モリーアン
私はひとりだ。
親はもう既にこの世にいない。
家の周りに広がるのは草原、森、そして川。
これで全て。
森で倒木から太い枝を切り出してきた。
削り、新しい靴を作る。
木の靴は固く、衝撃で割れる事もしばしばだ。
しかし、私には革で靴を作る技術は無い。
これが私の手で得られる最上の物なので文句は無い。
歩き、跳ね、感触を確かめる。
悪く無い。
ショートソードを研いだ。
父が遺した形見だ。
私の体には少し短い。
父は私よりも背が低かった。
その事で死んだ父に文句を言っても仕方が無いだろう。
弓に弦を張り、くぐるようにして体に通し、斜めに掛ける。
腰に巻いたつる草の紐に剣を通し、矢籠を付ける。
腕に小手代わりに藁を巻く。
軽く体を伸ばし、狩りに出かける事にした。
この辺りで獲るのは主に山鳩だ。
他にも鳥はいるけれども、私はあの鳥が好きだった。
時には鹿が獲れる事もあるけれども、私の住む家の周りは警戒されているのか、滅多に現れる事は無い。
森を歩き、獲物を探す。
しかし、今日はついていなかったようだ。
現れたのは3体の醜い小人だった。
身長は私の半分程しか無い。
肌の色は緑色で見ているだけでイライラしてくる。
生意気にも上半身を革鎧で身を固めているのが2体、ただ布の服を着ているだけのが1体。
いずれも手に抜き身の剣を握っていた。
小人は私を見ると、叫び、襲いかかってきた。
その動きは速い。
3体を同時に相手にする事は出来ない。
振り返り、走る。
弓を持った小人がいないのは幸いだ。
弓を体から外し、走りながら矢をつがえる。
跳ぶ。
空中で振り返り、矢を射る。
そのまま体を回し、再び前に向かって走り出す。
小人の潰れたような短い叫び声が聞こえた。
続いて、聞こえたのは怒号。
狙ったのは顔だ。
例え死ななくともリタイアは確実だろう。
御愁傷様。
また跳んだ。
しかし、振り返ると、小人の姿は無い。
いや、脇の木の陰に入ったのがちらりと見えた。
読まれている。
足を止め、弓を投げ捨て、剣を抜いた。
小人が剣を振りかぶり、駆け寄る。
バラバラだ。
そんな攻撃の仕方では殺してくれと言っているようなものだよ。
最初に寄ってきた鎧無しの小人へと間合いを詰める。
剣を振りかぶっていたら、後は振り下ろすしか出来る事は無い。
小人が振り下ろすよりも早く、その胸を剣で突いた。
すぐさまねじる。
小人が苦悶の呻きを漏らす。
その腹を蹴り跳ばした。
さようなら。
次の小人が斬り掛かってきた。
振り下ろされた刃を跳ぶように後退してかわす。
空中で剣を投げた。
剣は小人のむき出しの太ももに刺さった。
間合いを詰める。
小人は崩れ落ちて、動かない。
その胸を蹴り跳ばす。
倒れた小人に馬乗りになり、その手の剣を奪い、喉を裂いた。
吹き出した血が私の服に降り掛かる。
気持ちが悪い。
小人の剣を投げ捨て、私の剣を抜いた。
小人の剣は出来が悪い。
私の体には合わない。
使い道は無い。
他に何か、使える物が無いだろうか。
そう思い、小人に座り込んだまま調べようとした時に声が降ってきた。
「何とも恐ろしいお嬢さんだな」
目線を上げると、別の小人がいた。
すぐさま立ち上がる。
ごくごく軽装の小人だ。
所々を革で補強した布の衣服に革のベルトとマント。
さっき私が顔を射た小人だろうか。
それを引きずって近づいて来る。
弓を拾う。
小人がはっとした表情になった。
「ああ、そうなのか。あんたに危害を加える気はない。あったら、そいつらに気を取られている内にうまくやった」
小人の言う事に矛盾は無い。
しかし、いつでも弓を使える気持ちにしておく。
話す小人なんてあやしい奴に会ったのは始めてだ。
歩いて4、5歩の所で止まると引きずってきていた小人を放った。
既に事切れている。
首がばっくりと裂けていた。
この小人がやったのだろう。
それなのに、今来た小人には返り血を浴びた様子が無い。
「俺の名前はスルゲリ。ただのゴブリンだ。よろしくな」
スルゲリはさらに3歩近づき、手を差し出してくる。
私は近寄らず、手も取らない。
「なんだよ。名乗ったんだからお嬢さんも名乗ってくれよ」
「モリーアン」
「変な名前だな。アンで良いか」
変な小人には言われたく無い。
たった今殺した小人を見る。
外見は一緒だ。
「あなたはこいつらとは違うの?」
そう言うと、スルゲリは反吐でも見るような顔をする。
「こんな奴らと一緒にして欲しく無いね。俺は俺だ。こいつらとは違う」
確かにこいつらとは違う。
ならば、この小人は一体、何のために私に声を掛けてきたのだろうか。
こいつらのような追いはぎならば、話す必要は無い。
「何が目的」
「いや、目的なんて無いよ。強いて言えば、お嬢さんと話してみたかったのさ」
話す?
話してどうなると言うのだろう?
疑問を隠さずに顔に出す。
スルゲリはそれを見て笑った。
「まあ、いいさ。連中から使える物をぶんどるんだろ。手伝うぜ」
言うが早いか、彼は自分で運んできた小人を調べ出す。
鼻で深く息を吐いた。
訳が分からない。
まあいい。
私も小人の持ち物を探った。
小人は特に何も持っていなかった。
使える物は無い。
いつの間に外したのか、スルゲリは手に小人が着ていた革鎧を持っていた。
「あなた、それが欲しいの?」
「いや、お嬢さんはこういうの着ない訳?」
今、私は布の服を着ているだけだ。
鎧なんて物は無い。
「大きさが合わない」
「作り直せば良いじゃんか」
「私にそんな事は出来ない」
スルゲリがあきれたような顔をする。
「良く分からないお嬢さんだな。本当に。いいよ。それじゃあ俺が作ってやるよ」
そう言うと、もう1体からも革鎧も奪い取った。
川に向かい、革鎧から血を洗い流した。
川が赤く染まる。
ついでに服を脱いで、血で汚れた服も洗った。
「ちょ、おま!お嬢さんよー!」
スルゲリは慌てたように後ろを向いた。
スルゲリの後ろに何かあるのだろうか。
しかし、そちらを見ても何も無かった。
服が乾くまで、弓を釣り竿にして魚を釣ってから川を離れた。
家にこの変な小人を招き入れても大丈夫だろうか。
こいつの仲間が集まってきたりしないだろうか。
そう思ったけれども、その時は皆殺しにすれば良いだろう。
家に入ると、スルゲリはきょときょとと中を見回している。
「思ってたよりも普通の家なんだな」
どういう意味だろう。
「何」
「いや、てっきりもっと血なまぐ、いや、何でも無い」
言葉の途中でにらむ。
懐から一本の針と小さなナイフを出すと、器用に革鎧をばらしていく。
「器用なものね」
「これくらいはやってれば誰だって覚えられるさ」
確かに私はやってみようとも思わなかった。
だから出来なかったのか。
幾度か、私の体に合わせ、切り、つなぎ合わせ、それが鎧の形になっていく。
それはまるで魔法だ。
「あなたって凄いのね。見た目は気持ち悪いけど」
「その一言は余計だ」
いや、出会った時よりかは好感を持っていた。
今はそれほど気持ち悪いとは思っていない。
魚を焼き、野草でスープを作る。
食事の用意が終わった頃、革鎧は完成した。
食べるように言い、早速、鎧に身を通してみる。
形はベストのようだ。
肩当ては無い。
胸からお腹を守るような造りだ。
体にぴったり合っていた。
動いてみる。
ちょっと窮屈だ。
「これ、小さくない?」
「革に水分が残ってるからな。馴染んでくればそれでちょうど良くなるだろう。あんまり気になるようなら、また直してやる」
確かにしばらくは使ってみないと分からないだろう。
「いいわ。しばらくは泊まっていきなさい。このお礼はするわ」
魚を頭から食べつつ、スルゲリは笑った。
「意外に義理堅いんだな」
それを聞いて、何故だか私も少し、笑ってしまった。
手作りの弓矢
形見のショートソード
藁の小手
布の服 → 鹿革の粗いベスト
つる草のベルト
木の靴