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勇者パーティーの背景係  作者: 真咲


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20/29

20話 ここだけ違う場所

 その夜、私はなかなか眠れなかった。

 

 昼間の出来事と、ノアさんの言葉が頭から離れない。

 焚き火はすでに落とされ、キャンプは寝息だけの世界になっていた。

 

 少しだけ外の空気を吸おうと思い、毛布を肩にかけてテントを出る。

 

 夜の森は静かだった。

 虫の声と、遠くの風の音だけがある。

 

 ――なのに。

 

 胸の奥が、わずかにざわつく。

 理由は分からない。ただ、落ち着かない感覚だけが残っていた。

 

 そのときだった。

 

「……リナさん?」

 

 小さな声が聞こえた。

 

 振り向くと、エリシアさんが立っていた。

 白いローブを羽織っているが、どこか様子がおかしい。

 

「エリシアさん? どうしたんですか、こんな時間に」

 

 彼女は少し迷うように視線を揺らしたあと、苦笑した。

 

「眠れなくて……少し歩いていたんです」

 

 月明かりの下で見る彼女の顔は、ほんの少し青白い。

 

「体調、悪いんですか?」

「いえ……そういうわけではないんですけど」

 

 言葉を探すように、彼女は胸元に手を当てた。

 

「最近、少しだけ……落ち着かないことが多くて」

 

 風が吹く。

 木々が揺れ、影が地面を流れていく。

 

「皆さんと一緒にいるのに、どこか遠い場所にいるような気がするんです」

 

 その言葉に、胸が小さく波打った。

 

「祈りを捧げているときも……時々、自分の声が届いていない気がして」

 

 彼女は困ったように笑う。

 

「聖女なのに、変ですよね」


 私は首を横に振った。

 

「そんなことないです。慣れない旅で、疲れてるんじゃないですか?」

 

 そう言いながら、一歩近づく。

 

 ――その瞬間だった。

 エリシアさんの肩から、ふっと力が抜けた。

 

「あ……」

 

 彼女が小さく息を吐く。

 まるで今まで気づかずに力んでいた人が、ようやく座れたみたいに。

 

「……不思議」

「え?」

 

 エリシアさんは少し驚いた顔で私を見る。

 

「さっきまで、胸の奥がざわざわしていたのに……」

 

 言いかけて、彼女は言葉を飲み込んだ。

 

「リナさんの近くにいると、考えが静かになります」

 

 私は思わず瞬きをした。

 

「そうですか?」

「はい。理由は分からないんですけど……」

 

 彼女は空を見上げる。

 

「ここだけ、少し違う場所みたい」

 

 月明かりが彼女の横顔を照らす。

 その瞬間、胸の奥で微かな感覚が走った。

 

 ――世界のざわめきが、弱まる。

 

 ほんの一瞬だけ。

 周囲の空気が澄んだような錯覚。

 

 けれど次の瞬間には消えていた。

 

「……変なこと言ってますよね、私」

 

 エリシアさんが恥ずかしそうに笑う。

 

「そんなことないですよ」

 

 私は自然に答えていた。

 

「ここ、静かですし。落ち着く場所なんだと思います」

 

 自分でも理由は分からない。

 でも、彼女が少し安心しているのが分かって、それだけで十分だった。

 

 しばらく二人で夜空を見上げる。

 

 遠くで風が鳴る。

 

 ――その瞬間。

 ほんのわずかに、空気が軋んだ。

 

 見えない何かが、こちらを探すような感覚。

 

 思わず肩をすくめる。

 

「……寒いですか?」

 

 エリシアさんが心配そうに聞く。

 

「いえ、ちょっとだけ風が」

 

 そう答えると、不思議なことにその感覚は消えた。

 まるで――見失ったかのように。

 

 エリシアさんは安心したように微笑んだ。

 

「少しだけ元気が出ました」

 

 その言葉に、胸の奥が温かくなる。

 

「ありがとうございます、リナさん」

 

 理由は分からない。

 でも、彼女の負担がほんの少し軽くなったなら、それでいいと思った。


 私たちはテントへ戻るため、ゆっくり歩き出す。

 

 背後で、森の闇が静かに揺れた。

 ――まるで何かが、届かなかったことを確かめるように。

 

 私はその意味を、まだ知らない。

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