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勇者パーティーの背景係  作者: 真咲


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23/30

23話 世界が止められなかった一歩

 遠征隊は森の奥へと進んでいた。


 木々は高く、陽の光は細く裂けるように地面へ落ちる。視界は悪く、兵士たちは自然と隊列を詰めて歩いていた。

 私は補給班として最後尾近くを歩き、揺れる荷馬車の横で荷物が崩れないよう押さえている。


 静かな行軍だった。

 けれど――胸の奥が、落ち着かない。

 ざわり、とした感覚。

 理由はわからない。ただ、空気が重い。

 

「……なんだろ」

 

 小さく呟いた瞬間だった。

 

 森の奥から、音が消えた。

 鳥の声が途切れる。

 風も止まる。

 

 次の瞬間――

 

「敵襲!!」

 

 前方の兵士の叫びが響いた。

 地面が弾け、魔物が飛び出す。

 黒い影が隊列へ突っ込み、兵士たちが一斉に武器を構えた。

 剣戟の音。怒号。土煙。

 

 私は反射的に荷馬車の影へ身を寄せる。

 補給班は戦えない。

 邪魔にならないことが、唯一の役割。

 分かっているのに、心臓が早鐘を打つ。

 

 ――近い。

 嫌な予感が強くなる。

 その時、魔物の一体が戦線をすり抜けた。

 兵士ではなく、後方へ。

 こちらへ向かってくる。

 

「っ……!」

 

 足が動かなかった。

 逃げなきゃいけないのに、身体が硬直する。

 視界の端で、兵士たちは前線に集中している。誰も気づいていない。

 

 魔物が跳躍した。

 爪が振り上げられる。

 

 ――間に合わない。

 

 そう思った瞬間。

 

 白い光が割り込んだ。

 

 鈍い衝撃音。

 魔物の身体が弾かれ、横へ吹き飛ぶ。

 私は呆然と顔を上げた。


 目の前に立っていたのは――

 

「エリシア、さん……?」

 

 聖女だった。

 本来、前線に立つはずのない彼女が、私の前に立っている。

 杖を両手で握り、息を乱して。

 防護の光が、私と彼女を包んでいた。

 自分でも驚いたように、エリシアさんは瞬きをする。

 

「……あれ……?」

 

 小さく呟く。

 まるで、自分がここにいる理由が分からないかのように。

 

 兵士が駆け寄り、魔物を討ち取った。

 戦闘はすぐに収束していく。

 けれど私は動けなかった。

 

「どうして……」

 

 思わず口に出る。聖女は守られる側で、危険地帯へ出る理由なんてない。

 エリシアさんは少し困ったように笑った。

 

「……分からないんです」

 

 視線が揺れる。

 

「気づいたら、体が動いていて」

 

 彼女は自分の手を見る。

 まだ微かに震えている。

 

「誰かが危ないって、強く思って……」

 

 そこで言葉を止め、私を見る。

 目が合った瞬間、彼女の表情が少し柔らかくなった。

 

「……リナさん、だったんですね」

 

 私は何も言えない。

 胸の奥が妙に熱い。

 その時、頭の奥でざわりとした感覚が走った。

 

 ――何かが、軋んだ。

 見えない圧力。

 空気が一瞬だけ重くなる。

 まるで世界そのものが「違う」と言ったような、不快な感覚。

 

 けれど次の瞬間、それは消えた。

 何事もなかったかのように。

 エリシアさんは小さく息を吐く。

 

「……不思議ですね」

「え?」

「怖かったはずなのに、ここに来たとき、あまり苦しくなかったんです」

 

 彼女は少し首を傾げる。

 

「前なら、きっと動けなかった気がするのに」

 

 その言葉の意味は分からない。

 でも、なぜか胸がざわつく。

 

 私は視線を落とす。

 荷物は無事だった。

 何も壊れていない。

 まるで最初から守られていたみたいに。

 

 兵士たちが隊列を立て直し、行軍再開の声がかかる。

 エリシアさんは一歩下がり、いつもの聖女の位置へ戻ろうとする。

 けれど去り際、小さく言った。

 

「……さっき、少しだけ安心しました」

 

 振り返らずに。

 

「理由は分からないんですけど」

 

 白いローブが揺れ、彼女は隊列の前方へ戻っていった。

 

 私はその背中を見送りながら、胸を押さえる。

 偶然だったのだろうか。

 それとも、ほんの少しだけ――物語の流れが、予定と違う方向へ動いたのだろうか。

 

 森の奥で風が吹く。

 誰にも気づかれないまま。

 聖女は、本来守られる側であるはずなのに。

 ただ一人、無意識に。

 物語の外側にいる私を、選んで守った。

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