火葬6
終焉の火を扱うはずの火葬師ダルス。
灰だけを信じ、感情を削ぎ落として生きてきた男は、
やがて自らの火が「門」であったことを知る。
終われなかったもの。
向こう側に溜まり続けた存在。
そして帰還を望む無数の気配。
火葬とは何か。
火葬師とは何者か。
物語はついに最後の選択へ辿り着く。
『火葬師ダルス ― 火葬6』
静かな炎の物語、その終幕。
火葬場の壁を埋め尽くす顔。
老若男女。
歪み、溶け、混ざり合った無数の「かつて人だったもの」。
そのすべてが、同じ方向を見ている。
――ダルス。
「……来るな……」
声はかすれ、もはや祈りに近かった。
炎は依然として空間を満たしている。
だが熱はない。
ただ赤い光だけが、終末の色のように揺れている。
「帰り道が……ある……」
「門が……開いた……」
「ようやく……戻れる……」
重なり合う声。
耳ではない。
頭蓋の内側。
意識の奥底。
ダルスは後ずさる。
だが背後には、あの深淵。
灰の行き先。
終われなかったものの溜まり場。
「……俺は……門じゃない……」
かすかな抵抗。
「ただの……火葬師だ……」
少女が、静かに首を振った。
炎の中心に立つ、小さな異形。
「ううん」
その声だけが、不思議なほど澄んでいる。
「あなたは最後まで火葬師」
少女の瞳が赤く輝いた。
「だから選べる」
ダルスの動きが止まる。
「……何を……」
「閉じるか」
一拍。
「開き切るか」
その意味を理解した瞬間。
すべてが繋がった。
門は固定された。
だが完全ではなかった。
今ここで。
自分の意志で。
どちらかが確定する。
顔たちがざわめく。
期待。
渇望。
狂気。
「戻る……」
「生へ……」
「肉へ……」
その響きに、ダルスは確信する。
彼らは救われるのではない。
侵食する。
世界を。
生者を。
すべてを。
「……ふざけるな……」
ダルスの声が、初めて低く沈んだ。
恐怖ではない。
怒りでもない。
職人としての、確固たる感覚。
「火葬師は……送る者だ……」
ゆっくりと立ち上がる。
足の震えは消えていた。
「戻す者じゃない」
少女が、じっと彼を見る。
表情は読めない。
「……閉じれば……どうなる……」
「あなたが向こう側へ行く」
即答だった。
「門そのものが消えるから」
ダルスは目を閉じた。
長い人生だった。
灰だけを見つめ続けた日々。
感情を削ぎ落とし、空洞になった心。
だが。
最後の最後で理解する。
空だったからこそ。
選べる。
「……それでいい……」
顔たちが一斉に歪んだ。
ざわめきが悲鳴へ変わる。
「やめろ……」
「開け……」
「我々を……」
ダルスは炉へ歩き出す。
一歩。
また一歩。
炎が揺れる。
深淵が脈打つ。
「火葬とは……終わりだ……」
炉の縁に手をかける。
かつて何千回も繰り返した動作。
「例外は……いらない……」
少女が小さく目を見開いた。
初めて見せる、人間らしい表情。
「ダルス……」
その声は、どこか。
わずかに。
寂しげだった。
ダルスは微かに笑う。
「……これが……俺の仕事だ……」
そして。
躊躇なく。
深淵へ身を投げた。
瞬間。
火葬場の炎が爆ぜる。
光が消える。
声が途絶える。
すべての顔が、音もなく崩れ去る。
門が閉じる。
世界から。
完全に。
静寂。
王都の外れ。
夜の火葬場。
そこにはいつも通りの炉と、冷えた空気だけが残されていた。
灰は、嘘をつかない。
ただ一つ。
その夜。
灰の中に。
人ひとり分の痕跡だけが、静かに増えていた。
『火葬師ダルス』最終話までお読みいただき、ありがとうございました。
本作は「火葬」という絶対的な終焉の象徴から出発し、
終わりと境界、そして役目というテーマへと広がっていきました。
灰は終わりなのか。
火は破壊なのか。
あるいは――何かを繋ぐものなのか。
ダルスという男は、物語を通して多くを語りません。
ですが最後の選択だけは、彼自身の意志によるものでした。
静かな仕事人として生きた男の、最も火葬師らしい結末。
そのような形を目指した物語です。
ここまでお付き合いくださったこと、心より感謝いたします。




