を払って工房を出る。
出来るのは1週間後との事だった。
皮は鹿から剥がしてそのままの状態で特に何もしていない。
色々と加工の必要もあるだろうから、それくらい掛かるのだろう。
「1週間だと微妙ね」
街に滞在するには長く、かと言って家に帰るには短い。
「せっかく街まで来たんだ。ゆっくりしていけばいいさ」
自分で稼ぐ手段が無い以上、あまり長居したいとは思っていない。
父の残したお金にはあまり手をつけたくなかった。
そう言うと、ギルドに案内してくれた。
「何?ここは?」
その建物の中はにぎわっていた。
鎧を着込み、武装した人であふれている。
壁には覆い隠すような張り紙。
5人がカウンターの向こうに立ち、武装した人と話をしている。
「簡単に言っちゃえば仕事の紹介所さ。アン向きの狩りや討伐の仕事も受けられるぞ」
「私の特技が暴力だけだと思っているのね」
「アンの料理も割と好きだけどな」
あら、そう。
ここでスルゲリと話していても、仕事は受けられない。
適当にカウンターの空いている所に入り込み、話が終わった係員を捕まえる。
頭がトカゲだった。
これで話せるのかしら?
「いらっしゃい。見ない顔だね。ここは始めて?」
「ええ。そうよ」
「じゃあまずは登録をしてもらおうか」
これに記入して、そう言われて1枚の紙を出された。
名前、使える武器、これまでに狩った事のある獲物、討伐した蛮族の種類、大体そんな所だった。
どういう風に記入したら良いのか分からなかったので、スルゲリに言われるままに記入していく。
書き終わるとトカゲに見せた。
「おお、終わったかい」
どれどれと言って内容を改める。
「へぇ、これはお姉ちゃんので間違い無いんだよな?」
スルゲリと見比べて言う。
「俺じゃないよ。このお嬢さんの方が俺よりも全然腕は上さ」
そうだろうか?
スルゲリが戦う所をあまり見ていない。
それでも一緒にゴブリンに襲われた時の動きは凄く良かったと思う。
なあ、と同意を求めてきたので曖昧に頷く。
「そうか。まあ蛮族のゴブリンを撃退出来るんならある程度の仕事が紹介できるかな」
そう言うと、持っていたファイルからいくつかの紙を取り出した。
「最初だからこの辺だろう。好きなのを選びな」
どうやら仕事の紹介状のようだ。
ひとつひとつ確認すると、山鳩の狩猟依頼があった。
依頼主が料理店である事、なるべく多く獲ってきて欲しい事、1羽当たり銅貨9枚で買い取る事、最低でも3羽は欲しい事が記載されている。
私にとっては山鳩は普通の獲物だ。
特に難しいものでもない。
その割には良い値段のような気がする。
そう思ってスルゲリに聞くと、山鳩は高級食材のひとつらしかった。
あまり普通の人が食べる食材では無いらしい。
あんなに簡単に獲れるのに。
「これにするわ」
トカゲに見せる。
そうか、と受け取ると、紙の下側を切り取って私に渡す。
これが依頼を受けた証のようだ。
これと獲物を持って、またギルドに来れば良いらしい。
この辺りで山鳩が獲れるのはどの辺りなのかを聞いた。
私たちが来た方角とは反対側に少し進むと森があるようだ。
そこで獲れるらしい。
「お姉ちゃんにはいらない忠告かもしれないけれども、あそこも蛮族がたまに出るから一応注意しな」
蛮族とは私の家の近くにも出た、あの嫌な小人達の事だろう。
スルゲリに聞くと、そういう奴らは殺してしまっても大丈夫らしい。
スルゲリは苦笑いしている。
また暴力的だと思っているのだろう。
ギルドを出ると、日が大分傾いていた。
そろそろ宿を取るか、とスルゲリが言い出した。
私も同意すると、宿を探した。
泊まったのは昨日よりも安い宿だった。
銅貨20枚だった所を1週間泊まるからと言って、18枚にまけてもらった。
部屋は昨日泊まった宿とあまり変わりがないようだ。
そう言うと、広さが違うだろう、と言われてしまった。
そう言われればそう感じる。
あまり部屋の広さという事を気にした事が無かった。
足を伸ばして眠れるならそれで良いというものでは無いらしい。
スルゲリと夕飯を食べ、部屋に戻るとすぐに眠った。
明日は剣が戻ってくる。
楽しみ楽しみ。
真っ先に剣を頼んだ工房に向かった。
研いでもらった剣は均一な曇りになっていた。
聞くと、この剣はこれで良いらしい。
剣は何でも鏡のように研げば良いというものでは無いと始めて知った。
刃先だけが妖しく煌めいている。
どこかそれが猫の目を思い起こさせた。
「まるで猫みたいな剣ね」
「猫?」
「そう。眠っているかと思えば、急に飛び起きて獲物を襲うのよ」
そんな感じがしない?
そう聞くと、アンの感性は分からないけれど、と前置いて言う。
「じゃあアンにはぴったりだな。アンみたいな暴れるお嬢さんには、ちょっと眠っているくらいの猫の方が長い付き合いになりそうだ」
暴れるお嬢さん、という言い方が気になったけれども、この剣とは長く付き合いたいと思った。
剣を差すと、早速森に向かう事にした。
天気は少し雲が出ていた。
これくらいなら雨にはならないだろう。
明るい森だった。
私の家の側の森とは違うんだ。
そう感じさせる森だった。
雲間から射す光が、樹々の間から漏れている。
「明るい森ね」
「街が近いからな。木こりがいるんだろう」
そう言われて見ると、切り株が点在している。
あの森もいくつか切り倒せば、明るくなるのだろうか。
いや、必要も無いのに切ってしまっては木も救いが無いだろう。
しばらく眺めた後、山鳩を探す事にした。
慣れない森のせいか、なかなか見つからない。
迷っても仕方無いので順番に探して行く。
その内に3羽の山鳩が見つかった。
どれくらいの距離で飛び立つのか知っているので、あまり驚かさないようにそろそろと限界まで近づく。
矢を3本抜いた。
これが私が一息に放てる限界だ。
そっと矢をつがえ、放つ。
矢は直線よりはやや放物線を描くと、山鳩の胸を貫いた。
その間にも既に次の矢をつがえている。
1羽が射抜かれたのに驚き、飛び立つ山鳩を射る。
1本は外れ、最後の1本は羽を射抜いた。
2羽、一度に獲れたのはラッキーだった。
特に2羽目よりも最初の1羽だ。
少し緩かったので、逃げられてもおかしくなかった。
「さすがだな」
「運が良かったのよ」
この辺りの山鳩は警戒感が薄いのかもしれない。
その後も狩りを続けた。
結局獲れたのは4羽だった。
あれくらいの警戒感ならもう少し獲れても良かった。
腕が鈍っているのかもしれない。
そう言うと、笑われてしまった。
「十分凄腕だよ」
鮮度が良い方が良いだろう、という事ですぐにギルドに持って行った。
「もう獲れたの!?そんな弓で!?」
昨日のトカゲに渡すと驚かれた。
最初は服が違ったので別のトカゲかと思ったけれども、合っていたらしい。
時間はまだ昼を少し過ぎた辺り。
普通はもっと掛かるものなのだろうか?
しかし、そんな弓とは失礼な。
私が作った弓に文句を言われたくない。
「私が作った弓よ。文句ある?」
「いや、悪かった。そうか。装備で人を判断しちゃいけないな。凄いお姉ちゃんがいたもんだ」
昨日の半券を渡すと引き換えに銅貨36枚が貰えた。
依頼通りの金額だった。
もう少し獲れていれば多少は色が付いたかもしれない。
途中、剣の感覚を覚えるために、試しに振り回していたのにも時間を使ってしまった。
それでも2日分の宿代になったので、それなりに満足した。
それならこういうのはどうだ?と勧められたのは、魔獣妖獣の類いの退治依頼だった。
知らない相手と戦うのは危険が伴う。
受けても良いかと思ったけれども、どうせなら装備が整ってからにしたいと思った。
次に勧められたのは荷運びの護衛の仕事だった。
達成料金は良かったけれども、ブーツの完成に間に合わなくなる。
やたらとそういう仕事ばかり勧めてくるので、断ってギルドを出る事にした。
「急に愛想が良くなったわね」
「ギルドには嘘をついて登録する輩もいるからな。アンがそういう輩じゃないって分かったんだろ」
「大した事はしてないわ。それに嘘をついてどうするの?出来ないものは出来ないものよ」
「違いない」
やはり最初はああいう危険の少ない比較的簡単な仕事を紹介される。
例えば私が受けた依頼だったら、普通は1日に1羽か2羽も獲れれば十分で、何日かに分けて達成するものだったらしい。
それがただの半日で獲ってきてしまったとあっては、その腕に間違いは無いだろう。
それで信頼されたのだ。
そういう仕事を面倒に感じて、一気に難しい依頼を紹介してもらいたがる人もいるらしい。
そういう仕事は当然大金が手に入る。
しかし、そういう事を考える実績の無い人間にいちいち大きな仕事を紹介しても、結局は失敗する。
ギルドの信用が下がる。
そういう問題が常にギルドを悩ませているらしい。
「私はああいう仕事を地道に受け続けたいと思うけど」
「そうだな。中には蛮族相手に斬り伏せて、それで楽に大金を手に入れたいって連中も多いのさ」
「あいつらにだって手練はいるわ。私はそういうのの相手をするのはお金が貰えてもごめんよ」
「つい最近、相手にしたばかりだけれどもな」
その度に剣を折られてたら割に合わないわ。
未だに根に持っていた。
今日は残った時間で小手を探す事にした。
「どうせなら鎧も新しく買ったらどうだ?作った俺が言うのも何だけど、それ、見た目良くないぞ」
「そう?私は気に入っているわよ」
ため息をつかれた。
「そういう所が妙に男らしいと言うか。まったく」
何軒か回り、古道具屋で見つけた銅と皮を組み合わせた左手用の小手と布と皮を組み合わせた右手用の小手を買った。
それぞれが片欠けの状態だったので安かった。
少しサイズが大きかったので、スルゲリに直してと頼んだけれども断られた。
「街にいるんだから職人に頼みなって。ほら、そこの工房が直しもするって看板出してる」
言われるままに入り、頼んだ。
早いもので翌日取りに来てくれれば良い、それまでにやっておくと言われた。
「スルゲリの腕は良いと思うわよ」
「職人と比べたら素人の手仕事だよ。プロに研いでもらった剣を見たろ」
確かに。
それを言われてしまっては何も言えない。
宿は決めてあったので、どこか食べるお店を探しつつ、街を歩いた。
街の中は騒がしい。
家に帰れば私が立てる物音だけ。
後は虫か鳥の鳴き声か。
そんな世界から随分遠くの世界に来た気になった。
手作りの弓矢
スルゲリのナイフ
橋の剣
藁の小手 → 左:銅革の小手 右:布革の小手
鹿革の粗いベスト
つる草のベルト → 牛革のベルト
木の靴