25話 静かに寄り添う影
森の奥、遠征隊はゆっくりと進んでいた。
剣を背に歩くアルトの横に、補給班のリナがいる。馬車の側で荷物を整える手元を、彼は何気なく目で追った。
いつもより、胸の奥が少し軽い。
世界の重みが、どこか遠くにあるような感覚――勇者として背負うはずの緊張が、ほんの少しだけ薄まっていた。
「……不思議だな」
声に出してみる。自分でも驚くほど、自然に出た呟きだった。
リナは手元を見つめ、黙々と荷物を整えている。
でも、その存在だけで、胸の奥が静かになった。呼吸が落ち着く。肩の力が少しだけ抜ける。
小さく視線を落とすと、彼女の手元の動きは丁寧で正確で、そしてどこか楽しげに見えた。
その仕草に、胸の奥がじんわり熱くなる。
「……ありがとう。というか……なんだろうな」
無意識に口をついて出た言葉に、リナは一瞬手を止め、きょとんと顔を上げた。
「……え? 私、お礼を言われることなんて……」
リナは首をかしげ、わずかに困惑したような様子をみせた。
当然だが自分の存在のおかげでアルトの胸の重みが軽くなっているなんて、リナには分からない。
だから、お礼なんて言ったところで伝わる訳がない。
それでも、伝えたかった言葉を口に出せたことで、心のどこかに嬉しい気持ちが湧き出してきた。
アルトは何事もなかったかのように前を見据える。
風が木々を揺らし、葉がさらさらと囁く。
背中に剣を背負いながら、肩越しにリナの存在を感じる。
胸の奥の緊張が薄れ、呼吸が安定するその感覚は、戦場の最前線で勇者として戦っている時とはまるで違う。
この感覚を、自分のものとして初めて認識したような不思議な心地が、アルトの胸に小さく芽生えた。
リナの存在は無言でも、世界のざわめきを押しやり、偶然のように安定を作る。
その無言の力に、アルトは不意にリナに心を許していっている自分に気づく。
「……今日は、変に気負わずに済むな」
小さく呟く。
リナの側にいるだけで、勇者としての義務感がほんの少し後ろに下がる。
それでも前を歩くべき責任は消えない。
だが、胸の奥のざわめきが和らぐことに気づき、自然と口元が緩む。
リナは荷物を整えながらも、時折アルトをちらりと見やる。
何でもない素振りを装いながらも、その視線は微かに熱を帯び、指先の動きがわずかにぎこちない。
彼女の無意識の心の動きが、アルトにはまだ届かない。
でも、その存在そのものに、彼の胸は少しだけ高鳴る。
森を抜ける光。足音と荷車の軋み。
すべてが、穏やかで確実に進む。
リナの隣で歩くことで、世界の圧力から少しだけ逃れられる――
そんなことを無意識に理解したアルトの胸に、静かで柔らかな感情が芽生えた。
勇者としての道は変わらない。戦場も変わらない。
でも、この一瞬だけ、リナの傍にいることで、胸の奥の重さを忘れ、ほんの少し自分らしくいられる。
そしてリナの手元や視線を無意識に追うたび、心の奥にじんわりと熱を帯びる。
アルトはまだ気づかない。
リナの存在が、自分の中でどれだけ大切なものとなっているかを。




