side.A
ひっそりと静まりかえった控室。
コツコツと少し歩いただけでもその音が部屋に響く。
何度も何度も広くはない部屋を往復しながら「柄にもなく緊張してるのかもしれないな」そう思い、苦笑した。
だから正直安心したんだ。君がノックして部屋に入ってきた時。君の顔が普段より緊張でこわばっているのを、君の声が少し震えていたのを、君がいつも通りにしようとしていたことを、知っていながら、僕は逆に緊張から解放されたんだ。
「もうすぐ始まるな。」
君が言う。
「ああ。」
僕が答える。
そのセリフも全て僕には予想通りのものだった。いや、お互いにと言うべきか。なんせ出会ってから17年も経ったのだから。
始まりは君だった。
小学3年生、中途半端に転入してきた僕をいきなり睨みつけてきた君。気付けば友達になっていた。中学も高校も照らし合わせたわけじゃないのに同じになって、しかも何故かよく同じクラスになった。高校3年生夏、相手校の校歌を聞きながらマウンドで涙を流した君を僕はフェンス越しに見つめた。その日、恥ずかしくて言葉にもしなかったけれど確かに友達から親友に変わったと感じた。大学は別だったけど大学の友達よりも大事だった。それは今も変わらない。きっと僕は君の親友であり続ける。これからも。
「結婚おめでとう。」
「ああ。」
僕が答えて会話は始まった。きっと予想通り。でも僕らは続けるんだ。この幕間劇を。
互いに視線を合わせて苦笑する。
窓の外に風に舞う桜の花びらが見えた気がした。
君は一度うつむき、けれどもすぐに僕を見据えて言った。
「好きだったんだぜ。」
「うん・・気付いてた。」
「ずりぃな。全く。」
「お互い様、だろ?」
「まあな。」
沈黙が再び訪れる。
そしてどちらからともなく僕たちはキスをした。
それは一瞬で。けれども永遠にも等しい。
「ばーか。」
「それはこっちのセリフだ。」
少しの間があいた後、僕らは笑った。
「今日の二次会、みんなでお前の事つぶすことになってるから♪」
「なっ!僕が酒苦手なの知ってるだろ?!」
「主役なんだ。覚悟しとけ♪
んじゃ、俺そろそろ席にいくわ。」
そう言って君は背を向けた。
「ああ。後でな。」
「ああ、後で。」
祝福の鐘がもうすぐ聞こえる。