断罪されるはずの悪役令嬢、なぜか無関係でした
目覚めたら、昔読んだ小説の悪役令嬢になっていた――。
どうしましょう。これは……何なのかしら。
私……アナスタシアはそう思った。
昔読んだ、という記憶はあるものの、今の私の頭の中に、まるで予言書が頭の中に流れ込んできた。
そんな感じです。
今日は王立学園の入学式。
これから3年間、私は婚約者と急接近する平民の特等生を、いじめて、いじめて……
その上実家の権力まで使って殺そうとするのだ――
そうして、卒業式で断罪。
確かに、殺人未遂までしてしまっては婚約者に振られてしまうのも当たり前――
けれど、この公爵家の娘を地下牢に一生閉じ込めて終わり、なんて、おかしくはないですか?
私はため息をついた。今のは、ただの荒唐無稽な夢だといいのだけれど……。
「おはようアナスタシア、迎えに来たよ。」
支度を整えて待っていると、来訪者が訪れました。
婚約者のミハイル様です。
「おはようございますミハイル様。今日も王国の太陽が輝いておられますこと。」
深々とカーテシーをする私に、ミハイル様は笑いました。
「アナはいつも通りだね……結婚したら、変わってくれると嬉しいのだけれど……」
この国の王太子様に丁寧にしない人間がどこにおられるというのです?
私たちは馬車で学院に向かいます。ミハイル様に手を取られ、馬車から降りたその直後……
「ぎゃああああ!?そこの人、どいてください!!!」
学園の前の階段から、躓いて転がり落ちてくる桃色の髪の少女……!?
ミハイル様は咄嗟にその少女を腕の中に収めました。
「す、すみあせ……ん、びっくりしたぁ……」
この国の王太子様に丁寧にしない人間、ここにいましたわね……
……今日、夢で見た通り……
おそらくこの少女は平民の特待生で、あの夢は、予言書……!
少女はペコペコと頭を下げて、お騒がせしましたっ!
と走って去っていきました……
……ほとんどが貴族の通うこの学校で、大変不安です……
どうやら桃色の髪に青い瞳の美少女は、エリカという名のようでした。
……調べずとも、噂が凄くてすぐ耳に入ってきます……
階段を転がり落ちて無傷だった。
子猫を助けるために木に登り、そこから落ちても着地が完璧だった。
意地悪をした男爵令息に窓から投げられたカバンを追って、2階の窓から飛び降りて平気だった……
……平民というより、野生児なのでは?
ともかく……この学校にはマナーの時間もあるのですから、少しはましになってほしいものなのですが……
いえ!なぜ私は心の中でエリカさんを応援しているのでしょう。
夢の中の予言書では、ミハイル様と3年間で愛し合うようになる人!
私が応援することなど、何もありません!
……ええ、私はミハイル様のことが好きです。だからこそ、不安なのです……
あの少女……エリカさんのことが……
そして入学式から1週間後……最初の小テストです。
エリカさんは、見事に学年1位を取っておられました……
実技はまだないため、マナーなどは省かれていますが、座学は完璧なようです……
そして、学園では次々とエリカ伝説が生み出されていました……
屋上(4階)から落とされても途中の取っ掛かりを掴んで助かったとか。
歩いている所に上から鉢植えを落とされても腕の一振りで粉砕したとか……
もう野生児を超えていませんこと!?
あと、私、何もしていないのに、もういじめられ始めていませんこと!?
予言と違うのですけれど!?
学園は、特等生へのいじめを心配したのか、座学が完璧なのも良かったのか、エリカさんを生徒会へ避難させることにしたようです……
生徒会は、基本的には男性の、それも高位の貴族の方しか入れません……
私を除いた生徒たちの驚きは、激しかったようです。
でも私は知っています。生徒会でエリカさんをめぐって多角関係が築かれること……
「アナ、不安に思うかもしれないが、大丈夫だ。女性に接近されるのは確かだが……私が君以外に心が揺らぐことなどないよ。」
「はい……」
それでも知っています。
ミハイル様は、最終的には彼女に惹かれて、私を地下牢へ見捨てることを……
私は、重い腰を上げることにしました。
ミハイル様観察作戦!です!
そうして、私は時間の許す限り、生徒会の外でのミハイル様を観察することにしました……。
いじめの事も学園から託されているのか、周りにはミハイル様以外にも騎士見習いの侯爵子息や、
私の従兄弟のロン毛眼鏡の陰険ニコラスなんかもエリカさんの側におられます……
これは、侍っていると見られても、仕方ないような……
同じクラスとはいえ、距離が近すぎますわね……
ミハイル様を見つめます。
優しい笑顔が、いつか私ではなくあのエリカさんに向けられる日が、もうすぐ来る……
そう思うと、いても立ってもいられませんでした。
生徒会の方々が離れた隙に、話し合いをしようとエリカさんを追います……
しかし、追ったその先には!
バシャアアン!
バケツで思い切り水をかけられたエリカさんと、知らない令嬢たちが数人……
「あなた!生徒会の人に迷惑をかけるのではなくってよ!」
それは私のセリフでは!?
慌てて藪から飛び出しました!というか、エリカさんの軌道、野生動物のようでした……
「お待ちになって!」
それは……私がすべきことなのでは?
予言との違いに混乱しながら、私はエリカさんの側に立ちました。
「お、落ち着いてくださいまし、皆様……」
「あなた、誰ですの!?私たちの話し合いを邪魔しないでくださる!?」
水をかけるのは、話し合いとは言わないのでは?
「お待ちになって……まさか、公爵家のアナスタシア様……!?」
「ミハイル様の婚約者……!」
……まるで蜘蛛の子を散らすように令嬢たちは逃げていかれました……
「あの、えっと……アナスタシア、さん……で、いいんでしょうか?」
側に立ったエリカさんが、話しかけてきます。
「助けてくれて、ありがとうございます!あの人数を、傷つけずに撃退するにはどうしようかな、って、困ってたんです!」
こっちはこっちで何か物騒なことを考えていらしたわ!?
そこへ……
「エリカ……アナスタシア?」
エリカさんを探しに来たのでしょう……ミハイル様が、通りかかりました……。
濡れたエリカさん、私の足元に転がっているバケツ……
わ、私、いじめてなんていませんわ!?
「アナスタシア……まさか、君が?」
陰険ニコラスは黙っていてくださいまし!
……エリカさんに、ハンカチを渡しているのは評価しますけど!?
「とりあえず、エリカ、生徒会室へ戻ろう。予備の制服があったはずだ。……済まない、アナスタシア。時間がかかりそうだ。今日は先に帰っていてくれ……」
……誤解されました。絶対に、ミハイル様に誤解されましたわ!!!
「え?でもアナスタシアさんは……」
「いいから、行こうぜ!」
エリカさんは皆さんに連れて行かれて生徒会室へ向かうようでした……
私は一人寂しく、公爵家の馬車に乗りました。
やっぱり婚約破棄?一生地下牢?
私、どうしたらいいのかしら?
エリカさんに親切にすれば?それとも逆に近づかなければ?
予言は、もう、役に立っているのか立っていないのか分かりません……
もしかして、明日も1人で、登校することになるのかしら……
ミハイル様の笑顔を思い浮かべて、私は涙ぐみました……。
その後もなぜか、予言の通りにエリカさんへのいじめは起き、そばに私がいて、そこへ生徒会の皆様が通りかかる、ということが続きました……。
予言と違うのに、結果は同じになっていく……
皆にも、遠巻きにされている気がしてなりません。
ミハイル様は、
「済まない……少し、調べることができた……暫くは、通学は1人でしてくれ。」
とのこと……やはり、私を疑っていらっしゃるのでしょう……
陰険ニコラスも、学内で何か調査をしているらしいですし……
誰かを睨んだり、紙束を持って走っていたり……
何をしているのかしら?まさか、私の身辺調査!?
でもやっぱり誤解で一生地下牢は嫌ですわ!どう考えても酷すぎますわ!
私にできるのは、日々なぜか忙しそうに学生たちに何かを聞いて回るミハイル様をこっそり見つめることだけ……
す、ストーカーじゃありませんことよ!?
そうして、今日は一年の終わり……。
エスコートに、ミハイル様はいらっしゃいませんでした……。
「少し面倒事が起きてしまった、済まない、ホールで落ち合おう」とのこと……
私の銀髪にピッタリの、アメジストの髪飾りは送ってくださいましたけど……
これは、フェイクなのかしら?
もしや、2年早く、私は断罪されるのかしら?誤解で?
「どうなさったのですか?お嬢様……顔色が……」
そうして訪れた年末式の大ホール……
煌めくシャンデリア、並ぶ数々の美味……。
1年前は楽しみでしょうがなかったあれこれが、今は重く肩にのしかかります。
そうして、パーティーが始まる直前……
「皆、聞いてくれ!我が学園の生徒会に籍を置く、エリカのことだ!」
ミハイル様がついに声を上げました……
私は小さく震えます……ああ、予言通り、断罪が始まってしまうのね……
「この1年……観察と調査を繰り返してきましたが、あまりにもエリカさんへのいじめが多い!」
陰険ニコラス!あなたの声は聞いてなくってよ!
せめて断罪前にミハイル様のお声を多く聞きたいという私の乙女心、わからないのかしら!
「イグナチェフ!ウラジーミル!ベンケンドルフ………」
いや、私の知らない名前ばかり並んでいますわね……
「アレクサンドル!ヒェンフェルト………」
いや長い長い!長いですわよ!?あと私の名前がない!?
「………以上68名!何か申し開きはあるか!」
……結局、私の名前は呼ばれませんでしたわ……
……あれほど恐れていたはずなのに、信じられなくて、足の力が抜けそうになります。
というか68人……多すぎますわ……
……?なぜか陰険ニコラスとエリカさんだけ壇上にのこってる……
ミハイル様は?
「済まない、合流に遅れたな。」
いつの間にか横に来ていたミハイル様にびくりとしました。
「ようやくアナスタシアに会う間が出来た……いじめの件数の多いこと多いこと……」
「み、ミハイル様……」
「ああ、今はニコラスに花を持たせてやろうと思ってな。あれだけ犯人探しに必死になっていたし、彼女の前でいい所も見せたいだろう。」
彼女!?陰険ニコラスに!?まさか……エリカさん!?
「それにしたって、この1年間疲れたよ……アナの顔もほとんど見られなかった……アナ?」
「わ、私……断罪、されませんの……?」
「なぜそんな事を思うんだ?」
「だって、いつも、エリカさんのいじめの現場に……」
ミハイル様は優しく笑って言いました。
「被害者本人が違うと言い張っていたし、しっかり相手の特徴も覚えていたからな……それにしても……ニコラスのやつ、エリカの為だからと言って張り切る張り切る!」
私は肩の力が抜けて……涙がぽろりと落ちました。
「アナスタシア!?」
「も、申し訳ありませんミハイル様……私、てっきり、嫌われたのかと……」
「そんなわけ……いや、これは調査のためだからといって、アナに理由を話していなかった私が悪いな。」
済まなかった。アナスタシア。
そう言ってミハイル様は頭を下げます。
「お、おやめください、王国の太陽が、そのようなこと……」
「君の不安を思えば当然だった……許してほしい。」
「許すも許さないもありませんわ……私が勝手に、不安になっていただけのこと……」
不安にしてくれたあの夢の予言書は、頭のなかでビリビリに破り捨てて。
「私たち、きっとお互いに言葉が足りていなかったのですわ。」
「そうだな……これからの人生、共に歩む相手として、隠し事は、なしにしようか!」
「はい!」
そして私たちはダンスホールへ歩を進める。
1年間、触れ合えなかった分を埋め合わせるように。
アメジストの髪飾りは、もう疑う理由などないとでも言うように、静かに煌めいていた。




