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勇者パーティーの背景係  作者: 真咲


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14/29

14話 物語に気づかれた日

 午後の行軍が再開して、しばらく経ったころだった。


 森の道は細く、馬車が通るたびに枝葉が擦れ合う音が続く。乾いた葉が踏みしめられ、鎧の金具が小さく鳴る。遠征隊は一定の速度を保ったまま、静かに列を伸ばしていた。


 私は最後尾近くを歩きながら、補給袋の紐を結び直していた。


 いつも通りの仕事。

 いつも通りの景色。


 それなのに――落ち着かない。


 風の流れが妙だった。


 頬を撫でたはずの風が、ほんの一拍遅れて葉を揺らす。誰かの足音も、音だけが少し遅れて届く気がする。


 気のせいだと思おうとした。

 疲れているだけだと、自分に言い聞かせる。


 けれど胸の奥のざわつきは消えなかった。


 まるで――誰かに見られているような感覚。


 思わず振り返る。


 そこには何もない。

 兵士たちが歩き、馬が鼻を鳴らし、遠くでアルトさんの指示が響いているだけ。


 普通だ。

 何も、おかしくない。


 それでも、足が止まった。

 視界の端が、わずかに白く滲む。


「……?」


 瞬きをすると、景色は元に戻る。


 だが次の瞬間、奇妙なことが起きた。

 前を歩いていた兵士の荷袋が、紐から外れ、落ちかける。


 私は反射的に思った。


 ――落ちないで。


 その瞬間。


 世界が、止まった。


 音が消える。

 風が凍る。

 足音が途中で切り取られたように静止する。


 揺れていた葉が空中で止まり、砂埃が宙に浮いたまま動かない。


 呼吸をしようとして、気づく。

 自分の心臓の音だけが、遅れて響いていた。


 一拍。

 ……もう一拍。


 世界から、私だけがずれている。


 そして、


 ――確認


 声がした。


 耳元ではない。

 頭の中でもない。


 もっと遠く。

 世界そのものの外側から、記録を読み上げるような無機質な響き。


 意味はわからない。

 けれど、理解だけが先に届く。


 見られている。


 次の瞬間、時間が戻った。

 風が吹き抜け、音が雪崩れ込む。


 荷袋は兵士の手元で止まり、何事もなかったように揺れた。


「危なっ」


 兵士は笑いながら持ち直し、そのまま歩き去る。


 誰も気づいていない。

 今の異変に。


 私だけが立ち尽くしていた。


 心臓が早鐘のように鳴る。

 

 今のは、何?

 偶然?

 それとも――。


 背筋に冷たいものが走る。


 思い出そうとして――できない。


 さっき聞こえたはずの感覚が、指の隙間から零れる水のように消えていく。

 まるで、思い出すことを許されていないみたいに。


「リナさん?」


 声に振り向くと、エリシアさんが立っていた。

 少し心配そうな顔でこちらを見ている。


「顔色が……少し悪いですよ」

「あ、いえ……大丈夫です」


 そう答えると、彼女は小さく息を吐いた。


 その瞬間。

 さっきまで身体を締めつけていた圧迫感が、すっと薄れる。


 空気が柔らかくなる。

 胸のざわつきが静まる。


 理由はわからない。


 ただ――エリシアさんが近くにいると、あの“何か”が遠ざかる気がした。


 私は小さく首を振り、再び歩き出す。


 気のせいだ。

 きっと疲れているだけ。


 そう思おうとした。


 けれど。


 行軍の列の後方。

 誰にも見えない空間で、ほんのわずかに空気が歪んだ。


 観測するように揺らぎ、形のない視線だけがそこに残る。


 そして静かに消えた。


 ――誤差微小、続行可能


 意味だけが残り、世界は何事もなかったかのように進み続ける。


 私は知らない。


 この日。

 世界が初めて、私を「背景」ではなく――認識したことを。

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