記憶の片隅で
吹雪が玄関の中まで入り込んだ。肌を通り過ぎる冷たい空気が、温かな部屋に混ざって溶けていく。冷たい空気は雪を連れて来る。白いエントランスの中でフワフワと浮かぶ雪が、父の肩に不時着して、姿を消した。
アンが見渡すと、色んな人が泣いたり笑ったりしている。抱き合うもの、キスをするもの、泣いているものまでたくさんいた。
【アン…泣かないで。】
その中でとある女性だけは、アンの頬を温かい両手で包んでいる。碧眼の目でアンを見つめている。
女性は赤いダウンジャケットを着ていて、足元にはパンパンのリュックが座っている。誰が見ても外へと出かけていくことがわかる。アンはそれを見て泣いているのだ。溢れ出る言葉にできない感情が、涙と声に成って溢れ出る。それを止めることができないでいた。
【この子は君が帰ってこないって思ってるんだ。】
【もぅ…言わないで。この子が怖がっちゃうでしょ。】
いかないでと言いたかった。だが引く喉が邪魔をして、声が出ない。
【希望が指し示す方へ行くの。】
【ヒック…希望?】
【そうよ。私は…私の希望はアン。だからどんなとこにいても、あなたのそばを離れない。テトラみたいにね。】
母は右目を起用に使ってウィンクしてみせる。
【だから、ちゃんといい子で待ってて。お土産だって期待していいのよ!】
簡単な返事すらできない。アンは頷いて見せると、父親にキスをした。
【変な花を見つけても持って返ってくるなよ。オジジがうるさいんだよ。】
【いいじゃない。少しくらいお茶目の方が可愛げがあるってこと。】
【…マイケル、生きてると思うか?】
【そうじゃないと困るわ。じゃないと殴れないもの。】
父と母の簡単なやり取りだけして、彼らは玄関の向こう側へ歩いていく。
世界が分かつ外と中。アンは止めることができなくて、手を伸ばすことしかできないでいた。




