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勇者パーティーの背景係  作者: 真咲


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6話 賢者は偶然を信じない

 賢者ノア・ヴェルグは、偶然を信用しない。

 

 世界は法則でできている。

 魔法も奇跡も例外ではない。

 理解できない現象は存在しない。ただ、まだ理解されていないだけだ。

 

 だから――勇者が三度、同じ角度で躓いた時点で、彼は観察を始めていた。

 

 訓練場の端。

 ノアは分厚い手帳を開き、淡々と記録を書く。

 

 【勇者アルト・レイン】

 疲労蓄積値:限界推定

 呼吸乱れ確認

 筋出力低下明確

 

 そこまで書いたところで、ペンが止まる。

 

 次の行に書くべき文言は正しいものなのか、と。

 

 【数秒後、完全回復】

 

「……ありえない」

 

 回復魔法は使用されていない。

 加護による自然回復でも説明不能。

 

 ノアは視線を上げた。

 訓練場では勇者が再び剣を振っている。

 完璧な動き。

 まるで、さっきの崩れが存在しなかったかのように。

 

 周囲は誰も疑問を抱かない。それが、最も異常だった。

 

「認識補正……いや」


 彼は思考を止める。

 仮説は証拠より先に立てない。

 

 だが、今回だけは例外だった。

 

 なぜなら――

 

「君も聞こえるのか?」

 

 あの少女が反応したからだ。

 

 

 ◇


 

「えっと……何の話ですか?」

「まず確認したい」


 ノアさんにまっすぐ見つめられ、思わず視線を逸らしたくなった。

 勇者パーティの三人目。私との接点は何もない。

 ――だけど、


「先ほど、勇者が倒れた瞬間。何か聞こえなかったか?」


 やっぱりだ。私だけではない。この人もきっと異変に気付いている。

 

「……声、みたいなものが」

「内容は?」

「修正……って」

 

 ノアさんは静かに息を吐いた。

 

「やはりか」

「やはりって?」

「私は二週間前から、同様の現象を観測している」

 

 彼は手帳を差し出した。

 びっしりと書かれた記録。

 

 ・致命傷を負うはずの兵士が無傷

 ・崩れた橋が翌日修復済み

 ・確率的に不可能な成功の連続

 

「偶然が多すぎる」


 ノアさんは淡々と言った。


「世界は確率で動く。しかしここでは、物語的な結果だけが選ばれる」

「物語……?」

「勇者が倒れてはいけない場面では倒れない」

 

 血の気か引いた。

 

「それって……」

「ああ」


 ノアさんはやはり淡々と告げた。

 

「結果が先に決まっている可能性がある」

 

 何も言えない。言葉が見つからない。

 遠くから響く剣の音だけがやけに大きく聞こえる。

 

「……でも、みんな普通でした」

「そこが問題だ」

 

 ノアさんは低く言った。

 

「異常を異常として認識しているのが、今のところ私と君だけだ」

「どうして私が……?」


 声が震える。

 ノアさんは何かを逡巡するかのように少しだけ黙り込む。そして、ゆっくりと口を開くと硬い声で答えた。

 

「仮説だが、君は“登場人物として扱われていない”」

「え?」

「勇者、聖女、兵士。彼らには役割がある。しかし君には分類がない」

 

 彼は手帳を閉じた。

 

「だから修正の影響を受けない」


 ドクンと心臓が跳ねた。

 主役になれないモブの私は、この世界では“異物”ということだろうか。

 

 そのとき――訓練場から歓声が上がった。

 勇者が見事な一撃を決めたらしい。

 

 誰もが笑っている。

 完璧な英雄譚。

 

 訓練場の様子を一瞥してから、ノアさんは小さく呟いた。

 

「もし世界が物語だとするなら」

 

 真っ直ぐな視線がこちらに向けられる。

 

「君は脚本に存在しない登場人物だ」

 

 その瞬間。

 空の色が、ほんのわずかに暗くなった気がした。

 

 まるで――誰かがこちらを見ていることに、気づいたかのように。

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