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4.冠に棘

 …ああ、視界が赤い。

 どこまでもどこまでも私を追いかけるように、赤い影が伸びていく。

 言い表しようもない恐怖に笑う膝を叱咤して、私は一心不乱に走ろうとしていた。その度にまだ熱い左耳から、だらだらとねっちょりとした何かが垂れてくる。妙に熱を持った赤い何かが。

 もうそこには無くなってしまった私の象徴でもある片方の長い耳は、今もそこにあるように痛みを訴えてくる。

 全てのことがうるさかった。赤く燃える視界も、絶えず痛がるこの耳も、怖さでふらつくこの足も。全部が全部、うるさいことでしかなかった。

「エルフィリア」

 と、誰かが私の名前を呼んだ。

 私の体が最大級に強張る。と言うか、強張りすぎてもはや震えていた。

 いやだ、いやだ、怖い怖いと、頭の中の私が叫ぶ。その声は“お役目”についている時の私とは大違いで、酷く幼くてそれ以上に必死だった。

 やめて、やめてと、私はずっと叫ぼうとしていた。それなのに、私の喉はかすかすと空気を浅く出し入れしているだけだった。

 大きな手のひらが伸びてくる。

 私をまた、“あの場所”へ引きずり戻すために。私にまた、手足の枷をはめて自身の欲の手駒にするために。

 涙を流すことを思い出した時には、もう全てが手遅れになっていた。この頭にのせられた冠が、私を傷つけて絡め取る何かに変わり果てていることに気が付かなかったのだ。棘のついたそれを脱ぐことは、きっともう叶わない。

 手のひらが私の顔を覆うようにして、私を掴んだ。

「ぁぐっ…」


 …すべてが、まっくらやみにつつまれた。

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