11話 微かな抗い
朝の光がテントの隙間から差し込む。
遠征隊はまだ眠りについており、鳥のさえずりだけが静かに空気を満たしていた。
私は鍋の湯をかき混ぜ、朝食の準備をしていた。
いつも通りの雑用――だけど、今日は胸の奥に小さなざわつきがあった。
そっとテントの入り口が開き、エリシアさんが顔を覗かせる。
銀色の髪が朝日に淡く光り、その瞳は少し伏せられていた。
「……リナさん」
小さな声に呼ばれ、私は視線を向ける。
いつも微笑んで皆を励ます聖女――けれど今は、どこか不安そうで、肩の力が抜けきらならい印象がある。
「おはようございます、エリシアさん。今日は……少しお疲れですか?」
「ええ……昨日の夜、遠征隊のことを考えていて。眠れませんでした」
その言葉に、私の手が少し止まる。
普段は笑顔で皆を支える彼女も、孤独や不安を抱えているのだ。
「やっぱり……リナさんといると、息がしやすい気がします」
その声は、どこかほっとした響きを帯びていた。
私は驚きとともに、わずかに背筋が冷たくなる。
単なる安心感の表現ではない――彼女の心が、世界の力の干渉から少し解放されているような、そんな雰囲気を感じ取ったからだ。
「……そうですか?」
少し照れくさくなりながらも、私は自然に答えた。
「ええ。リナさんのそばだと、緊張していた胸がふっと軽くなるというか……守られている感じがして」
言葉の端に、微かに世界の“歪み”を避けられているかのような感覚が潜む。
そのとき、テントの外で旗が揺れる音がした。
視線を外に向けると、遠くの木々の間で、空気がわずかに渦巻くように動いているのが見えた。
それは目には見えない――けれど確かに感じられる世界の干渉の痕跡だった。
そして、エリシアさんの肩越しに私がそっと立つことで、その微細な干渉が彼女の周囲から避けられているように感じられた。
「……リナさん、やっぱり不思議ですね。あなたがそばにいると、何かが違う気がします」
私は少し黙って頷いた。
自分自身でも、何がどう作用しているのかは完全にはわからない――ただ、確かなのは、私の存在がエリシアさんの心を、世界の修正力からほんの少しだけ守っているということだった。
「それは、私でよければ……ですけど、いつでも話してください」
そっと微笑むと、エリシアさんも小さく笑った。
「ありがとう……リナさん。あなたといると、不安の波が少しだけ静まる」
テントの中に、静かで柔らかな空気が満ちる。
隣に立つだけで、互いに少しだけ強くなれるような、そんな感覚――
それは単なる心の慰めではなく、世界の干渉に微かに抗える存在に触れた感覚でもあった。
胸の奥で小さく決意する。
この世界の犠牲や、決められた運命に少しでも抗える存在――それが、私にできることなのだと。




