16話 決められた剣筋
剣を振るう音が、やけに重く響いた。
乾いた打撃音が訓練場に広がる。
踏み込み、斬り上げ、返しの一撃。
体は正確に動いている。
力の乗り方も、間合いも、以前より明らかに洗練されていた。
それなのに。
「――そこまで!」
訓練官の声で動きを止める。
息を吐いた瞬間、汗が額から顎へと落ちた。
疲労ではない。
むしろ体は軽い。
だが胸の奥に、説明できない引っ掛かりが残っていた。
「勇者様、調子良さそうですね」
模擬戦の相手をしていた兵士が、剣を下ろしながら笑う。
「ああ……まあ」
曖昧に返す。
本当は、違った。
強くなっている実感はある。
剣は迷わず動き、反応も速い。
――なのに。
剣を振るうたび、奇妙な感覚が生まれる。
既視感。
初めて行うはずの動きなのに、体が知っている。
踏み込む位置。
斬撃の角度。
次に来る攻撃。
すべてが、あらかじめ決まっているかのようだった。
(……前にも、やった)
そう思った瞬間、背筋がわずかに冷える。
思い出せない。
記憶にはない。
けれど確信だけが残る。
未来を切り開いているのではなく。
すでに通った道を、正確になぞっているような感覚。
剣を握る手に、わずかな違和感が走った。
ほんの一瞬だけ。
刃が、重くなった気がした。
「……?」
握り直すと、元に戻る。
気のせいだ。
そう思い込み、息を吐いた。
「休憩!」
訓練官の号令で兵士たちが散る。
水筒を受け取り、喉を潤す。
冷たい水が体に落ちていくのに、胸のざわつきは消えなかった。
勇者になってから、ずっと感じている感覚。
見えない何かに背を押されている。
進め。
戦え。
強くなれ。
言葉ではない。
けれど確かに存在する圧力。
立ち止まることを許されない感覚。
「……変だな」
呟きながら視線を上げた。
その時だった。
視界の端に、補給班の姿が入る。
馬車の横。
荷物を整えている少女。
リナ。
箱を開け、布を折り、紐を結び直している。
戦場とは無縁の、静かな動き。
英雄でもない。
奇跡を起こすわけでもない。
ただ、そこにいるだけの存在。
なのに、視線が、離れなかった。
理由は分からない。
だが――彼女を見ていると、頭の奥の圧迫感が少しずつ薄れていく。
さっきまで耳の奥で鳴っていた“急かす気配”が遠ざかる。
風の音が戻る。
兵士たちの笑い声が自然に聞こえる。
世界の輪郭が、わずかに柔らかくなる。
「……なんでだ?」
自分でも小さく笑う。
ただの補給係だ。
特別な力などあるはずがない。
けれど、剣を握っているときよりも、戦っているときよりも、今の方がずっと自然に呼吸ができた。
その瞬間。
訓練場の空気が、わずかに揺らいだ気がした。
ほんの刹那。
世界の音が遠のく。
そしてすぐに戻る。
誰も気づいていない。
兵士たちは談笑し、訓練官は記録を書いている。
アルトだけが、違和感に眉をひそめた。
(……今のは?)
説明できない。
だが確かな直感があった。
もし、この胸の奥の違和感に答えがあるなら。
それは剣の先にはない。
使命の中にも。
聖剣の輝きの中にも。
きっと――あの、物語の外側に立っているような少女の近くにある。
アルトは知らない。
世界が彼を導こうとしていることを。
その導きが――ただ一人にだけ、届いていないことを。




