街へ
話を聞くと、街はここから歩いて3日程の距離にあるらしい。
意外と近かったようだ。
街には父がたまに出かけていた。
母が死ぬと、父は街に行かなくなった。
その父も死に、私は元々街に興味が無かった。
街に行くと言っても、すぐにとはいかない。
鹿の肉はいくつかに分けて燻製にした。
余った端を焼いて食べた。
久しぶりに食べた鹿の肉はおいしかった。
スルゲリは肉より魚が好きだと言った。
その割には彼は残さずおいしそうに食べた。
肉を食べ終わった後に、家の中にお金が無いか探す。
スルゲリも協力してくれた。
見つけたら少し分けてあげる。
そう言ったけど、気持ちだけもらっとくよ、と言われてしまった。
見つかってもそんなにたくさんは出ないだろう、とでも思われたのだろうか。
心外な。
いや、私もそんなに無いだろうとは思ったか。
お金はあった。
なぜ誰も私にその事を教えてくれなかったのだろう。
お金は地下の食糧貯蔵庫の隅にひっそりと置いてあった。
何も聞いていなかったので本当に驚いた。
それは拳程の小さな革袋だった。
しかし、その中身は全て金貨だ。
スルゲリに聞くと、大金らしい。
それでも約束は約束として、その中から2枚を取り出し、スルゲリに渡そうとするも、気持ちだけで良いってばと言って受け取らなかった。
「あなたも案外義理堅いのかしら」
「案外な。飯だって食わせてもらったし、泊めてもらった。アンと一緒にいるのは楽しいから、それで良いって」
きっと何かのために親父さんが残しておいたんだろう?そんなの貰えないよ。
そうまで言われてしまえば諦めるしかない。
危ない目にもあっているのだからこれくらい貰えば良いのに。
でも、またちょっとこの変な小人が気に入った。
「見た目はともかくいい男ね」
「一言余計だ」
翌日は早く出る事に決まった。
準備を終えて、その日は早くに寝た。
おやすみなさい。
薫製を担いで行くには街はちょっと遠い。
スルゲリがどうしたものか、と考えているので友達を呼ぶ事にした。
口笛を吹く。
高く高く響き渡るように。
「どうしたんだ」
「友達を呼んだのよ」
しばらく待つと、1頭の赤い馬が駆け寄って来る。
馬、と言うには妙な馬だ。
まず前足が太い。
まるで虎か何かだ。
そしてその足にはひづめの代わりに爪が生えている。
顔はまるで狼だ。
たてがみは無く、やはり狼のような毛が生えている。
馬と言うには首が少し短い。
しかし、その体、後ろ足、尻尾は馬である。
「久しぶりね。来てくれてありがとう」
「ずいぶん恐ろしい友達だな」
「そう?優しい顔をするのよ」
撫でてあげると嬉しそうに目を細めた。
「キメラか。いや、野生のだからキマイラか」
「キメラ?キマイラ?」
「簡単に言うと、色んな動物の特徴を持った魔獣だよ」
ふーん。そう。と簡単に返事をする。
この子はこの子だ。
そんな話には興味無い。
スルゲリにも近づき、彼のにおいを嗅いでいたが、燻製の余りの肉をあげるとがぶがぶと食べた。
食べている間も撫でてあげた。
「魔獣は普通、そんな風に他の生き物には懐かないんだけどな」
「この子が小さかった頃に面倒を見てあげたのよ。私もまだ小さかったわ」
後ろ足に大きな傷を負っていて、草原で動けなくなっていた所を父と自分が助けたのだ。
傷が治り、しばらくしてから草原に帰したけれども、たまに家に顔を出すようになった。
その度に肉をあげ、撫でてやった。
思えば随分長い付き合いだ。
「名前は?」
「そういえば無かったわね。今まで気が付かなかったわ」
そうか。名前か。
考えてみたものの何も思い浮かばなかった。
いや、それで良いのか。
「この子にはこの子が思う自分の名前がきっとあるわよ。私が勝手につけるべきでは無いわ」
あなたは名前なんて無くても友達。
ね?
そう話しかけると、一声鳴いた。
友達に燻製と皮をくくり付けた。
ちょっと嫌そうな顔をしたけれども我慢してもらう事にする。
角はスルゲリが持っていた。
「それじゃあ行くか」
スルゲリのかけ声で私たちは街へ向けて出発した。
草原を歩く。
しばらく歩くと、かろうじてそれだと分かる道に出た。
まるで獣道だ。
時折、休憩しては歩く。
嫌な小人も襲って来ない。
風も無く、本当に静かな日だ。
途中休んでいる時に近くの木に鳥が飛んできたので射落とした。
種類は分からない。
小さかったので友達にあげた。
スルゲリはどこか遠くを見ていた。
夕暮れにはまだ時間がある頃に小さな泉に着いた。
「今日はここまでだな。水の補給も出来るし、無理に進む事も無いだろう」
薪は歩きながら拾っていた。
友達から荷を下ろし、火を起こす。
日が落ちる前に家から持ってきていたパンと燻製を食べた。
どうせたくさんあるのだ。
ふたりで少しくらい食べた所で変わらないだろう。
食べ終わると、気になっていた事を聞いてみた。
「スルゲリは出会った時、森で何をしていたの?」
「何だったかな。昼寝でもしてたのかもな」
あの森が昼寝に向いているとは驚きだ。
真面目に答える気は無いらしい。
それなら別の事を聞いてみよう。
「あなたとあいつらの違いって何なの?姿は良く似ているけれど」
あいつらとは森でいつも私を襲って来る嫌な小人達の事だ。
「人として生きるか、獣として生きるか、その違いだよ。俺は人として生きる事を選んだけれど、あいつらは獣として生きる事を選んだのさ」
良く分からない。
ただ、確かにあいつらの事を人と思った事は無かった。
「最後の皇帝の話を知っているか?」
皇帝と言う言葉は始めて聞いた。
何だろうか、それは。
「要は王様と一緒さ。昔々の話なんだけどな」
スルゲリは淡々と話し始めた。
昔、国という物があった。
そこでは人々が集まって暮らしていた。
みんなで物事を決める時に全員の話を聞いていたらいつまで経っても決められないので、そこで暮らす人達は代表者を選んで決める事にした。
代表者達の中でも最も力のある人が王様、あるいは皇帝と呼ばれ、国を治めていた。
しかし時が流れると世界中の国々で人々の数が減っていった。
人が減ると代表者を選ぶ必要が無くなり、やがて国も無くなっていった。
多くの国が無くなっていく中で、最後まで国である事に拘って人を集めた皇帝がいた。
人は減り続け、もはやどうしようも無くなった時に皇帝は絶望して自殺する事にした。
その時に、皇帝はある呪いを掛けた。
国を必要としない人は獣になってしまえば良い、と。
世界中の人達に呪いは降り注ぎ、世界の半分は人のままだったけれども、残りの半分は獣になってしまった。
「ただのおとぎ話だけどな」
「それであいつらは獣になってしまって、あなたは人のままだったの」
「もしかしたら先祖がそうだったのかもな」
話は良く分からなかった。
「私は人かしら?それとも獣?」
そう聞くと、スルゲリは笑った。
「アンは間違いなく人だよ。獣なみにワイルドだけどな」
女の子に言う科白では無い。
そう言うと、さらに笑われそうだったので言わなかった。
2日目も順調に進み、3日目、だいぶ街まで近づくと、スルゲリが友達を街まで連れて行かない方が良いと言い出した。
実際に人を襲ったりしなくても街の人達にとって、友達は恐ろしく見えるそうだ。
私としても友達が街の人達に襲われたりしたら悲しい。
荷を降ろし、友達に別れを告げる。
「ここまでありがとう。もう大丈夫。先に帰っていて」
体を撫でてあげると、友達は私の匂いをしばらく嗅いでいた。
「大丈夫だから。ひとりで帰れるわね」
何度も撫でてあげると、やがて振り返り、走り去った。
「ありがとう!」
その声に答えるように、友達は一声鳴いた。
夕方前に街に付いた。
街は賑わっていた。
様々な特徴を持った人達の姿がそこにはあった。
スルゲリのような小人もいる。
顔が動物の者もいた。
背中に羽が生えている者もだ。
あの羽で空を飛べるのだろうか?
「ねえ、これみんな人なの?」
「ああ。自分で自分を人だと思っているなら、みんな人なんだろうよ」
外見が自分と違うからっていきなり斬り掛かるなよ、と釘を刺された。
私を何だと思っているんだろう?
別に血を見るのが好きな訳では無い。
分けられているとは言え、大袋4つの鹿の燻製は重い。
「取り合えず、これを売ろう」
声も出さずに頷く。
重い。
そう口に出すと余計重くなりそうで嫌だ。
一度、荷を降ろし、スルゲリが走ってお店を探しに行った。
やがて一軒の肉屋を見つけると戻ってきた。
鹿の燻製は銀貨1枚で売れた。
あまりこの辺では鹿は獲れないらしい。
予想外に良い値段になったとスルゲリは喜んでいたけれども、私にはいまいち物の価値が分からなかったので、そんなものかと思った。
あれひとつで一ヶ月は食べられるのにな。
そう言うと、スルゲリに笑われた。
「まずは宿を探すか」
皮や角は大した重さではない。
それらを売る前に、宿を取る事にした。
宿は銅貨30枚だった。
つまり、あの銀貨1枚で3日分の宿代って事だ。
安いのか、高いのか、いまいち分からない。
探せばもっと安い宿はいくらでもあるらしい。
ま、アンは始めてだからな、と多少良い宿を取ったようだった。
スルゲリと同じ部屋でも良かったけれども、彼がそれを嫌がった。
今まで同じ屋根の下で寝ていたのに、今更何を気にしているのだろうか?
半日弱、あの肉の塊を運んで疲労困憊だった。
部屋に入り、布団に倒れ込むと、そのまま意識が無くなった。
おやすみなさい。
キメラとキマイラの違いは創作です。
手作りの弓矢
スルゲリのナイフ
藁の小手
鹿革の粗いベスト
つる草のベルト
木の靴