12話 干渉を裂く聖女の手
朝の光がキャンプ地に差し込む。
遠征隊は再び戦闘の準備を始めていた。私は補給班の荷物整理を任され、馬車の横で大きな箱を開け、食料や装備を整える。
手先の作業に集中している間も、戦場の気配は耳の端に届く。金属音、馬のいななき、遠くで剣を交わす音。
突然、頭の奥にざわつく感覚が走った。
――戦況が、今、変わろうとしている。
視線を上げると、戦場の中心にエリシアさんが立っていた。白いローブが朝日を受けて輝き、手には杖。呼吸が乱れる兵士たちの間で、彼女だけが静かに一点を見つめている。
胸の奥がざわつく。何か――大きな力が動き出す予感。
でも私は動けない。補給班は戦場には入れない。目の前で起きることを、ただ見届けるしかない。
エリシアさんが杖を掲げると、空気が一瞬、凍りついた。
風が止まり、鳥のさえずりも途絶える。戦場の音が遠くなる。
そして――
「皆、目を閉じて……信じて」
その声は、遠くに響きながらも、心に直接届くようだった。
私は手を止め、荷物の間に身を伏せて息をひそめる。
世界が、彼女の言葉に従っているかのように、重く静止する感覚。
その瞬間、戦場の向こうで砦の壁が崩れそうになった。崩落寸前の石材、飛び交う瓦礫。兵士たちは身を避けられず、絶体絶命。
私は心臓が跳ねるのを感じた。――あのままなら、多くの命が失われる。
だが次の瞬間、光が戦場を包んだ。
白く、淡い金色に光る波が砦の前面を覆い、瓦礫が宙で止まる。落下する石はふわりと空中で浮かび、まるで目に見えない手に支えられているかのように止まった。
目の前の兵士たちが、一様に息を飲む。
光の中で、エリシアさんの杖先から光の糸が延び、砦の壁を形作り直す。崩れたはずの石が自然に元の位置に戻り、揺れるたびに柔らかく光を反射する。
私は息を飲み、手にしていた箱を少し落としそうになる。
――こんなこと、普通の人間にはできない。
勇者が剣で戦うのとは違う、世界そのものに働きかける力。
でも、私の目には、彼女の手元の細かい動き、呼吸、集中の仕方、すべてがはっきり見える。
これは聖女が起こした奇跡だ。
物語の主役である聖女だからこそ許された世界への干渉。
修正の対象には――ならない。
そして、ふと気づく。光の糸が戦場に広がる中、私の胸の奥から、何か小さな共鳴のような感触が伝わってくる。
遠くから見ているだけ私にも、この奇跡の一部がわずかに反応しているかのようだった。
戦場の音が戻り始める。瓦礫は完全に固定され、兵士たちは安堵の声を上げる。
アルトさんが剣を下ろし、深く息をつく。戦況は回復した。
そして私の視界の隅で、微かに世界が震えるような感覚。
――修正力の圧が、わずかに揺らいだ瞬間を感じた。
エリシアさんの奇跡が、単なる現象ではなく、この世界の定めにささやかな隙間を作ったのだと理解する。
息をつき、手を再び荷物に伸ばす。
私は補給班として、物語の外側に立ち、荷物を整える。
でも心の奥では、さっき見た奇跡が世界をほんの少しだけ揺るがしたことを確かに感じていた。
今日も背景として生きる。けれど、私の存在はこの世界の流れに小さな影響を及ぼしている。




