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勇者パーティーの背景係  作者: 真咲


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7話 名も無き兵士の死

 その違和感は、音から始まった。

 

 城門前。出発前の整列。

 兵士たちが装備を確認し、馬車に荷を積んでいる。

 

 金属の擦れる音。

 革紐の締まる音。

 遠くで勇者が指示を出す声。

 

 不意に、頭の奥で何かが鳴った。

 

 かつ、かつ、かつ。

 規則的な足音。

 

「……違う」

 

 目の前の光景が、ほんの少しだけ歪む。

 まるで、何かを“思い出しそうになる”感覚。

 

 視線が勝手に一人の兵士へ向いた。

 

 若い。たぶん二十歳前後。

 緊張した顔で槍を握っている。

 

 名札を見る。

『ロイド』とだけ書かれていた。家名はないので平民かもしれない。

 

「……ロイドさん」


 思わず声に出る。

 彼はこちらを見て、ぎこちなく笑った。


「補給係さん。今日は長旅になるそうですね」

「ええ……その、気をつけてください」

「はは、勇者様がいるんだ。心配ないさ」

 

 かつ、かつ、かつ。

 また、足音が聞こえる。

 

 城門の石段。

 彼が踏み出す未来が、見える気がする。

 

 足を滑らせる。

 落下。

 頭部強打。

 死亡。

 

「……っ」


 凄惨な光景に息が止まる。

 これは空想じゃない。確信だ。

 事故が、起きる。

 

 ノアさんの言葉が蘇る。

 

 “結果が先に決まっている可能性がある”

 

 これは――きっと決まっている未来だ。

 

「ロイドさん、待って!」

 

 声を上げた瞬間、周囲が少しだけ静まる。

 

「え?」

 

 彼が振り返る。

 

「靴紐、緩んでます」

 

 とっさの嘘だった。

 

「え、あ」


 視線が足元へ落ちる。確かに、紐が少し緩んでいた。

 

 彼はしゃがみ、結び直す。

 その間に、整列の順番が一つずれる。

 彼の立ち位置が変わる。

 

 城門が開く。兵士たちが進む。

 ロイドさんが石段を踏む。

 

 ――何も起きない。

 

 普通に降りる。そして普通に歩いていく。

 

 胸の奥が、強く鼓動する。

 

「……変えた。変えられた」

 

 小さく呟く。

 その瞬間――空気が凍った。

 

 風が止む。

 音が消える。

 

 世界が、ぴたりと静止する。

 視界の端が白く染まる。

 

 ――修正開始

 

 今度は、はっきり聞こえた。

 

 視線が、強制的に逸らされる。別の兵士が視界へ滑り込む。

 

 石段を踏み外す。

 身体が傾く。

 落下。

 鈍い音。

 血。

 悲鳴。

 

 音が、帰ってくる。

 風が、吹く。

 

「大丈夫か!?」

「医療班を呼べ!」

 

 誰かが倒れている。

 知らない顔。名前もわからない兵士。

 

 ロイドさんは無事だ。

 ただ、呆然と事故を見ている。

 

 私は立ち尽くしていた。

 膝が震える。

 

 今のは、今のは――

 

「……代わった」

 

 世界は事故を消さなかった。

 ロイドさんではない“別の誰か”にしただけだ。

 吐き気が込み上げてくる。

 

 足音が近づいてくる。振り返らなくても誰のものかはわかった。

 

「君が動かしたな」

 

 そこにいたのはやっぱりノアさんだった。

 

「私……助けたかっただけです」

「理解している」

 

 彼は倒れた兵士を見下ろす。

 

「だが世界は“犠牲の総量”を変えないらしい」

「そんなの……」

「物語に必要な悲劇は、必ず起きる」

 

 静かな声だった。

 

「勇者が出発する場面に、緊張感は不可欠だ」

 

 喉が締まる。

 目の前で運ばれていく担架。

 名前も呼ばれない。

 

 ロイドさんは無事だ。

 でも――私は助けられていない。

 

「……私のせいですか」

 

 ノアさんは少しだけ考えたあと、言った。

 

「いや」

 

 一拍。

 

「君が“見てしまった”からだ」


 城門の外。

 勇者が振り返る。

 

「どうした?」

 

 何も知らない顔。

 

 物語は、順調に進んでいる。

 私はその背中を見つめながら、初めて理解した。

 この世界は優しくない。

 

 主役は守られる。

 

 でも――背景は、いくらでも差し替えられる。

 

 そして、私はきっとイレギュラーだ。

 

 差し替えられないモブ。

 

 だからこそ、壊せるかもしれない。

 この、物語そのものを。

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